表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/35

第九話:福島、受け継がれる保存の知恵とおもてなしの心


 山形を後にした美緒と隆司は、磐越西線に揺られながら会津へ向かっていた。

窓の外には雄大な磐梯山が姿を見せ、湖面に映る姿がきらめいている。


 「会津は雪深い土地だから、保存食の知恵がたくさんあるんだ」

隆司が語る。


 「保存食かぁ……。秋田でも“無駄にしない知恵”を学んだけど、また違うのかな」

美緒は興味深そうに窓の外を眺める。


 「代表的なのが“いかにんじん”。正月には欠かせない料理だ」

「いか……にんじん? そのまんま?」

「そのまんまだ。するめいかと千切りの人参を醤油と酒、みりんで漬け込むだけ。でもな、これが驚くほど旨い」

「へぇぇ! 保存もきくし、シンプルだけど味わい深そう!」


 「それから“こづゆ”だな。冠婚葬祭やおもてなしで必ず出る郷土料理だ。干し貝柱でだしをとって、野菜や豆麩を入れた汁物なんだ」

「ふむふむ……。こっちは“ハレの日の料理”なんだね」


 「そうだ。会津の人たちは、保存の知恵と、もてなしの心を両方大事にしてきた。お前にとって大事な学びになるはずだ」


 会津若松駅に着くと、町は落ち着いた城下町の趣に包まれていた。

黒塀に赤瓦の屋根、白壁の蔵が点在し、時代劇の一場面のようだ。


 「わぁ……! なんだか空気まで凛としてる!」

美緒は感嘆の声を漏らす。


 出迎えてくれたのは、隆司の知人で地元の料理研究家・高橋さんだった。

「ようこそ、会津へ。今日は私の家で“いかにんじん”と“こづゆ”を一緒に作りましょう」

「よろしくお願いします!」

美緒は元気よく頭を下げる。


 いかにんじんとの出会い


 高橋家の台所に入ると、既に大根や人参、するめいかが用意されていた。

「いかにんじんはね、冬に野菜が取れなくなる雪国の知恵から生まれたの。保存のきくするめと、冬でも保存できる人参を合わせたのよ」


 「へぇ……! それで“正月料理”にもなったんですね!」

美緒が包丁を取り出す。


 「では、人参を千切りにしてみなさい」

「はい!」


 美緒はシャッシャッと小気味よい音を響かせながら人参を刻む。

「おお、手際がいいね。父親譲りかな?」

「ふふふ、修行中です!」


 一方、するめいかは水で戻して細切りにする。

「するめの旨味が人参に染み込むんだ。数日置くほど美味しくなる」

高橋が説明する。


 「なるほど……。漬け込みの料理って、“待つ時間”まで味になるんですね」

「そう、そのとおり」


 醤油とみりん、酒を合わせたタレに、するめと人参を混ぜると、独特の香りが広がる。


 「わぁ……いい匂い!」

美緒は思わず顔を近づける。


 「でもね、これはすぐには食べられないんだ。三日ぐらい寝かせて初めて味がなじむの」

「三日……! 料理なのに、作る“今”と食べる“未来”がつながってるんだ」


「その気づき、大事だね」

隆司が静かに頷く。


 こづゆのおもてなし


 「さて、次は“こづゆ”を作りましょう」

高橋は大きな鍋を取り出した。


 「こづゆは冠婚葬祭や正月に必ず出す料理。だから“おもてなしの象徴”なんだ」


 鍋に水を張り、干し貝柱を加えて火にかける。

「いい香り……! 上品で、でも深い」

美緒は思わず目を閉じて香りを吸い込む。


 「会津は海がないから、干し貝柱や昆布といった保存できる海産物が大事なだしの素になったんだ」

「なるほど! ここでも“保存食の知恵”が生きてるんですね」


 次に里芋、にんじん、こんにゃく、椎茸、豆麩を加える。

豆麩がスープを吸ってぷくぷくと膨らむ様子に、美緒は目を丸くした。


 「豆麩ってかわいい! 初めて見た!」

「ふふふ、会津ならではの食材だよ」


 煮立った鍋から湯気が立ち上り、部屋いっぱいに優しい香りが広がる。


「さて、味を整えてみなさい」

高橋が杓文字を差し出す。

「はい!」


 美緒は塩をひとつまみ、醤油をほんの少し足して味を見る。

「……あっ、すごい! 一つひとつの具材の味が立ってるのに、全体はまとまってる!」


「そう、それが“こづゆ”の魅力。食べる人を思いやり、素材を尊重する味なんだ」


 学びと交流


 出来上がったこづゆと、漬けたばかりのいかにんじんを食卓に並べる。

「まだ漬けたてだから浅いけど、今日の記念にね」

高橋が笑う。


 一同で「いただきます」と手を合わせる。


 「……こづゆ、体に染みる……」

美緒は感動して涙ぐんだ。

「滋味ってこういう味なんだ……。食べると、作った人の心まで伝わってくる」


 「料理は腹を満たすだけじゃない。心を満たすものでもあるんだ」

隆司の言葉に、美緒は深く頷いた。


 「保存食は“未来の自分や誰かのため”。おもてなし料理は“今ここにいる相手のため”。……どっちも、人を思う気持ちから生まれてるんだね」


 「その気づきがあれば、きっといい料理人になれる」

高橋がにっこりと笑う。


 夜の語らい


 その夜、宿に戻った美緒はノートを広げ、学んだことを書き記した。

「保存の知恵……おもてなしの心……。料理って、時間も心も超えて人を結ぶんだ」


 「どうだ、美緒。旅は順調か?」

隆司が尋ねる。


 「うん。お父さん、私、少しずつ“料理の意味”を掴めてきた気がする」

「そうか……。その言葉が聞けて嬉しいよ」


 二人は並んで夜空を見上げた。会津の空には、満天の星が瞬いていた。


 こうして美緒は福島で、“保存の知恵”と“おもてなしの心”という二つの宝を学んだ。

その学びは、これからの修行に確かな指針となるだろう。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ