第十八話 新潟・へぎそばとタレカツ丼
春の朝、新潟駅に降り立った美緒と隆司は、吹き抜ける川風に春の香りを感じながら改札を出た。
広々とした駅前、背後には緩やかな山々が連なる。
「お父さん、空気がひんやりしていて、でも澄んでいて気持ちいいですね」美緒が笑顔で言った。
「そうだな。新潟は米どころとして有名だから、土地も水も栄養豊かで、食材の質がすごく高いんだ」隆司も頷く。
二人を迎えたのは、地元食文化に詳しい案内人・五十嵐だった。
地元のそば屋や定食屋に顔が広く、親しみやすい笑顔を浮かべている。
「美緒さん、隆司さん、ようこそ新潟へ」五十嵐が手を振った。
「よろしくお願いします!」美緒も元気に応える。
「今日は、新潟ならではの郷土料理、へぎそばとタレカツ丼を味わっていただきます。米どころならではの食材と工夫が光る料理ですから、楽しんでください」
へぎそばとの出会い
まず案内されたのは、魚沼地方の老舗そば店。
木造の落ち着いた店内には、そば打ちの台と石臼が置かれ、香ばしいそばの香りが漂っている。
「へぎそばって、普通のそばと何が違うんですか?」美緒が興味津々に尋ねる。
「へぎそばは布海苔という海藻をつなぎに使うんだ。これでコシが強く、つるつるとした喉越しになる。さらに盛り付け方も特徴的で、“へぎ”と呼ばれる木の器に、ひと口大に折りたたんで盛るんだよ」五十嵐が説明する。
「海藻を使うんですか! そばに海の風味が加わるってことですね」美緒は目を輝かせた。
「そうそう。魚沼地方は水がきれいだから、そばの香りや食感が引き立つんだ」隆司も感心したように頷く。
職人が手早くそばを茹で、へぎに美しく盛り付ける。
美緒は箸を取り、一口すする。
「……わっ! つるっとしているのにしっかりコシがある! 噛むとそばの香りがふわっと広がって、布海苔の風味も優しく感じられます」
「へぇ……これは食感が楽しいな」隆司も箸を進める。
五十嵐が説明を続ける。
「へぎそばは、元々漁師や農家の保存食として考案されたんだ。布海苔は栄養も豊富で、つなぎとしても優秀。香り高く、食べ応えのあるそばになる」
「なるほど……ただのそばじゃなくて、土地の食材を最大限に活かした料理なんですね」美緒はメモを取りながら呟く。
「その通りだ。こういう郷土料理は、作る背景を知ると味わいが深まる」隆司も微笑む。
タレカツ丼との出会い
昼食は、新潟市内の定食屋でタレカツ丼を味わうことにした。
店内には地元のサラリーマンや家族連れで賑わい、香ばしいソースの香りが食欲をそそる。
「タレカツ丼って、普通のカツ丼と違うんですか?」美緒が興味津々で聞いた。
「新潟のタレカツ丼は、揚げた豚カツを甘辛い醤油ダレにくぐらせ、ご飯にのせるんだ。卵でとじる普通のカツ丼とは違って、カツのサクサク感が残るのが特徴だ」五十嵐が説明する。
「へぇ……サクサク感を残すんですね。それに甘辛いタレでご飯が進みそう!」美緒の目が輝く。
「米どころ新潟ならではだな。ご飯の味がしっかりしているから、カツの旨みとタレが引き立つんだ」隆司も頷く。
ほどなく運ばれてきたタレカツ丼は、揚げたてのカツが美しいきつね色に輝き、甘辛いタレが艶やかに照りを放っている。
「いただきます!」美緒は箸でカツをつまみ、一口頬張る。
「……うわっ! 外はサクサク、中は柔らかくてジューシー! タレの甘辛さがご飯と絶妙に合う!」
「こりゃうまい。普通のカツ丼よりも、香ばしさと食感の違いが楽しめるな」隆司も感心した様子だ。
五十嵐が微笑んで続ける。
「タレカツ丼は、戦後の米どころ新潟で考案された料理です。米が美味しいから、カツの旨みを最大限に引き立てる工夫として生まれたんですよ」
「なるほど……米の美味しさを活かすための調理法なんですね」美緒はメモを取りながら頷く。
「その通りだ。土地の食材を生かす工夫が郷土料理の魅力だ」隆司も笑った。
米どころ新潟の食文化
食後、二人は信濃川沿いを歩きながら、新潟の食文化について話した。
「へぎそばもタレカツ丼も、どちらも土地の特徴を活かした料理ですね」美緒が呟く。
「そうだ。米どころだから、ご飯を主役にした料理が生まれる。そばも海藻をつなぎに使うなど、素材の力を引き出す工夫が随所にある」隆司も頷く。
「へぎそばは保存や栄養、タレカツ丼はご飯との相性……それぞれ目的が違うけど、土地の知恵が反映されているんですね」美緒は感心したように言った。
「料理は、単なる味だけじゃない。土地の歴史や暮らし、食材の特性を理解することも大切だ」隆司も力を込める。
川沿いの桜が春風に揺れ、川面に花びらがゆらりと浮かぶ。
美緒はノートを広げ、大きく書き込んだ。
「今日の学びは、“料理は土地の知恵と暮らしの結晶”です。素材の特性を活かす工夫、保存や栄養の知恵、食べる人を想う心……全部が詰まっている」
「うん、いい言葉だな。お前の修行も、こうして経験を積むことで、味だけじゃなく料理の背景まで理解できるようになっている」隆司も微笑む。
二人は夕暮れの信濃川沿いを歩き、川面に映る橙色の光に包まれた。
新潟の米どころならではの料理、へぎそばとタレカツ丼を通して、父娘は土地の知恵と人々の工夫を心に刻んだのだった。




