第三十五話 広島編 広島風お好み焼きと牡蠣の土手鍋
山陽本線で揺られながら、美緒と隆司は広島駅に到着した。
駅に降り立つと、にぎやかな人の波と、路面電車が走る独特の街並みが広がっていた。
春の空気はやわらかく、瀬戸内の風がほんのり潮の香りを運んでくる。
「わぁ、路面電車が街中を走ってる!なんか絵になるね」
美緒が目を輝かせながら言った。
「ああ。広島といえば路面電車は象徴みたいなもんだ。市民の足だし、観光客にとっても風景の一部になってる」
隆司が少し得意げに解説する。
「へぇ、そうなんだ。……で、広島といえば、やっぱり食べたいものがあるんだよね?」
「もちろん。まずは“広島風お好み焼き”だな」
隆司がにやりと笑った。
広島風お好み焼きとの出会い
二人が目指したのは、駅前のお好み焼きビル。
何階にもわたり店舗が入っており、どの店も鉄板の熱気と香ばしい香りで客を引き寄せていた。
「すごい!ビル全体がお好み焼きのテーマパークみたい」
美緒が目を丸くする。
「そうなんだ。広島は“お好み村”とか、こういう専門のビルが多いんだよ。観光客だけじゃなく地元の人も通う」
店内に入ると、鉄板の上でスタッフが生地を広げ、キャベツを山のように盛り、そばを炒めていた。
「えっ、生地に全部混ぜないんだ。重ねていくんだね」
美緒が驚く。
「そうそう。関西は混ぜ焼きが主流だけど、広島は“重ね焼き”。キャベツの蒸し焼きで甘みを引き出して、そばを入れるのが定番なんだ。広島では“そば肉玉”って注文すると、基本の形で出てくる」
「そば入りが普通なんだ!知らなかった」
やがて目の前に運ばれてきたのは、直径二十センチはあろうかという巨大なお好み焼き。
上にはたっぷりの青のりと鰹節、そして照り輝く甘辛いソース。
「鉄板の上で切り分けるのがまた広島流だな。香りを逃さないで、最後まで熱々を食べられる」
隆司がヘラを手に取り、美緒に渡す。
「じゃあ、いただきます!」
一口食べた美緒の顔がぱっと明るくなる。
「んー!キャベツが甘い!そばも香ばしいし、ソースの濃さがちょうどいいね」
「だろ?野菜をこんなに美味しく食べられるのは広島風ならではだな。外はパリッ、中はふんわり。しかも見た目のボリュームほど重くない」
「なるほど……これなら、地元の人がソウルフードって呼ぶのも納得だよ」
二人は夢中で食べ進め、あっという間に平らげてしまった。
食が繋ぐ会話
「料理を見ながら食べるっていうのが、広島のお好み焼きの面白いところだな」
隆司が語る。
「確かに。目の前で焼いてるからワクワクするし、会話も自然に弾むよね」
美緒もうなずく。
「鉄板を囲むって、それだけで人と人の距離を縮める効果があるんだ。味だけじゃなく、体験そのものが広島のお好み焼きなんだよ」
「なるほど、料理が“場”を作るんだね」
二人は納得しながら店を出て、夕方の広島の街を歩き出した。
牡蠣の土手鍋へ
「次は広島名物の“牡蠣の土手鍋”に行こうか」
隆司が提案する。
「わぁ!牡蠣だ!でも鍋にするの?」
「ああ。土手鍋は、土鍋の縁に味噌を塗って、少しずつ溶かしながら食べる鍋料理だ。牡蠣が主役だけど、野菜や豆腐もたっぷり入って、栄養満点なんだ」
「へぇ……鍋の縁に味噌を塗るってユニークだね」
店に入ると、運ばれてきた土手鍋はぐつぐつと音を立て、味噌の香ばしい香りがふわりと広がった。
「牡蠣は火を通しすぎると硬くなるけど、広島の人は加減が絶妙なんだ」
隆司が箸で牡蠣をすくい、美緒に取り分ける。
「ありがとう。……あっ、ぷりぷり!噛んだ瞬間に旨味がじゅわっと広がる!」
美緒が感激する。
「味噌のコクが牡蠣の風味を引き立ててるだろ?出汁と混ざり合うとスープも絶品なんだ」
「ほんとだ……体の芯まであったまる」
土手鍋が生む温かさ
「こういう鍋って、みんなで囲むのが前提だから、自然と会話が増えるんだよな」
隆司がしみじみ言う。
「確かに。分け合うって行為そのものが、距離を縮めるんだね」
美緒も頷いた。
「お好み焼きもそうだけど、広島の料理は“シェア”が文化に根付いてる。だからこそ、あったかい人柄が育まれるのかもしれない」
「うん……今日だけでそれがすごく伝わってきたよ」
二人は湯気に包まれながら、心も身体も満たされていった。
広島の夜
鍋を食べ終え、店を出ると夜風がひんやりと心地よい。
川面に街の明かりが映り、広島の夜景が広がっていた。
「今日は広島の“人と人を繋ぐ料理”を堪能したな」
隆司がつぶやく。
「うん。お好み焼きも土手鍋も、料理そのものが会話を生んでくれた。胃も心も満たされたよ」
美緒が微笑む。
「次は山口、ふぐが待ってるぞ」
「わぁ、豪華だね!でも今日の牡蠣鍋も十分豪華だったよ」
二人は肩を並べて歩きながら、次の旅路に胸を躍らせていた。




