第二十八話 大阪編 たこ焼きとお好み焼き ― 粉もの文化と食の情熱
にぎやかな笑い声と、ソースの香ばしい匂いが街中に漂っていた。
大阪の繁華街に足を踏み入れた美緒と隆司は、思わず顔を見合わせる。
「うわぁ……すごい。どこからともなくソースの匂いがしてきて、お腹が空いてきちゃう」
美緒が鼻をひくひくさせると、隆司は小さく笑った。
「これが“大阪の空気”だな。食いだおれの街って言われるだけあって、食への情熱が桁違いなんだ」
「ほんとに……。東京とか京都とはまた全然違う雰囲気だね。なんだか人も明るいし、食べることを楽しんでる感じが伝わってくる」
「そうだな。ここでは“粉もん”が大衆の味として定着している。たこ焼きやお好み焼きは、大阪のソウルフードとも言えるな」
二人は通りを歩きながら、屋台や専門店を見て回った。
鉄板の上で生地が焼けるじゅうじゅうという音、木べらで器用に丸められていくたこ焼きのリズム、店の人の威勢のいい掛け声――。
どこを見てもエネルギーに満ちている。
「わぁ……ほら見てお父さん! 目の前でたこ焼きが丸くなっていく。職人技だね!」
「そうだな。見てるだけで楽しい。よし、まずはたこ焼きを食べてみよう」
二人は人だかりのできている人気店に並んだ。
店の前には鉄板が二つ並び、店主が手際よくくるくるとたこ焼きを返していた。
「いらっしゃい! ソース味でええか?」
「はい、お願いします!」
美緒が元気よく答えると、店主はにこっと笑い、できたてのたこ焼きを舟皿に盛りつけた。
熱々のたこ焼きの上にはソースがたっぷりとかけられ、青のりと鰹節が踊っている。
「うわぁ……湯気と一緒にソースの香りがふわって広がる」
「熱いから気をつけろよ」
隆司が言う間もなく、美緒は串に刺してふうふうと息を吹きかけ、一口かじった。
「……あっつ! でも……んん! 外はカリッとしてるのに、中はとろっとろ! タコの弾力がまたいいアクセントだね!」
「そうだろう。シンプルな粉の生地に、出汁をきかせて旨味を含ませている。ソースだけじゃなく、中身の旨さも重要なんだ」
「ほんとだ。出汁の香りがふわっとする。粉ものって、もっと単純な料理だと思ってたけど、奥が深いね」
横で隆司も一口食べ、満足そうに頷いた。
「この“外は香ばしく、中はとろとろ”のバランスを出すのは、熟練の技がいる。大阪人は当たり前のように食べているけど、完成度はすごい」
「お父さん、私思ったんだけど……。たこ焼きって、家でも作るよね? でも、こうやって専門店のを食べると、全然違う!」
「その通りだ。家庭でワイワイ作るたこ焼きと、職人が焼くたこ焼きは別物。どちらも大切な食文化なんだ」
二人が食べ終えるころ、店主が気さくに声をかけてきた。
「どうや? 初めての大阪たこ焼きは」
「はい! 外はカリッ、中はとろっとしてて最高でした!」
美緒が笑顔で答えると、店主は満足そうに頷いた。
「大阪人にとってたこ焼きは、単なる食べ物やなくて、暮らしの一部や。学校帰りに食べたり、友達と集まって作ったり。思い出とセットになっとるんや」
「なるほど……。食べ物以上に、大阪の人の生活に根付いてるんですね」
隆司が応えると、店主は誇らしげに胸を張った。
「せや。粉もんは安くて旨い。誰でも楽しめる。それが大阪の文化や」
二人は礼を言って店を後にし、今度はお好み焼きの店へと向かった。
のれんをくぐると、鉄板の香りと笑い声が迎えてくれる。
目の前の席に座ると、店員がさっそく生地と具材を持ってきた。
「名物のお好み焼き、いきましょか。豚玉でええ?」
「お願いします!」
美緒は目を輝かせた。
鉄板の上で、生地とキャベツ、豚肉がじゅうじゅうと音を立てる。
ソースの甘い匂いが立ち上り、鰹節が舞う。
「お父さん……なんだろう、見てるだけで楽しいね」
「そうだな。お好み焼きは“参加する料理”でもある。自分で焼くスタイルの店も多いしな」
「なるほど……料理と食事の境目がないんだ。作るところからみんなで楽しむ」
やがて焼きあがったお好み焼きにソースとマヨネーズがかけられ、仕上げに青のりと鰹節がふわっと舞った。
「いただきます!」
美緒が熱々のお好み焼きを頬張る。
「んっ! ふわふわでキャベツの甘みがすごい! ソースとマヨのコクもあって、めちゃくちゃ合う!」
「そうだろう。キャベツをたっぷり入れることで甘みと食感が増すんだ。豚肉の旨味と一緒になって、ソースが全体をまとめる」
「うん……! これ、単なる粉ものじゃなくて、一つの完成された料理だね!」
隆司も一口食べて、満足そうに笑った。
「大阪のお好み焼きは、庶民の知恵の結晶だ。安い粉とキャベツを使って、腹いっぱいになれるように工夫された。そこに味へのこだわりを重ねて、今の形になったんだ」
「へぇ……じゃあ、お好み焼きって“節約料理”から生まれたんだ」
「そうだ。だが今では、大阪の誇りとして世界中の人に愛されている」
店員が笑顔で会話に加わる。
「うちらにとってお好み焼きは、特別な日やなくても食べるもんなんです。家庭の味でもあり、街の味でもある。粉もんは人を笑顔にするんや」
「なるほど……だからこんなににぎやかで、みんな楽しそうなんだ」
美緒は感心して頷いた。
食べ終えた二人は、夜の繁華街を歩いた。
ネオンの光が川面に映り、人々の笑い声が響く。
「お父さん、大阪ってすごいね。料理にこんなに活気と情熱がある街って初めてかも」
「あぁ。粉もんはただの料理じゃなく、“大阪の人の生き方”を表しているんだ。安くても工夫して旨くする。その精神が息づいている」
「私も料理人として、そういう姿勢を忘れちゃいけないね。どんな素材でも工夫次第で最高にできるんだって、今日すごく感じた」
隆司はにっこり笑い、娘の肩を軽く叩いた。
「その気持ちを持ち続ければ、どんな料理を作っても人を幸せにできるさ」
川辺に立ち、たこ焼きとお好み焼きの余韻を胸に感じながら、美緒は小さくつぶやいた。
「大阪の粉もん……私の中でも忘れられない味になったな」
街の明かりと人々の笑顔に包まれ、二人の旅はまた一歩、次の土地へと進んでいく。




