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第十九話 富山ブラックラーメンとますのすし ― 塩が育む知恵


 春の澄んだ空気の中、富山駅を出ると、まだ雪を残す立山連峰が青空にくっきりと映えていた。

美緒は思わず足を止めて見上げた。


 「お父さん、すごい……まるで絵みたい。白い山がこんなに近くに迫ってるなんて」


 「これが富山の誇り、立山連峰だな。水を湛える山があるからこそ、ここには独自の食文化が育ったんだ」


 駅前には、澄んだ水をたたえた運河や、ゆったりとした街並みが広がっていた。

どこか落ち着いた空気が流れ、旅を祝福するようだった。

二人は駅前の路地を歩き、目指すは富山の名物「ブラックラーメン」を出す老舗の食堂である。

看板には大きく「元祖 富山ブラック」と書かれていた。


 「ブラックって、やっぱり真っ黒なのかな……?」


 「そうだ。醤油をたっぷり使って、真っ黒なスープなんだ。昔は肉体労働者や漁師が塩分を取るために食べてたらしい」


 美緒は目を丸くした。「ラーメンって、元気を出すための料理なんですね。ただの食事じゃなくて、働く人の相棒なんだ」


 暖簾をくぐると、濃い醤油の香りが鼻をくすぐった。

木のカウンターに赤い椅子、壁には年季の入ったサイン色紙や古いポスター。

店内には作業着姿の客や、学生らしいグループが並び、熱気で曇った窓ガラスが賑わいを物語っていた。


 「いらっしゃい! 二人? ブラックでいいかい?」


 威勢のいい店主が声をかけてきた。

美緒は一瞬戸惑ったが、父の隆司がうなずいた。


「もちろん。二杯お願いします」


 カウンター越しに響く中華鍋の音。

スープをすくう音や麺を湯切りする音が、リズミカルに重なる。

やがて運ばれてきた丼からは、湯気とともに漆黒のスープが立ちのぼる。

チャーシュー、メンマ、ネギが乗っているが、とにかくスープの黒さが圧倒的だった。


 「……ほんとに真っ黒! まるで墨汁みたい」


 美緒がレンゲを差し入れると、スープは重厚な香りを放った。

一口飲むと――。


 「しょっぱっ! ……けど、なんかクセになる」


 「ははは、だろう。普通のラーメンと違って、ご飯のおかずとして食べるのが正しいんだ」


 隆司は慣れた手つきでライスを注文した。

美緒も真似してご飯を口に運び、ラーメンのスープを少しかけてみた。


「……あっ、合う! しょっぱさがご飯でちょうどよくなる」


 「漁師や土方仕事の人たちは、汗を大量にかくだろう? 昔は塩分補給のために、こういう濃い味が必要だったんだ。塩と炭水化物、体を動かす人間には最高の組み合わせだな」


 「なるほど……。ただしょっぱいんじゃなくて、働く人の知恵なんだね」


 二人は黙々と箸を進めながら、スープの奥にある旨味を探った。

見た目ほど尖っていない。醤油の香りの中に、昆布や煮干しのような風味が潜んでいる。


 「お父さん、出汁もしっかりしてる。富山って昆布も有名なんでしょ?」 


 「そうそう。北前船で昆布が大量に入ってきた土地だからな。富山の人は昆布の使い方がとにかく上手い。このブラックラーメンにも、きっと隠れてるぞ」


 「なるほど……。やっぱり歴史の積み重ねなんだ」


 食べ終える頃には、体の芯から温まり、汗がじんわりとにじんでいた。

隆司が満足そうに言った。


 「これでブラックラーメン制覇だな。次は、もう一つの名物に行こうか」


 「ますのすしだよね! 駅弁で有名って聞いたことある」


 二人は店を出て、駅の売店で包みを買い、ベンチに腰を下ろした。

丸い木のわっぱに入った笹の葉包みを開くと、鮮やかなサーモン色の鱒が酢飯の上にぎっしり並んでいる。

笹の香りがふわりと広がった。


 「わぁ……きれい。まるでお寿司の花畑みたい」


 「これは保存食でもあるんだ。笹の葉で包んで重石をして、日持ちするように工夫してある。昔は旅人や武士が、道中の糧にしたらしいぞ」


 美緒は一切れを口に入れた。

酢の香りと鱒の旨味が広がり、後味はさっぱりとしていた。


 「ん~っ、美味しい! ラーメンの濃さとは正反対で、すごく爽やか」


 「富山の人は山と海の恵みを両方持ってる。しょっぱくて力強い料理もあれば、こうして上品で繊細な味もある。どちらも、この土地の自然が育てたものだ」


 「うん……。料理って、その土地の暮らしの形なんだね。汗をかく仕事には塩辛いラーメン、長旅や保存にはますのすし。人の生き方と味が直結してる」


 笹の香りを感じながら、美緒は深く息をついた。

ふと視線を上げると、再び立山の白い峰々が遠くに見える。

日差しに輝く雪は、さながら大自然が授けた宝石のようだった。


 「お父さん、私……もっともっといろんな土地の料理を学びたい。味だけじゃなくて、そこに込められた暮らしや工夫を、ちゃんと自分の中に取り込みたい」


 隆司はゆっくりと笑みを浮かべた。


 「美緒、お前の旅はまだまだこれからだ。日本にはまだ、知らない味が山ほどあるからな。料理を学ぶことは、人を学ぶことでもあるんだ」


 「うん。じゃあ私、もっともっと吸収していくね。料理の“塩”も“酢”も、“知恵”も!」


 二人は顔を見合わせ、声を立てて笑った。

立山を仰ぎながら、富山の二つの味――ブラックラーメンとますのすしを胸に刻み、その土地の人々が紡いできた知恵に思いを馳せたのだった。

 

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