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第六話:宮城、受け継がれる職人の心意気


 岩手での温かい出会いを胸に、美緒と隆司は宮城県仙台市へと向かった。

仙台駅を降りると、都会的な活気の中にも、どこか落ち着いた雰囲気が漂っている。

美緒は胸を高鳴らせ、隆司の隣を歩く。


 「お父さん、宮城では何を学ぶの?」


 美緒が尋ねると、隆司はにやりと笑った。


 「食材への敬意、そして伝統を守る職人技だ。仙台を代表する料理といえば……あれしかないだろう」


 二人が向かったのは、仙台駅前の裏路地にある、小さな牛タン屋だった。

こぢんまりとした店だが、香ばしい匂いが外まで漂っている。

暖簾をくぐると、客で賑わう店内から、ジュウジュウと肉を焼く音が聞こえてきた。

カウンターの向こうには、美緒の祖父と同じくらいの年の男性が、真剣な眼差しで網に向かっている。


 「大将、お久しぶりです」


 隆司が声をかけると、大将はゆっくりと顔を上げた。


 「おや、隆司か。ずいぶん久しぶりだな。そっちの可愛らしいお嬢さんは?」


 「私の娘の美緒です。一人前の料理人になるために、旅に出ました。今日は大将の牛タンを学ばせてもらおうと」


 大将は美緒の顔をじっと見つめ、少し笑った。


 「そうか、隆司の娘さんか。いい顔してるな。牛タンはな、ただ焼けばいいってもんじゃない。牛一頭からわずかしか取れない、貴重な食材なんだ。だからこそ、食材への感謝と敬意をもって、一枚一枚丁寧に焼く。それがうちの流儀だ」


 美緒は感動し、席に着くと、大将の職人技を食い入るように見つめた。

大将は、牛タンを網の上に並べると、炭火の火加減を見ながら、絶妙なタイミングで肉をひっくり返していく。

ジュウジュウという音とともに、牛タンは美しい焼き色を帯びていく。


 「さあ、どうぞ」


 美緒の前に運ばれてきたのは、厚切りの牛タンだった。

一切れ口に運ぶと、香ばしい香りが鼻に抜け、噛みしめるたびに肉汁があふれ出す。


 「……っ! 美味しい! 柔らかくて、すごくジューシー!」


 美緒は感動のあまり、声を上げた。


 「美緒、よく味わってみろ。この厚み、この食感……大将がどれだけ丁寧に下ごしらえをしているか、わかるだろう」


 隆司の言葉に、美緒はもう一度牛タンを口に運んだ。

確かに、この厚みでこの柔らかさは、並大抵の技ではない。


 「大将、どうしてこんなに柔らかいんですか? 何か秘訣があるんですか?」


 美緒が尋ねると、大将はにこやかに答えた。


 「秘訣なんてないよ。ただ、牛タンを一枚一枚見て、状態を確かめて、丁寧に包丁を入れる。それだけだ。料理は、言葉じゃない。心だ」


 その言葉に、美緒はハッとした。


 「……父さん、大将は、食材に話しかけてるみたいだね」


 「ああ。料理人にとって、食材は最高のパートナーなんだ。だから、最高の料理は、最高の食材と、料理人の心が通じ合ったときに生まれる」


 その日の夜、美緒と隆司は、仙台の街を散策した。

商店街の入り口にある小さな和菓子屋の店先に、色鮮やかなずんだ餅が並んでいる。


「わあ、美味しそう!」


 美緒は目を輝かせた。

店の中から、優しそうな笑顔のおばあちゃんが顔を出した。


「いらっしゃい。ずんだ餅でも食べていくかい?」


「はい!」


 美緒が店に入ると、おばあちゃんは美緒の顔をじっと見つめ、微笑んだ。


 「おや、珍しいね。あんた、旅の人かい?」


 「はい。料理の修行で、父と一緒に旅をしています」


 「そうかい。それなら、このずんだ餅を食べていきな。このずんだ餅はな、昔からこの土地で愛されてきた、おふくろの味なんだ。枝豆を茹でて、潰して、砂糖と塩で味付けする。それだけだよ」


 美緒は、おばあちゃんが差し出してくれたずんだ餅を一口食べた。

口の中に、枝豆の優しい甘みが広がる。


 「……美味しい。すごく優しい味がする。まるで、お母さんの手作りの味みたい」


 美緒がそう言うと、おばあちゃんの目に涙が浮かんだ。


 「そうかい……。よかった。この味は、私の母から受け継いだ味でね。私は、このずんだ餅を食べるたびに、母の優しさを思い出すんだ。だから、私は、この味を、ずっと守り続けていきたいんだよ」


 おばあちゃんの言葉に、美緒は胸がいっぱいになった。


 「おばあちゃん、料理って、人を笑顔にする魔法だよね」


 美緒がそう言うと、おばあちゃんは微笑んだ。


 「そうだよ。料理は、人を幸せにする魔法だ。だから、私は、このずんだ餅で、たくさんの人を笑顔にしたいんだ」


 その日の夜、美緒は隆司に言った。


 「お父さん、私、分かった気がする。最高の料理人になるってことは、ただ美味しい料理を作るだけじゃなくて、料理に心を込めることなんだね。牛タン大将は、食材への敬意と、伝統を守る心意気を。ずんだ餅のおばあちゃんは、家族への愛と、人を笑顔にする優しさを、私に教えてくれた」


 隆司は美緒の言葉に静かに耳を傾けていた。


 「そうか。お前、また一歩、俺から遠ざかったな」


 隆司が寂しそうに言うと、美緒は慌てて首を振った。


 「違うよ! 父さんが教えてくれた“料理人の心”が、宮城でまた違った形で繋がったんだ。私は、父の力強い料理と、ずんだ餅のおばあちゃんの優しい料理を、両方とも作れるようになりたい。それが、私だけの料理だと思ってる」


 隆司は、美緒の言葉に満面の笑みを浮かべた。


 「そうか……。よし、明日は、俺がお前の作った宮城の味を食べてやる。お前だけの、心温まる最高の料理を作ってみろ」


 美緒は、自分の心の中で何かが芽生えたような、確かな手ごたえを感じていた。


 翌日、美緒は、牛タンとずんだ餅を組み合わせた新しい料理を作った。

柔らかく煮込んだ牛タンを塩で味付けしたずんだ餡で包み、軽く炙った一品だ。


 「お父さん、どうぞ!」


 隆司は一口食べて、目を丸くした。

「……うまい! 牛タンの旨味と、ずんだの優しい甘さが、こんなに調和するとはな。これはお前の新しい道だ」


 その言葉に、美緒は胸が熱くなった。

父に認められたこと、そして自らの感性で新しい味を生み出せたこと――その喜びに涙がにじむ。


 宮城の人々の温かさと食の豊かさに触れた二人は、次なる目的地・秋田へと足を進めるのだった。

 

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