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スターチスの花言葉

作者: 林和希
掲載日:2026/03/21

「付き合った」

電話越しに聞いたその一言で、11か月が終わった。

それでも、どうしようもなく思ってしまった。

―今が一番好きだ。

この恋は、きっと最初から少しずつ、ずれていた。

たった一歩のタイミング。

ほんの少しの勇気。

それだけで、何かが変わっていたはずなのに。

それに気づいた3月。

もうすべてが遅かった。



時は遡り、

大学二年の五月の夜は、まだ少しだけ寒かった。

窓を少し開けた車の中で、心地の良い風がゆっくり流れ込んでくる。

助手席で笑っているのは、さっきまでほとんど知らなかった女の子だった。

名前は、しずく。

「え、そんな引きずる?」

そう言って笑う声が、やけにやわらかく、心地よさが全身を駆け巡った。

そのときの僕は、まだ元カノのことを忘れられていない、絶賛執心中。

四月、復縁を持ち掛け、はっきり振られている。

それでも、忘れることができない日々が続いていた。

授業中、気がつけばトーク履歴を見返している。

ひどいときは、学校のホームページ・公式インスタグラムまで飛んで元カノを追い続けていた。

別れたことを後悔する日々。

これが人生の底なのかもしれない、そう痛感し、落ち込んでいた。

「新しい人見つけよう」「次の出会いがある」

周りは決まってそう言った。

毎日のように聞き飽きるその言葉が、日常になっていた。

ただ1人、そうまという男を除いて。



そうまと僕の関係は、高校からの「親友」と紹介できる男。

大学は違えど、高校卒業以降も月に1回は最低でも会っていた。

なんでも話せる。

恋愛のことも、唯一、気楽にできる相手だった。

彼には無駄な相槌が一切ない。

それでいて、発する言葉には、僕がその時求めている言葉が常に返ってくる。

この期間も落ち込む僕を前に、次を促すのではなく、

「今を存分に生きよう」とだけ言った。

僕が求めていた、今を存分に味わうという覚悟を持たせてくれた。



そんな日々が続いていた5月だった。

遂にすべてが動き出した。

元カノへの未練タラタラな日々にも慣れてきたそんなある日、

思い出の場所に行きたいと考えた。

免許がない僕は、そうまを頼った。

大学おわりの弾丸ドライブにはなったが、彼は快く承諾してくれた。

車内での会話は、ほとんど元カノの話だった。

見慣れた景色が、次々と記憶を引きずり出す。

辛くて、情けなくて、それでもどこかほんの少しだけ高揚していた。

そんなドライブは4時間に渡り、時刻は24時。

レンタカーの返却時間まで、時間がある。

だが、男2人の車内で4時間。

話せることは、もう話し尽くしていた。

その時だった

「誰か誘ってみない?」とそうまが言った。

何故だか、

「しずくちゃん」

そう口に出したのは僕だった。



関係性は、3人とも高校が同じ。

しずくちゃんとそうまは中学からの付き合いで、地元が同じであった。

僕としずくちゃんは3年間同じクラスになったこともなく、話したこともない。

ただ、お互いに名前と顔を知っているというそれだけの関係。

それでも、

疲れ切った男2人の車内の空気を変えるには、

ちょうどいい‘’何か‘’な気がした。


やってきた彼女は、いい匂いがした。

男2人の空気を一瞬で塗り替えるような匂いだった。

そして発する声は、かわいい。

この一言に尽きた。

軽く挨拶を交わし、今日の経緯を話す。

それを聞く彼女は、

僕が、勝手に抱いていたイメージと、全てが違った。

ほんの数秒で、そう思った。

気づけば、会話は途切れなかった。

初対面のはずの距離は、すぐに消えていた。

居心地の良さを感じる人だった。

だから、全部話した。話せてしまった。

そして、話しすぎてしまったのだ。



盛り上がるトークはやはり恋愛。

どうせ今日だけの関係だと思っていたから。

未練も、後悔も、情けなさも全てさらけ出した。

でも、しずくちゃんはちゃんと聞いてくれた。

否定もせず、慰めすぎることもなく、

ただただ「うん」と頷いてくれた。

その距離が、心地よかった。

あの時間は、どこまでも続くように思えた。

重力なんてないみたいに、ただ軽く、流れていく。

気づけば、朝だった。

朝日が昇るその景色を湘南台で眺めた3人には、

一切の秘密もなくなっていた。

彼女を先に家まで送ったあと、車の中でそうまと話した。

「いい子だったな」

「ああ、めっちゃいい子だった」

同じ言葉を、同じ温度で言い合った。

それが、すべての始まりだった。

連絡を取り始めたのは、それから少し経ってから。



ドライブ以降は、

僅かな幸せを心のどこかに持てているような感覚で、

それが何なのか、その時は考えず、

ただ、久しぶりに前に進んだ気がした。

それでも依然として、元カノへの気持ちは変わらなかった。

しずくちゃんに対しては、まだ

「いい子だったな」という距離。

もしまた逢えたらいい。

ただ、それだけの、やわらかい感情。

その余韻は、とても心地が良かった。



その余韻が、まだ身体のどこかに残っていた頃だった。

スマホの通知が、ひとつだけ光った。

元カノからインスタのフォローリクエスト。

一瞬、意味が分からなかった。

現実か疑った。

舞い上がった。そして、戸惑った末に、

「どうした?」

と送った。

すると、理解ができない内容の返信が来た。

からかいのような内容と感じた。

ああ、と思った。

その瞬間、何かがすっと引いていくのが分かった。

不思議と落ち込まなく、

残った感情は、拍子抜けするほどの、静かな軽さだった。

もういいか。

そう思えた。

はじめて、僕の中に区切りがつき、前に進める気がした。

数日後、

しずくちゃんのインスタをフォローした。

それが、僕の人生一の恋の始まりだった。



ある日、高校時代の部活のメンバー3人でご飯に行った。

話題は、自然とあの日のドライブになった。

2人の反応は、想像以上だった。

羨望のまなざしと、少しの驚きが混ざっていた。

しずくちゃんはチア部で有名な子だったこともあり、2人も知っていた。

また、2人のうち1かいとは、チア部に‘’推し‘’がいた。

あやかという子だ。

そのため、

「じゃあさ、5人でドライブ行こうよ」

そんな流れになった。

僕にとっては、願ってもない話だった。

もう一度、しずくちゃんに会える理由ができた。

その日のうちにDMを送った。

あの日の延長のような感覚で、日常話から始まり、

DMでも、あの夜と同じ心地良さと少しの高揚があった。

やがて話は、5人でのドライブへと移った。

すると

「おもしろそう」

短い一言だったけれど、どこか前向きな温度があった。

その日のうちにあやかにも連絡してもらい、

6月中に5人でドライブに行くことが決まった。

それを境に、毎日少しずつ連絡を積み重ねた。

気付けば生活の一部にしずくちゃんがいる。

そんな感覚になっていた。

電話もした。

画面越しでも、あの夜と同じだった。

声も、間も、全部がちょうどよかった。

気づいたら、好意を抱いているのかもしれないという感情に気づいた。

だけど、その気持ちを認めるのが怖かった。

元カノを引きずっていた自分。

それを全部知っているしずくちゃん。

今このタイミングで好きになるのは、軽い男だと思わるのではないか。

そんなことばかり考えていた。

それでも、感情は止まらなかった。

押し殺すべきか悩む日々の中で、

周りは言う。

「気になっているなら、一回デート誘えよ」

その言葉に、少し背中を押された。

その夜、連絡をした。

「いいよ」

たった三文字だった。

それだけでも、世界の色が少し変わった気がした。



六月、初めてのデート。

大学帰り、夜ご飯。

ちゃんと向き合って見たしずくちゃんは、

思っていたよりずっと可愛くて、

思っていた通り、いい子で、

思っていたよりずっと、2人の時間も心地よかった。

何度も何度も思った。

好きだな。

帰り道、少しだけ自信があった。うまくいった、という確信に近い感覚。

でも同時に、どこかで引っかかる。

元カノのことも、すべてを知っているさゆみちゃんは、

この好意をどう受け取るのか。

怖くて踏み込めなかった。

だから、好意を感じさせるような言葉を言わなかった。

言えなかった。

その心残りがあった。

でも、それは、時間をかければいい。

関係は、ゆっくり作ればいい。

そうやって、自分に言い聞かせた。



しかし、次の日。

「お兄ちゃんにバレた笑 友達って言っといた」

そのメッセージに、指が止まった。

“友達”

その言葉が、やけに重く見えた。

少し考えてから返した。

「俺はそう思ってなかった」

それが精一杯だった。

本当はもっと言いたかった。

でも、言葉にすれば、壊れる気がした。

既読がつくまでの時間が、やけに長かった。

そして返ってきたのは、

「友達でいようね」

だった。

このタイミングで、この突き放し方をされたことに動揺した。

完全に脈ナシ。

この言葉が頭の中を駆け巡った。

信じたくない言葉。考えたくない言葉だった。

でも、否定できる材料もなかった。

何がいけなかったのか、分からないまま、

ただ、自信だけが綺麗に消えていた。

そして、連絡はとまった。

4日後、5人のドライブが控えていた。



ドライブは、ちゃんと楽しかった。

かいとがわかりやすく、あやかに好意を向けていて、

バランスが取れ、しずくちゃんと共に5人のつなぎ役に回れた。

会話を回して、空気を整えて、ちょうどいい距離で。

その距離が、また心地よかった。

だからこそ、余計に苦しかった。

なぜなら、数日前にほぼ振られている。

「友達でいようね」

あの一線を越えないまま、

同じ空間で笑っている自分が、少しだけ滑稽に思えたから。

それでも、

会って話してしまえば、やっぱり好きだった。

話せば話すほど、

好きという気持ちに拍車がかかった。

そして、不安も同じだけ膨らんでいった。



それからの関係性は、曖昧だった。

まだこれからという気持ちと、ほぼ振られているという事実。

どうすればいいか、わからない。

連絡は続いた。

会話も続いた。

でも、どこか温度が違った。

七月は、何も起きなかった。

ただ、距離だけが静かに広がっていった。



八月、大阪。

一足先に、夏休みを満喫していた。

しずくちゃんはまだ大学が続いていた。

だから、連絡をなるべく控えていた。

しかし、離れた場所で、急に声が聞きたくなった。

テストが終わったと聞き、電話をかけた。

電話越しの「もしもし」

その一言で、全部が戻った気がした。

あの夜の感じ。あの距離。あの空気。

「八月、会おうよ」

少し強引に言った。

「いいよ」

その一言で、また期待してしまった。

それからの数日、連絡の取り方を少しだけ変えた。

送りすぎない。

踏み込みすぎない。

でも、途切れさせない。

距離を測るように、言葉を選んだ。

不思議と、

七月に感じていた温度差は、少しずつ薄れていった。

元に戻った、というよりは、

“ちょうどいい距離”に収まったような感覚だった。

それが嬉しくて、少し怖かった。



八月、二度目のデート。

会話は自然に流れていった。

笑って、話して、いい時間だった。

でも、あの言葉が消えなかった。

「友達でいようね」

その一線が、ずっと目の前にあった。

越えられる気がしなかった。

3回目のデートを誘いたかったが、

怖くなり、踏み出せなかった。

結局また、直接伝えることができなかった。

楽しい時間を壊す勇気が、最後まで出なかったのだ。

別れ際、

道端にある綺麗なひまわり畑の横を通り、

何となく写真を撮った。

「綺麗だね」

その一言とともに、気がつくと駅に到着し、

「またね」

その一言が、やけに軽く聞こえた。



次の日、

LINEで三回目の約束は、すぐに決まった。

場所も決まった。あとは日程だけだった。

たったそれだけのはずだった。

日程は、しずくちゃんのバイトのシフト次第で決めることになった。

「わかったら、連絡するね」

そのまま9月に入った。

自信がない僕は、向こうからの連絡を待つしかなかった。

見たかったのは、意欲だったから。

でも、その連絡は来なかった。

耐えきれなくなり、僕から聞くことにした。

いやな予感はしていた。

予感は的中。

「九月はバイトいっぱいしたいからごめん」

その一文で、全部わかった気がした。

待っていた時間も、期待していた気持ちも、

全部、少しずつ崩れていった。

もう、無理かもしれない。



そこから1週間。毎日夢に出てきた。

このままでは、忘れることはできない。

だから、全部送った。

四ヶ月分の気持ちを、長い文章にして。

未練も、好きも、不安も、全部。

「乗り換えに思われるのが嫌で、しっかりアピールができなかった」

「友達でいようねという言葉が引っかかっていた」

返ってきたのは、同じくらい長い文章だった。

そこには、ちゃんと理由が書かれていた。

・「今は彼氏がいらないこと」。

・「好きなことに時間とお金を使いたいこと」。

・「最初は友達として楽しかったこと」。

・「でも、恋愛として見られていてどうすればいいかわからなくなっていたこと」。

全部、ちゃんとした言葉だった。

優しくて、でも、ちゃんと線を引く言葉だった。

ただ、最後に

「本当に可能性ない?」

と聞くと

「あんまり期待して欲しくないけど、一応今は友達以上はないと思っている」

そう伝えられて終わった。



そこから、振り切れない思いと共に日は過ぎた。

何か熱中できるものが欲しくなった。

夏休みもあと1週間。

インターンに向けて動き出すことに決めた。

その間、ちょくちょく連絡をした。

でも、続けることはなく簡単な連絡で終わった。

距離は保たれた。



10月、怒涛の日々の中で、

「好きだよ。電話したい。」

そう伝えた。

いつぶりの電話かわからない。

声を聞くだけで、気持ちは蘇ってしまう。

10月は、連絡を重ね、電話も何度かした。

返信にも柔らかさがあり、

しずくちゃんの反応が変わっているのを感じた。

もしかしたら、可能性あるのか。

抱いてしまう希望。

一方で、完全に振られていることも思い出す。

曖昧な関係が続いた10月になった。


11月。

この関係性をはっきりしたい。

そう思い、あやかに相談した。

実はあやかとは、高1・3で同じクラスだった。

そのため、すべてを打ち明けた。

すると、

「この前、急に連絡きて、電話した」

とチア部に話していたことを聞いた。

それでも、

「本当に彼氏いらない、推しが一番大事」

という考えを覆すのは難しい

と教えてくれた。

僕は覚悟を決める時が来たと感じた。

3回目のデートを誘おう。

これを断られたら、もう本当に諦めよう。



そして、返ってきた答えは、

「いーよ」

の3文字であった。

全てが報われたようにうれしかった。

不安も全部が吹き飛んだ。

今回こそは絶対気持ちを伝える。

日にちは11月19日

のはずだった。



11月10日。

朝、胸騒ぎで目が覚めた。

通知を開く。

「ごめん」

「Snow Manの抽選応募の日で予定空いてなかったことを忘れていた」

この言葉にすべての気力が無くなった。

リスケの連絡もなかったため、

行きたくないのかと思い込んでしまうには充分な返信だった。

「もういい!」

遂にその感情にいってしまった。

5月から7か月間、一途に過ごした日々が無意味に感じた。

「遊んでやる」

周りの友達からも、もう‘’遊べ‘’と後押しされた。



11月14日。

20歳の誕生日を迎えた。

その日は女の子とさし飲み後、ホテルへ。

そんなスタートをした。

夕方、通知が来た。

まさかのしずくちゃんからだった。

スターバックスコーヒーギフトと共に、

「人生頑張れ!」

短い言葉。

やっぱりいい子。

手放したくない。

それでも戻れない。戻ってはいけない。

ここで、また引き返したって意味ないという意地を張ってしまった。

いまさら何と、そう言い聞かせ、

素直になれない自分がいた。

そして、簡単に返信を返し、終わらせた。



それからは、忙しさで埋めた。

毎日のようにバイト、インターン、そして、女遊び。

考えないために。

忙しさで埋め尽くす時間に変えた。

でも、何も残らなかった。

女遊びも、意味がないと気づいた。

ただ一つ、消えなかった。

本当に好きだった、という事実だけ。



そんなある日。

地元の友達だいきが、しずくちゃんと連絡を取った。

だいきとしずくちゃんは、去年の1月ごろに2か月ほど恋仲であった。

もう終わった関係で、

お互い割り切っているはずだった。

だから、恋愛の話も、普通にできていた。

そのだいきが教えてくれた。

「しずく、最近さ——」

送られてきた画面には、短い一文が映っていた。

「最近、気になる人も離れてしまった」

一瞬、意味が分からなかった。

でも、すぐに分かってしまった。

——自分のことだと。

確かめたい。でもできない。

忘れようとしていたはずだった。

終わったと思い込もうとしていた。

それなのに、

火は、まだ消えていなかった。

さらに、だいきは言った。

「1月中に飲みにいく約束もした。」

胸の奥が、ざわつく。

本当に行くのか、という疑い。

行ってほしくない、という感情。

それと同じくらいの、羨ましさ。

感情の整理がつかいまま、また、心が揺れ始めた。



そして、1月。

成人式があった。

しずくちゃんとは地元が違う。

当然、会うことはなかった。

後日、インスタのストーリーに上がる姿を見る。

思わず、反応をしてしまった。

すると、少し会話が続いた。

「そうま以外には話しかけることできなかった」

その一言に安心した。

思い切って聞いた。

「だいきと、飲み行くの?」

すると、

「一緒に飲む?」

と聞かれ、素直に返事をした。

日程も決まり、3人で飲みに行くことになった。

違和感は、あった。

それでも、

8月以来、会えていないしずくちゃんに会える。

そのことがうれしかった。十分だった。



1月26日。

しずくちゃんの20歳の誕生日。

0時きっかりに連絡をした。

そして、1月27日は飲み会の日。

明日に迫る中で、本当に来るのかという不安が出た。

本当に来るなら、この際、色々聞いてやると。



1月27日。

本当に、3人の飲み会が開催された。

拍子抜けするほど、自然に。

そして、楽しかった。

話の流れの中で、しずくちゃんが言った。

「最初はいいと思っていた」

「2回目のデートで告白してくれていたら、付き合っていた」

周りからも、言われていたらしい。

「こんな人、なかなかいないよ」って。

ちゃんと、考えてくれていた。

全部、伝えてくれた。

そして、最後に。

「でも、今は本当に彼氏いらないから」

静かに、線が引かれた。

そこで初めて様々な出来事がつながった。

理由が分かった。

同時に、どうにもならないことも分かった。

僕自身も今の一人の自由さに充実感を抱いていた。

だから

「待っている」

そう一言、伝えた。

彼氏は欲しくなるまで、ずっと待っている。

引き続き、こっちから連絡もしない。

それでもずっと、待っているから。

ここで完全に覚悟が決まった。

そして、旅行に行こうという話題になった。

勢いてのまま、乗った。

すんなり、

「いいよ」

ここにも違和感を持ったが、嬉しさが勝った。

楽しい時間は、すぐに終わった。

止まっていた時間が動き出した。そんな夜だった。



それからの日々で、ふと考える。

この3人で、旅行に行っていいのか。

だいきを経由して進んでいく旅行の話。

3人の関係性での旅行の意味。

なんだか、うまく言葉にできない違和感が残っていた。



そんな葛藤が続く中で、

2月11日。

しずくちゃんのバイト終わり。

3人でご飯を食べに行った。

その会話の中で、旅行の場所は伊豆に決まった。

帰り際、

サプライズで手作りバレンタインももらった。

一瞬、言葉が出なかった。

嬉しかった。

ただ、それだけだった。

嬉しさのあまり、さっきまであったはずの違和感は

無くなってしまった。

この関係性が、いつまでも続いていい。

そう思ってしまった。



そうして迎えた2月20日。

目的地は伊豆。

一泊二日の旅行が始まった。

2時間のドライブ。

車内は、ずっと笑っていた。

3人の関係性がちょうどよくて、

会話が途切れることはなかった。

軽い下ネタも、居酒屋の延長でちょこちょこ混ざりこむ。

これがのちに大きな事件への起爆剤になってしまう。



コテージチェックインまで、あちこちを回った。

海沿いの景色や、山からの景色。

沢山のきれいな景色と、おいしいご飯。

そして、車内でのトーク。

すべてが時間と共に思い出として刻まれていった。

言ってしまえば、

うまくいきすぎている旅行が実現できていた。



19時頃、色々ありながら無事コテージに到着。

チェックインを済ませ、食事も済んだ。

少しだけ落ち着いたところで、

誰かが言った。

「トランプやろうよ」

負けたやつが飲む、ただそれだけのゲーム。

でも、酒が入ると、それで十分だった。

お酒が回る。

笑い声が大きくなる。

同じ話を、何度も繰り返す。

その中でも、だいきの様子がおかしくなっていった。

1日運転をしていたこともあり、疲労がピークに達していたのだ。

一度、休憩。

静かになった部屋で、また会話が始まる。

恋愛の話。

しずくちゃんの過去。

「元彼氏とどこまでしたの」

と何度も聞いた質問が繰り返される。

どんどん深掘っていくだいき。

そして答えるしずくちゃん。

「やったことない」

居酒屋の段階から貫いていた発言に疑いの余地はなかった。

しかし、話は成人式になった。

しずくちゃんの地元では、

「エロがりがひどかった」

という前情報はあった。

そのため、何があったのか詳しく聞くだいき。

様子がおかしくなるしずくちゃん。

そして口にした。

「……二次会のあと、抜け出してさ」

一瞬、空気が止まる。

「カラオケ行って、そのままホテル」

という衝撃の発言。

一瞬、時が止まった。

今まで聞いていた話。

見ていた姿。

全部が、うまく繋がらなくなる。

嘘だったのか、とか。

そういう単純な話じゃなかった。

「成人式、そうま以外と話せなかった」

ということも、

「周りのエロがりがすごかった」

ということも、

全て噓をつかれていた。

それでも、その場では何も言えなかった。

酒も入っていたし、

深く考える余裕もなかった。

むしろ、

どこかで、線が緩んだ。

それまで守っていた距離が、曖昧になる。

気づけば、距離は近くなっていた。

そこまで嫌がらないしずくちゃんを前に、

制御ができない。

だから、踏み込んでしまう。

止められなかった。

どこかで、分かっていたのに。

その夜は、ずっとそんな時間が続いた。

やがて、お酒が完全には回り切り、

冷静さを少しずつ取り戻した。

そして、しっかりとした休養も取れないまま、朝を迎えた。

目覚めた時には、気持ち悪さは無くなっていた。

だが、

しずくちゃんの様子がおかしい。

欠ける言葉は見つからず、

何を言えばいいか、わからなかった。

ただ一つ、わかっていたことは、

取り返しのつかないことをしてしまった。

そう反省することしかできなかった。

二日目の予定は、全部なくなった。

どこにも行かず、そのまま帰ることになった。



帰りの車内。

会話をするのは俺とだいきだけ。

後ろでは、しずくちゃんが寝ていた。

体調が悪い、と言って。

でも、それだけじゃない。

空気でわかった。何も言われなくても。

全部が伝わってきた。

結果的に、ほぼ一言も話すことはなく、

そのまま、家まで送り届けた。

ドアが閉まる音が、やけに重く響いた。

そして、その後ろ姿に、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

だいきとの反省会をしながら帰宅。

あまりにも、後味が悪かった。



時間が経ち、夕方。

スマホを開いたまま、少し迷った。

謝るのも違う気がした。

それでも、

休ませてあげられなかったことを謝った。

同時に、

「もう会ったり、連絡したりするのも嫌?」

と送った。

「それはへーき」

短い一言。

その軽さに、少しだけ救われた気がした。

気づけば、続けて送っていた。

「このまま連絡続けて、振り向かせる」

そう伝えた。

「それは諦めた方がいい」

ストレートな言葉だった。

冷静に考え、素直に従うべきだと、

ずっと受け入れてこなかった友達という関係

受け入れると伝えた。

すると、

「それならよかった」

それ以上、言葉は続かなかった。



そこから、考えてしまう時間が続いた。

静かになるほど、いろんなことが浮かんでくる。

あの夜のこと。

距離を詰めすぎたこと。

言わなくていいことまで言ったこと。

うまく整理できないまま、

ただ、ぐるぐると回り続ける。

友達でいる、と言ったことも。

それでよかったのか、分からなくなる。



その日の深夜、

画面を開いて、少しだけ迷って。

それでも、打った。

「やっぱり、友達受け入れられない」

少し間をおいて、

「気が済むまで、好きでいさせて欲しい」

返ってきたのは

「りょーかい」

ただ、それだけだった。

またしても、急ぎすぎたのかと

考える時間。

しずくちゃんとの温度差。

そこに対してのもやもやが募っていった。



次の日、

もやもやしたまま、1日中バイトした。

手は動いているのに、

頭はずっと別のことを考えている。

ふとした瞬間に、昨日のやり取りが浮かぶ。

打ち直したい言葉ばかりだった。

気分は落ち込み、何が正解かわからなくなった。

気づけば、時間だけが過ぎていた。

バイトが終わる。

21時。

電話をかけて、話し合おう。

そうすれば、何か変わる気がした。

スマホを開く。

ビーリアルを見ると

カラオケにいるしずくちゃん。

明らかな匂わせビーリアルに

心が折れかけてしまった。

そのタイミングでだいきからも連絡が来る。

「成人式の男じゃないのか」

言葉にしたくない言葉だった。

旅行の日の出来事をずっと引きずって、

あの夜のことも、その後のやり取りも、

全部うまく呑み込めずに、息苦しい時間を過ごしてるのに。

それでも、

向こうは、普通に時間を過ごしている。

その事実だけが、やけに刺さった。



もう残された選択肢は、ひとつだけだった。

距離と時間を置くこと。

何かが繋がっている限り、考えてしまう。

だから、全てを断ち切る。

インスタの本垢・サブ垢、ビーリアル。

日常生活が見え隠れするもの

全て。

これ以上、同じところで止まりたくなかった。

この先に、少しでも進むために。

震える手に何度も力を込めて、

決意を固めて、

悲しみに耐えながら。



そして時刻は朝4時。

一睡もできない。

部屋は静かで、

時間だけがやけにゆっくり進んでいた。

とにかく、時間が過ぎるのをひたすら待つしかない。

それでも、ひとつだけ決めた。

時間が経っても、

それでもまだ好きでいられたら、

変わらない心を持ち続けられていたら、

そのときは、もうラストの気持ちでアタックしよう。

それだけが希望だった。



この考えを、伝えようか迷った。

でもやめた。

何を言っても、

きっと、面倒くさいと思われる。

そう考えたからだ。

もう俺は信じて待つしかない。

そう決めた。



次の日。

夜、僕は大学のメンズで飲み会があった。

正直、乗り気じゃなかった。

それでも、彼らにすべてをさらけ出した。

何度も泣いた。

時間が過ぎるのを待つしかない。

その考えだけが残り、更に意思を固めた。

しかし、すべてが壊れた日になった。



後から聞いた話だった。

その日は、地元でも飲み会があり、

僕は参加できなかったが、だいきは参加していた。

だいきは、ひどく酔っていたらしい。

そして、しずくちゃんに連絡をしていた。

長い時間。

一方的に。


次の日の朝、だいきから連絡が来た。

「ごめん」

その一言と同時に、

トーク履歴のスクショが送られてきた。

見るに堪えないほどの内容だった。

酔っていたとしても、

限度を超えていた。

そして、最後には、

「ゆっちゃん(僕の愛称)だよ、これ送ったの」

という文章を送っていた。



そのやり取りを見て、

しずくちゃんがどう受け取ったのか。

考えるまでもなかった。

すべてが終わったと絶望した。

インスタ本垢・サブ垢、ビーリアルをすべて勝手に切ったあげく、

だいきを使ってダル絡みをしてきた主犯格。

しずくちゃんには今、そう見えているのだろう。



ほんのわずかな希望を抱き、

あれだけの覚悟を持って、

SNSを全部切ったのに、友達の行動によって

すべてが無に喫し、

何も残らないことを察した。

どうにか訂正しなくてはと思った。

連絡をした。

ただ、こんな連絡を信じるはずもない。

そう思いながら、言わないよりましだと思った。

何も知らなかったこと、関わっていないこと。

送った。

打ちながら、頭に浮かぶ。

こんな連絡、したくなかった。

既読がついた。

それで終わった。

何も変わらなかった。

むしろ、どんどん遠くなっていく気がした。

旅行からずっと、

日を追うごとに状況が悪くなる。

止められないまま、崩れていった。



そこから毎日が、やけに長かった。

1日が終わるまでに、何度もスマホを開く。

意味もないと分かっていても、同じ画面を行き来するだけだった。

インスタを開いても、ビーリアルを開いても、

そこにはいない。

正確には、いる。

でも、もう触れることもできない。

それを受け入れる毎日。

連絡をしたい。

でも、今何を伝えることができるのか。

本当に伝えたい思いが全部伝わるには、

待つしかないのだと。

そして、ふとした時に必ず考える。

いま、なにをしているだろうか。

誰といるのだろうか。

あの男の顔が浮かぶ。

そして、だいきから伝えられるしずくちゃんの近況。

だいきとしずくちゃんの間にも大きな溝ができていた。

だいきも距離を取られていた。

そして

「あの男のことが好きなのじゃないか」

という考察を伝えられる。

わかっている。

けど、そうじゃないと信じるしかない。

再び、不安と戦う日々。

それでも1ミリの希望を信じて、

どうか待っていて欲しい。

そう願い続けるしかできなかった。



そんな日々の中で気づいたこと。

一番好きなのは、あの時じゃない。

今だ。

何もできないまま、距離だけが離れていくこの時間の中で、

どうしようもなく、それだけははっきりしていた。

あの時、言えなかったこと。

踏み込めなかったこと。

全部、今ならわかる。

もし、もう一度だけ機会があるなら、

今度は、迷わない。

そう思えるくらいには、

遅すぎるほど、ちゃんと好きになっていた。

やはり、

どんなに時間が経っても、‘’思いは変わらない‘’。



三月十八日。

遂に、1か月が経った。

最後だと思って、電話をかけた。

しずくちゃんは酔っていた。

そして、友達とカラオケにいるらしかった。

正直、最悪のタイミングだった。

それでも、これ以上は待てなかった。

ここで終わりにするべきだと。

少しずつ、言葉を選びながら、伝えた。

この十一ヶ月でずっと抱いていた想い、葛藤。

言えなかったことを言えなかったこと。

旅行でしてしまったことの反省。

ひとつひとつ。

ずっと残っていた気持ちをすべて。

何も見えないスマホ画面に向けて伝え続けた。

見えないが、見える、向こうの状況。

画面の向こうで友達との

笑い声と、その雰囲気、

言葉にされなくても、

分かってしまうものがあった。

会うことも、連絡することも、アピールすることも、

全てできなかったこの1ヶ月間での、

しずくちゃんの変化に。

それでも、聞いた。

ちゃんと、しずくちゃんの口から聞きたかった。



全部、教えてくれた。

「付き合った」

その一言も。

終わった、

つらかった。

でも、不思議と、少しだけすっきりもした。

なぜなら、

「最初の一ヶ月くらいで、告白してほしかった」

その言葉を聞き、

色んな場面が、頭の中で繋がったからだ。

六月のあの夜。

言えなかった言葉。

引いてしまった一歩。

全ての記憶が呼び起こされた。

ああ、そういうことだったのか、と。

遅かったことが何よりの失敗だったのかと。

でも、

それでも、

よかったと思えた。

ここまで来ても、

やっぱり、好きだと思ったから。

どんな状況でも、

どんな終わり方でも、

その気持ちだけは、変わらなかった。

本当に人を好きってこういう気持ちだと。



電話を切ったあと、

しずくちゃんに、もう一度だけメッセージを送った。

電話で途切れ途切れになって伝えた言葉を、

ちゃんと形にした。

これからも、好きでいること。

今が一番好きだということ。

でも、

いつかは前に進むかもしれないこと。

そのとき、しずくちゃんにも分かるように

LINEの背景を

最後に二人で見た、あのひまわりの写真

のまま、変えないということ。

それが変わらない限り、

まだ好きだという証明だということ。

そう送った。



そして本当の最後に、

ホワイトデーで渡したかったもの

一枚の写真を添えた。

‘’スターチス‘’の花束。

ともに、

「花言葉、気が向いたら調べてみて」

それだけ送った。



全部読んでくれたかどうかとか、

伝えたいこと伝わったかどうかとか、

もう、どうでもよかった。

全部、伝えたから。

これで、終わりでいいと思えた。



スターチスの花言葉。

「変わらぬ心」

僕は、変わらずあなたを思い続けています。

「ってね。」

伝わって欲しい。

でも、充分伝えた、

11ヶ月の恋を締めくくるにはちょうどいい。



そして、ふと思った。

しずくちゃんも、

友達でいようねって言ったあの時から

友達という関係でいたいという

‘’変わらない心‘’を持ち続けてくれていたのだね。

それに気づけず、

一方的な片想いな恋過ぎたんだね。

今ようやくそれに気付くことができて、

僕は不幸なんかじゃない

幸せな恋愛を

素敵な人間とできていたんです。

だからもう今からは本当に''変わらない心''で、

幸せでいてね。

そう思い続けます


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