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第三話:北海道、力強さと温かさの味


 札幌駅を降り立った瞬間、美緒は冷たい空気に思わず肩をすくめた。

まだ春先だというのに、吐く息が白い。

大きな荷物を背負いながら隣を歩く父・隆司は、慣れた様子でずんずんと歩を進めていく。


 「さすが北海道だな。空気が違う。澄んでる」


 「うん……でも、寒い!」


 美緒は両手をこすり合わせた。


 「そんな顔してると、地元の人に笑われるぞ。寒さも食の一部だ。素材をどう育てるかに直結してる」


 「なるほど……。たしかに、厳しい環境だからこそ、力強い食材が育つんだよね」


 「そうだ。それに、料理人にとって、その土地の風土や気候を知ることは、食材の良さを最大限に引き出すための第一歩だ。肌で感じて、五感で理解しないと、本物の味は作れない」


 二人が向かったのは、市場の一角にある古い食堂だった。

「大地の食堂」と書かれた看板が、店の歴史を物語っている。

暖簾をくぐると、ラム肉と炭火の香ばしい匂いが美緒の鼻腔をくすぐった。

店内には、地元の人々が楽しそうに食事をしながら笑い合っている。

大皿には丸々としたジンギスカン用のラム肉と、新鮮なタマネギやピーマンが山盛りに積まれていた。


 「いらっしゃい!」

 

 元気な声で迎えてくれたのは、この店の店主・佐々木だった。

にこやかな笑みが浮かんでいる。

「おや、隆司じゃないか! 東京からわざわざ来てくれたのかい!」


 「佐々木大将、お久しぶりです! 娘の料理修行の旅に付き合ってましてね。まずは北海道の味を学ばせてもらおうと思って」


 佐々木は美緒の顔をじっと見つめ、優しく笑った。

「そうか、隆司の娘さんか。いい目をしてる。今日は特別に、石狩鍋も用意してあるよ。北海道といえば、この二つを食べてもらわないと始まらないからな」


 美緒と隆司は席につき、早速ジンギスカン鍋の前に陣取った。

中央が盛り上がった鉄板の上に、店主が手際よくラム肉を並べる。

ジューッという軽快な音が立ち、香りが一気に広がった。


 「わぁ……すごい匂い!」

「焦るな、美緒。まずは肉をよく見ろ。表面に脂が浮き、肉の色が薄ピンクから茶色に変わる瞬間……そこが一番旨いところだ。火を通しすぎると、肉が固くなる」

「……はい!」


 美緒は父の言葉を胸に刻みながら、トングで一枚の肉をひっくり返した。

焼き加減を確かめてから、恐る恐る口に運ぶ。


 「……っ! やわらかい! 臭みが全然ないし、すごくジューシー!」


 「それが北海道のラムだ。寒さの中で育つから、肉に無駄な脂がつかず、旨味が凝縮してる」隆司も満足そうに頷いた。

「でも……父さん、ジンギスカンって豪快に焼くだけに見えるけど、どうやって差がつくんだろう?」

「いい質問だな。肉の厚みや切り方、タレの配合、そして野菜を置く順番ひとつで味が全然変わる。料理は“豪快さの中にある繊細さ”を見抜けるかどうかだ」


 美緒はうんうんと頷きながら、次々と野菜を鍋にのせていく。

タマネギの甘みとラム肉の香りが絡み合い、食欲を刺激する匂いが漂った。


 「お嬢ちゃん、上手に焼くじゃないか」佐々木が声をかけてきた。


 「ありがとうございます! でも、まだ父にはかないません」


 「ははは。そうやって師匠を越えようとするのが一番大事だ。料理は真似から入るが、最終的には自分の味を見つけないとな」


 やがて、石狩鍋が運ばれてきた。

大きな鍋の中には、分厚く切られた鮭の切り身、甘みが染み出したキャベツ、ホクホクのジャガイモ、そしてネギ、豆腐……白味噌の香りが湯気とともに立ち上っている。


 「いただきます!」

美緒がレンゲで汁をすくい、一口飲む。途端に、身体の芯まで温まるような優しい味が広がった。


 「……おいしい。ジンギスカンが“力強さ”なら、石狩鍋は“包み込む温かさ”だ」


 「その違いに気づけたのはいいな」隆司は微笑む。


 「同じ北海道の料理でも、性格が全然違う。素材に寄り添う姿勢もあれば、豪快に引き出すやり方もある」


 「なるほど……料理って、その土地の気候や人柄まで映すんだね」


 「そうだ。だから旅は面白い。机の上じゃ学べない“土地の声”が聞ける」


 美緒は石狩鍋の鮭を箸でつまみながら、ふと父を見た。


 「父さんは、もし私がいなかったら、一人で旅してた?」


 「……さぁな。でも、一人ならこんな風に語り合いながら食べられなかっただろう」


 「……私も。父さんと一緒だから、学べることが倍になる気がする」


 二人はしばらく黙々と鍋をつついた。

やがて美緒が口を開く。


 「ジンギスカンと石狩鍋……どっちもおいしかった。でも私が料理にするとしたら、この二つを組み合わせてみたい」


 「組み合わせる?」


 「うん。ジンギスカンの力強さと、石狩鍋の優しさを一つにできたら、“北海道の味”がもっと伝わるんじゃないかなって」

 

 隆司は驚いたように目を見開き、それからゆっくり笑った。


 「ほう……面白い発想だな。俺なら考えもしなかった。お前は、もう俺の背中しか見えない小鳥じゃない。自分の翼で、新しい料理を創り出すことを考えてる」


 美緒の胸が熱くなる。

父にそんな風に言われたのは初めてだった。


 食後、外に出ると雪解けの風が冷たく頬を打った。

しかし美緒の心は、不思議と温かかった。


 「よし、次の土地でも負けないぞ」

 

「おう。だがその前に……デザートにソフトクリームでも食うか」


 「もう! 父さん食べすぎ!」


 親子の笑い声が、北海道の澄んだ空に溶けていった。

北海道での旅はまだ始まったばかり。

美緒は、この土地の食材と人々の温かさに触れながら、自分だけの料理のヒントを見つけ始めていた。

 

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