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あの子の  作者: ヒビ
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戦争の終結2



綴様、そろそろ俺は行くよ。








翌月、計画の立案と計画参加者に大まかなことが伝えられた。もちろん参謀として細かいやりとりをしたのは覚えているがどこか夢現のまま過ぎ去る日々だった。



「綴、聞いてるのか」


「…あぁ、うん」


「お前、最近ぼーっとしすぎてないか。作戦局の先輩も心配してたぞ」


「…すまない。ちょっと寝不足なだけだ」


「そうかよ。今日は泊まっていけよ。寝てるか見張ってやる」


「了解した」



そこまで話すと戦務に戻った。東部が終わり、東部軍の縮小が議論されているのだ。確かにこれ以上の出費は避けたいしと新兵や高齢者から退陣させているところだった。輸送費もバカにならないため、試算が慎重になる。しかもこれに退役軍人の年金と賞与と、勝っても負けても戦争とは金がかかると雨宮が嘆いていた。


結局その日の業務を終えたのは夜の9時過ぎ。先に宿舎へ戻った朔夜の部屋に足を踏み入れると相も変わらず潔癖なまでに整頓されている。さりげなく青と紫で構成されたブーケなども飾られてはいるがそれ以外の生活感は皆無だ。ソファに座り、何をするでもなく物思いに耽っているとシャワーから出た朔夜が出てきた。



「よし、お前風呂入れ」


「はーい」


「何も食ってないだろ」


「うん、食堂で食べようかと思ったけど時間過ぎてた」


「だろうな。適当に作っとく」


「ありがとう」



軍支給のものと異なり、流の実家から送られてくるのは質の良い洗髪剤だったため、いつもよりずっと柔らかな髪の毛に仕上がりいい匂いもする。さすがボンボンだと苦笑しながらシャワー室を上がるときつねうどんがリビングに鎮座していた。



「うどんか」


「いいだろ、今日は冷えるしな」


「美味しそう、いただきます」


「おう」



ずるずる啜りながら振り始めた雨を眺めた。春の雨は冷たく、どこまでも暗かった。春雷が落ちるかもなとぼんやりと考えながら口を開く。



「…終戦したらだけど」



避けていた話題を自分から振ると、朔夜はピクっと肩を揺らした。しかし一瞬で表情を戻すと何ともない顔で何だと聞いた。



「京紡に戻るよ、やっぱり」


「…そうかよ」


「やりたいことはないけど、やらなきゃいけないことがあるの」


「なんだろ、お前のその話聞くとさ…2度と会えない気がする」


「さぁ、どうかな。会いたいって思ったら会えるよ」


「…お前の話、今度は全部聞かせてもらうからな。三年間引いてやったんだし」


「そっか……三年か」


「あぁ、そうだ」



静かに出汁を飲み干す朔夜を尻目に声もなくやはりあの名前が口から出てくる。樹、と。



「…そうだね、そろそろ時効かも」


「なんか犯罪でもしたのかよ」


「まぁ、そうかも。私って生きてるだけで犯罪みたいなものだし」


「ますます意味わかんねえな」


「そうだね、でも話すのは終戦してからだ。大した仕事はないけどそれでも任務もちょっとあるしな」


「俺らは見守るだけだ。計画の成功を」


「ふふ、来月が楽しみね」



くすくす笑う綴の瞳は憂鬱そうな色が透けていたのをもちろん流は見逃さなかった。ただできることもなく、その瞳を見続けることしかなかった。


降りて行こう、いざ暗闇の世界へ、ダンテの言葉がふと浮かんだ。






翌朝、計画を全軍に周知させるため会議が行われた。もちろん立案者ということは伏せられて私も参加した。戦線の終結した東部と西部はどこかリラックスした表情で説明を受けているのに反して北軍は刺々しい。



「…これで終わるのでしょうな」


「それは我々が考えることだ」



相変わらず仲の悪い中央軍と北軍に呆れる。そんな場合でもないのにさ。やめろ、と財務大臣が制止してようやく口を噤む両者。だがしかし概ね反対の意見はないままで会議は進んでいた。何か見落としていることはないかと会議資料に目を落として真剣に考え込んでいると、また北軍からちょっかいがかけられる。



「ていうか、そもそもなぜこんなところに子供が?」



速やかに反論するのは作戦局の先輩たち。こいつらバカだなという蔑みの目を隠しもせずに言うからこちらがヒヤヒヤしてしまう。



「彼女は参謀将校ですがなにか?」


「ふん、以前からやたらに見目の良いものばかりを重宝していたのは知っていましたがね、情人を重大な会議に参加させるのはいかがなものかね。それこそ風紀を乱すだろうし、情報漏洩も恐ろしいものですな」


「やめてください。彼女は史上最年少で将校課程を突破した実力の持ち主です。それにこの会議にも十分関係しています。何か文句があるならこれだけの作戦や制圧する案でも建てられないものですか?戦線を睨んで暮らしているだけで財政を圧迫している北軍はさすが言うことも違いますな」


「何だと?」



あぁ、ため息が出てくる。会議場を出るか迷うが、おじさまがまだ残れと首を振るので諦めて反論する。



「…申し訳ありませんが、この作戦の立案は私です。細かいところは作戦局が詰めてくれましたがそれだけでも参加する意義はありますよね」


「君、嘘を言っているな」


「そうだ、我々をバカにするのもやめていただきたいな。君の上官は誰かね、碌でもない人材を置いてるとは呆れてものも言えない」


「上官はそこにいる雨宮少将です」



そこまで伝えるとさすがに歩が悪いのがわかったのか盛大な舌打ちをして口を噤んだ。黙ることもできないとは。


立ち上がって雨宮が弁明する。



「…京紡中佐、この北軍の活躍はどう思うかね」


「ふむ、大石大佐、ずいぶん大きな顔をしているようですね。最初の一年で何人犠牲者を出しましたか?中央軍の参謀部での見積もりでは100000人でしたが、あなたは無茶な指令で2倍に膨れ上がらせました。違いますか?」


「な、違うぞ…」


「いいえ、報告書もいただいておりますよ。あなたは戦果を急ぐあまりこちらからの計画を無視した指令を幾度も発動し、おまけに犠牲者を誤魔化して報告していますね?さらに義援金という名目で受け取った隣国の寄付金も着服しましたね?」


「嘘を言うな、この小娘め。貴様が場違いなのだ!速攻出て行け!!」


「捕虜として捕らえた敵兵も拷問にかけて殺したとか。それも数十人規模で」


「違う、あれは事故だったのだ…」


「数十人を殺してしまう拷問とは何でしょう?人道的な尋問の観点から軍規と手順書に従っていますか?まぁ、以上のことよりあなたはそのうちに軍法裁判にかけられます」


「何と言うことだ…そんな話は…」


「ほ、本当でしょうか?大石大佐の件は」


「えぇ、私が北軍を調べたら出てきました。齋藤少尉、あなたは将校課程志願者の試験を勝手に行い、適正な者を不合格としたとか。大石大佐と共に予算を着服したんでしょう?あなたもそろそろ身の振り方を考える時期ですね」


「君…」



今や会議場は水を打ったように静かだった。何か変だな。みんなこれくらいの不正は知っているのかと思っていたが。


呆れたように目を伏せた雨宮がそこまででいいだろうと呟いた。



「…その辺りの情報はどこで?」


「資金の流れを見ればおおよそわかりませんか?犠牲者も多く、じわりじわりと後退する戦線を見れば何が起きているのか、どういう者が指揮をしているのかも。何度か忠告しましたよ、我々の作戦に従えと。それも不本意ながら作戦には従えないという言葉でしたね?どのような不本意なのか、しっかり裁判で聞いてみたいものです」



微笑むと一気に血の気の引いた顔をした北軍の面々。これで全面降伏だろうか。にんまりと悪い顔をした雨宮少将がとどめを指す。



「それではこれからの北軍の活躍に期待したいものですな。こちらの作戦にしっかりと則って働いてくれそうです。もしかしたら情状酌量もあるかもな」



はぁ、とため息を吐いたのは誰だったのだろうか。そういうわけでようやく計画の概要の説明に移った。








会議が終わり、雨宮少将が話したそうな予感がしたので椅子に座ったまま少将が話すのを待つ。筆記官に何かを話して退室を促し、こちらに向き直った少将はガシガシと髪を手櫛で乱すと、君さあと話し出した。



「君さあ、本当…何なんだよ」


「どのお話でしょうか?予算案でしょうか?」


「違うわ。北軍の不正だよ」


「あぁ、皆周知の上かと思って黙っておきました。このように1番効果のある時に言うのがいいかと思いましたし」


「そりゃ、そのおかげですんなりと計画の実行はできそうだけどさ…はぁ」


「何か問題が?」


「ないよ…君を侮っていた」


「そうですか」


「あぁ。他に話すことは?」


「ふむ……少将の側近の方、えぇ、西さんでしたっけ。彼の方隣国の方ですよ、身分隠してますが」


「はあ!?何だと」


「スパイかと気を付けていましたが特別な事情はなさそうです。国籍もずいぶん昔にこちらに変更していますし、娘さんは警ら隊の方と結婚されてますから滅多なことでは裏切らないと思います。しかしそれでも大事なものは触らせず、話さない方がいいでしょう」


「もうちょっと早く言ってくんないか…」


「すみません、調べて何も出ませんでしたし。閣下は気に入ってるようでしたし」


「聞くのが怖いが、次の話は?」


「…いいえ、特には」


「怪しい間があったぞ」


「それでは私からも一つ聞きたいことが」


「何だ」


「樹はどこに?」



平静を装っているが、目がくるりと動揺したのを見逃さなかった。



「死んだはずだ、彼は」


「ええ、そうでしょうとも」


「なのになぜそのようなことを聞く?」


「違うと確信しているからですわ」


「…君は確信的なことを質問してはこない。そう言う意味で君は確信してはいないのだろう。いいか、彼はもう忘れなさい。君のためだ」


「何か知ってるなら今すぐに教えてください」


「何もないぞ、君は軍のことだけを考えていれば良い」



冷たい口調でそう突き放すと、こちらを総毛立たせるような威圧感のある瞳で睨みつけて部屋を出て行った。どうやら機嫌を損ねたようだ。


外は雨が降り続いていた。それをぼんやりと眺めながら思い返す。白樺の扉を。あの時頻繁に言われたのは、京紡のことだけを考えたまえという言葉。私を必要としているのか、それとも血を必要としているのか、何度か考えたことがまた頭に浮かぶ。そしていつも結論は変わらなかった。


必要とされているのは私ではなく、わたしの血だと。







昼は眠気が勝つためランチはあまり取らないことにしている。気を遣って部下が作ってくれたワンタン入りのスープを手早く食べて、廊下に出てみる。雷鳴が轟き、木々がブチブチという擬音が似合うほど揺れている。


座って蹲る。誰もここには来ない。



そう、樹以外は。


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