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あの子の  作者: ヒビ
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疑念3


綴と連絡がつかない。


隣国との関係が急速に悪化している中、兵たちがまた召集されていると噂になっていた。朔夜が先の戦争で知り合った先輩将校も召集に応じたらしく、お前は来るなよと笑いながら声をかけられた。2度目の志願はさせないと父に珍しく厳しい口調で言われたため元より参戦するつもりはなかったが、綴はどうするのか心の中でいつも心配していた。


きな臭くなってきた世論と共に学園の中でもそわついた空気を朔夜は感じていた。退役したのを知ってる一部のクラスメイトは、軍の情報を知りたいのかこちらを思わし気に見てくるが、朔夜は取り合わなかった。ある日から全く連絡のつかない綴のことばかり考えてしまうのだ。



「父さん、その…綴について何か知らないか?」


「…京紡様か?」


「あぁ、連絡、つかないんだよ…」


「公家のことはわからないな…」


「そうだよな、ごめん」


「いや、いいんだが…それより、隣国とのことは気にしなくていいぞ」


「え、なんで?開戦しそうなのに」


「しない。揉めてた土地は内々で隣国に割譲するんだ。そのための書簡も今日書いてきた」


「は?え、?」



呆然として、手に持っていたスマホを取り落としてしまった。大きな音を立ててケースの一部が割れたのが見えたが、拾えなかった。驚いたように父親がこちらを見てきた。



「…まだ内緒だぞ。これ以上の犠牲は払えないんだ、小さな土地だったし譲ったんだよ。その代わり今まで以上の和平案と軍備縮小を盛り込んだ拘束的な条約を結ぶことになってる。さらに大陸の第三国に仲裁に入ってもらって、例の土地は非武装地帯として位置付けることになった」



情報量の多さに眩暈がした。朔夜は、戦争を回避した安堵感よりも綴が何かとんでもないことに巻き込まれたような嫌な予感がしていた。



「父さん、それじゃあ軍は?」


「ちょっと前に召集してたが、解散だろうな。まぁ、予備戦力は残しておくだろうが」


「…俺、雨宮少将に会いに行ってくる」


「やめておけ、今はあいつらも忙しいだろ」


「でも!今、逃したら…綴と一生会えない気がするんだ」



必死になって、幼い子供のように言い募る朔夜に、事態を重く見たのか父親も唸り始めた。しばらくして、明日電話かけてみるかと呟くと朔夜にもう寝ろと声をかけた。眠れる気はしなかったが、何か一歩でも進めたと信じて、ベッドに横になった。目を瞑ると、綴の楽しそうな笑い声が聞こえた気がした。それは、体育祭の時の甘酸っぱい思い出のものだった。


翌朝、早起きした朔夜は父親に約束守れよと言ってから学園へ登校した。すると、奇妙なことにクラスメイトたちが何やらひそひそ盛り上がっている。席に着くとすぐにクラスメイトは朔夜にも話を振ってきた。



「な、なぁ!体育祭の時、流って関係者席で応援してたよな?あの美少女と」


「…あ?そうだけど」


「あの時さ、俺の兄と話してない?」


「は?知らねえ。お前は関係者席隣だったけど、誰かと話した覚えねえけど」


「そうだよな」


「…なんかあった?」


「俺、父親母親忙しいから体育祭に呼ばなかったんだけど、こいつがさ言うんだよ」



隣にいた別のクラスメイトが話を引き継いだようにこちらを見ながら言った。



「お前の関係者席に、兄貴が座ってたぞ。似てねえな、お前ら」


「な!やばくね!?」


「は?ただ単純に父母が来てなくて、兄貴が来てたんだろ?」


「ちげぇって!!」



青ざめた顔でそのクラスメイトは言った。



「俺、兄貴なんていねえんだよ」








意味がわかると怖い話かよ、こっえーと囃し立てるクラスメイトたちとは正反対に朔夜は顔を青く染めた。あの時、自分が出場していた種目はどれくらいあったのだろう、その間その謎の人物が綴と接点を持ったのはどれくらいの確率なんだろう、考えれば考えるほど恐ろしくなった。



「はーい、授業しますよ」



その言葉もすり抜けた。友人たちは、怖い話が朔夜は嫌だったんだなごめんと親身になって謝ってくれたが寧ろその話を詳しく聞きたくてしかたなかった。しかし、やはりその謎の人物は誰かに接触した様子はなくて、ただの謎のまま終わってしまったそうだ。


逸る気持ちを抑えてようやく帰宅すると、父親も同じように蒼白な顔をしていた。



「…父さん、どうしたんだよ」


「…いいか、よく聞きなさい」


「なんだよ、怖い」


「京紡綴は、軍から脱走した」



世界から音が消えた。


いつの間に雨が降っていたのか、窓の外の雨粒の音が激しさを増している。父親の青い瞳を見つめたまま朔夜は泣き出したくなった。


置いて行かれた、そう思ったのだ。



「…今、どこにいる?あいつは」


「知らない。そして、今安易に探すな。あの子は今、隣国とのスパイとして軍から捜索されている。俺らも近づけば怪しまれるぞ」


「は?…待ってくれ、意味がわからない。あいつほど、この国のために、働いていた奴を知らない」


「…違うんだ……何もかも、間違っていた」


「どういうことだよ!!!詳しく!教えてくれ!!!」



ついに涙が溢れた朔夜を見て、痛ましそうに口を歪めた父親は座り込んだ。慌てた使用人が手を貸そうとしたが、父親は首を振った。そしてウイスキーをくれと言うと、持って来させたそれをぐいっと飲み干した。いつもはしないほどの乱暴な飲み方に驚いた。



「すまない、言葉が出ないんだ」


「…父さん、教えてくれよ。あいつはどこにいるんだ、一人にしないと決めたんだよ、おれ…」


「スパイがいたんだ。それは事実だ。あの子が発掘してきた子がそうだった」



軍用車であの日連れて帰ってきた三人のうちの一人がスパイだったということか。誰だと思い返してみてもあの日以降怒涛の勢いで終戦に向かっていたため彼らの特徴を思い出せなかった。驚いた様子の朔夜を見て、父親も納得したように頷いた。



「知らなかっただろうね、彼は自分たちをここに連れてきた京紡綴を恨んだ」


「あいつを恨むなんて、逆恨みだろ…それに、同意の上で志願したんだろ……」


「そうだね…でも、恨んで恨んで仕方なくなって隣国と手を結んだんだ。隣国が一斉に蜂起した時、軍の上層部は考えたんだよ。…スパイを炙り出すよりも、これを弱みとして国交で上に回ることを。たかが小さな土地で軍を動かして、人を動かして、策を巡らして争うよりも、和平の一部にしようとした」



話が見えてきて、汗がざあっと引いた。もしかしてそれって、思考が追いついて嫌だと咄嗟に叫んだ。



「あぁ、最悪のタイミングだったに違いない。あの子は誰よりも賢かった。きっとスパイの存在に気づいて必死に捜索したに違いない」


「まさか…」


「そしてそれは和平を求めた上層部は目障りだったに違いない。スパイを安易に彼女に捕まえさせて隣国との関係を悪くするわけにはいかなかった。なんのかんの理由をつけて奮闘する彼女を作戦局から隔離されていたそうだ、先週までは」


「せん、しゅう?」


「あぁ、脱走したそうだよ」


「どうやって?」


「さぁ、ただその際にスパイの彼は殺されていたらしい。軍は必死にその捜索をしている、スパイを殺したことで隣国にどう影響するのか怖いようだ。今や彼女こそが隣国のスパイとして大々的に発表され、すべてのヘイトがぶつけられている」


「じゃあ、見つかったらあいつは」


「そうだね、誰か守ってくれる人がいなければ、また何かの罪を押し付けられて殺されるだろうね。和平の見せしめに」


「…なんて、ことだ」



同じように崩れ落ちた朔夜に父親は掛ける言葉を失ってしまった。国家、そして平和という大きな大きな歯車に人一人が介在できるなんて思ったことはない。しかし、それでも歯車の下敷きになるのがわかっていれば、自分は綴をどんな手段をもっても助けられただろうか。


項垂れて、絶望したように涙をこぼす朔夜には答えが見つけられなかった。やがて涙に濡れた声で朔夜は言った。



「父さんお願い、あいつを探して、守ってくれよ」


「だめだ、リスクが大きすぎる。それに本当にどこにいるのかわからないんだ。誰か裏で彼女を逃した奴もいるらしい」


「…は?」


「誰か、京紡綴を逃した奴がいる。軍の人間以外で」



その時、朝クラスメイトたちが話していた謎の人物のことを思い出した。


時々自分の内から溢れる声が聞こえるの、それに従うと大体うまくいくの、神がかり的なまでの戦略の由来を聞くとある日綴はそう答えた。その意味がわからなかったが、今、ようやくわかった。直感的にわかっているのだ、どうするべきかを。


朔夜も内なる声に従ってみることにした。



「…父さん、それじゃあ帝国学園の監視カメラって手に入るか?」


「それくらいならわけないな、いくら寄付してると思ってる?」


「調べて欲しい奴がいる」



目を爛々と燃やす朔夜に父親は嫌な予感がした。何か執着じみたものを彼女へ向けているのはずっと知っていた。この年になっても恋人の一人も連れて来ず、こちらが示した婚約者を悉く突き返し、ひたすらに京紡綴だけを見つめていた。その様子にゾッとすることもあったが、内心どこか結ばれて欲しいと願っていた。それは家格とかを無視して、二人の相性がいいと感じたからだ。


ポッカリとした空洞の人型のような京紡綴と、目一杯の普通の子として生きてきた朔夜、二人ぼっちの世界はそれはそれで楽しそうで、そしていつかは彼女にも幸せを受け取る権利があると感じることができると信じれたからかもしれない。現に流のパーティで見た彼女は徐々に人間らしさを取り戻したような眼差しを向けていた。



「…あぁ、分かったよ」



この賭けがどう出るのか、家を揺らすことになるかもしれない。それでも愛息の言葉を叶えてやることにした。朔夜は幸せな息子だった。






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