戦争の終結3
その後、大規模作戦は決行された。夢現だったからか何もかもがあやふやで記憶もあまりないが、とにかく大きな問題は起こらず速やかに北方は手に入った。少なくはない犠牲は払ったもののようやく終わった戦争に国民共々軍も浮かれている。
祝勝会、そう題した大規模な会合があると知ったのはそれから3週間後だった。雨宮から伝えられ、予定を空けておくようにと指示を受ける。
「それでは祝勝に乾杯!」
盛大に顔を緩ませた軍務大臣がグラスを掲げると爆発したような歓声が上がった。私も真横に立っていた朔夜と軽くグラスをぶつけて微笑む。立食パーティーだったため席には付かず、寄ってくる人を相手にすることにした。朔と軽く雑談をしていると、この間の作戦立案を手助けしてくれた作戦局の将校たちが混ざってきた。顔はすでに赤らんでいる。
「京様、この度は本当におめでとうございます」
「やめてくださいよ、なんですか、京様って」
「え?他の局は皆裏で京様って呼んでますよ」
様ってなんだと朔を見ると、ニヤッと唇の端を歪めるようにして笑っていた。どうやら知っていたらしい。
「中佐でお願いします」
「あはは!」
「それにしても、作戦の立案ありがとうございました」
「いやいや、私らは京中佐のおこぼれに与った形ですよ。大元の計画がなければ立案もないですし」
「皆が東部にかかりきりな時にあれを思いつくなんてさすがですね」
「いえ、あんなに完璧な計画を立ててもらって…私だけではできなかったですし」
「謙虚ですね」
ほめそやす先輩たちの声が気まずくて曖昧に微笑むと、どこかからか京紡中佐と呼ぶ声がした。声の主を探して辺りを見渡すと来賓と話していた雨宮に呼び出される。中座を告げて雨宮の元へ向かうと、何やら嬉しそうだ。目の前には政治家どもが七、八人ほど固まって楽しそうにしている。
「これが先日話していた立案者です」
「は、こんな若い子だったのかね」
「驚いたな、君、名は?」
「………申し訳ありませんが、名乗れません」
名乗ればこんなに馴れ馴れしく若い人を労う偉い人の風格は保てないだろうと善意でそう言うが何か勘に触れたようだ。最近の者は礼儀を知らんなと鼻で笑っている。面白そうにしてるのは雨宮くらいだろう、この展開を待っていたようだ。
「君、そんなのじゃ社会はやっていけないだろう」
「我々に比べれば大した家系でもないんだろうから早く言うがいい。お家の人もさぞ喜ぶだろうな」
もういいだろうか、そう雨宮に目線で伺うとGoサインが出た。
「そうですか、京紡よりも大した家系とはどちらでしょう?花房様」
伏せていた目を上げて睨め付ける。祖父から譲り受けた家紋の入った指輪を目元で掲げると、一斉に血の気の引いた顔でこちらを見ている面々と目が合う。パッと目を逸らして全員俯いた。
「ふふ、59代目当主の京紡綴です。以後お見知り置きを」
「く、げの王?」
「えぇ、そう呼ばれています」
「そんな、まさか…」
「ええと…小早川様は分家筋ですね?私の存在を知らなかったとでも?」
「め、滅相もございません!!」
「ふむ、君のところは最近得票率が減ってると聞きましたよ」
図星なのか俯いたままの顔を真っ赤にしている。嫌がらせのように肩を優しくポンポンと叩いてやる。
「あぁ、かわいそうに。親父殿は素晴らしい政治屋だったのにな」
気にしてるであろう言葉を敢えて口にするとさらに顔を真っ赤にする。しかしそれでも反論はしない。どれくらい恐ろしい家かわかっているのだ。
「終戦ですわね、私のおかげでしょうか?」
「はい、おっしゃる通りであります」
「その間、あなたたちは愛国心という名で選挙に勝っては好き勝手やっていたそうじゃない。軍には早く終わらせろ終わらせろとうるさく言ってたくせに」
「そ、れは…国民生活の困窮と国力の低下が…」
「そんなのどこの国だって同じでしょ?」
「…はい」
「終戦期には慌ただしくなりますね。きっと賠償金だってすぐには入りませんし、領地は整備しないといけないから人口が流入するでしょう。あなたたちがどこまでも手を汚して、貧民のようにあくせく働くのを期待しております」
「はい、京紡様の仰せのまま」
「ふふ、今度は華族のパーティにでも呼んでくださいな」
「もちろんでございます!」
俯いて目を伏せた大の大人が美しい少女の言いなりになっているのは側から見ても不可思議な光景だったようで耳目を集めていた。あまり恨みを買いたくはないと、雨宮が京を下げさせたことでようやくホッと一息ついたようだ。口々に雨宮を責めるようなことを言う。
「京紡の…当主だったのですね、彼の方が」
「えぇ、そうなんです。一人娘がいるのはご存知でしたよね?」
「そりゃそうだが…」
「先代とその先代が相次いで亡くなってからはとんと聞かなかったんだよ、噂を」
「まさか娘が継いでるとは…」
「しかし、あの美貌は恐ろしい。目が合ったら魂が抜かれるような気がしましたよ」
「はは」
「笑い事ではありませんよ、雨宮くん!君のとこも分家なのだろう?何か問題はないのかね?」
「婿候補はいるか?私の息子はなかなか見てくれも悪くなくてだな、留学も行っていて語学が堪能なのだよ」
今度は一斉に取り入ろうとニコニコしながら近づいてくる。こうなることはわかっていたが面倒だな…そう雨宮は独りごちた。
「分家の者には何も言う資格はありませんよ。ただ彼女が当代になってから京紡の規模は5倍になりました」
「そ、うか…」
そう説き伏せると何も言えないのか俯いた。終戦後の京紡を考えると同情が湧いてきた。いや、あの子に同情なんて自分には許されていないのだが。




