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第十五話 神奈川・サンマー麺としらす丼


 春の柔らかな陽射しが横浜中華街の街並みを照らしていた。

通りには赤い提灯が揺れ、香辛料や炒め物の香りが混ざり合い、活気に満ちている。

美緒は目を輝かせながら歩いた。


 「わぁ……お父さん、ここすごいですね! いろんな香りが混ざって、まるで料理の万華鏡みたいです」

「そうだな。横浜中華街は、日本でも最大級の中華街だ。ここに来れば、昔からの伝統料理から、現代風にアレンジされた料理まで幅広く楽しめる」


 通りを歩きながら、隆司は美緒の肩に手をかけ、少し立ち止まった。


 「今日はね、まずサンマー麺を食べてみようと思う。横浜生まれのご当地ラーメンで、家庭でも親しまれている味だ」

「サンマー麺……名前は聞いたことあります! でもどんな麺なんですか?」


 その時、通りの奥から、親しみやすい声が聞こえた。

「お二人さん、中華街へようこそ!」


 二人を迎えたのは、中華街の食文化に詳しい案内人・川村だった。

穏やかで温厚な雰囲気の中年男性だ。


 「隆司さん、美緒さん、今日は横浜の味をたっぷり味わってもらいますよ」

「よろしくお願いします!」美緒は元気よく返事をした。


 サンマー麺との出会い


 川村に連れられて、通りの奥にある老舗中華料理店に入ると、厨房からは中華鍋の音と香ばしい香りが漂っていた。


 「サンマー麺はね、もやしやキャベツ、豚肉などの野菜をあんかけ風に炒めて、醤油ベースのスープにかけたラーメンだ」

「へぇ……野菜たっぷりなんですね!」美緒は目を輝かせた。


 厨房では、親父が中華鍋を振りながら野菜と豚肉を炒め、とろみをつけたあんを作る。美緒はじっと見入る。


 「野菜のシャキシャキ感と、あんのとろみがスープと絡むのがサンマー麺の特徴なんです」川村が説明した。

「なるほど……ただのラーメンじゃなくて、野菜の旨みがスープに移ってるんですね」


 美緒も箸をとり、スープと一緒に一口すすった。

「……あっ! 野菜の甘みがじんわり広がって、スープは優しい味なのにコクもある! 麺はもちもちして、あんと絡むとすごく食べ応えがあります」

「そうだろう? 横浜では家庭の味としても親しまれていて、外で食べるラーメンと家庭料理の中間みたいな存在なんだ」隆司も箸を運ぶ。


 川村が微笑む。

「このサンマー麺の面白いところは、家庭ごとに味付けや具材のバリエーションがあるところです。野菜の量、肉の種類、あんの濃さ……それぞれの家庭の味があるんですよ」

「つまり、家庭料理としてのラーメンなんですね!」美緒が感嘆する。


 横浜中華街の食文化


 食後、二人は中華街を歩きながら川村の話を聞いた。


 「横浜中華街は、開港以来、日本人と中国人の文化が交わる場所だった。料理も同じで、伝統的な中華料理をベースに、日本人の味覚に合うように工夫されてきたんだ」

「だから家庭でも作れるようにアレンジされた料理が生まれたんですね」美緒は頷いた。

「そういう意味で、サンマー麺は中華街の文化を家庭に持ち帰った料理なんです」


 「でも、家庭とお店で違う味を楽しめるって、すごく贅沢ですね」美緒が言うと、隆司が微笑んだ。

「そうだな。家庭で作る味は優しく、お店の味は少しパンチが効いている。両方を知ることで、料理の幅も広がる」


 海辺のしらす丼


 その後、二人は江ノ島へ向かうことにした。

潮の香りが強くなる海辺の町で、江ノ島名物のしらす丼を楽しむ予定だ。


 「しらす丼は、地元で獲れた新鮮なしらすをたっぷりご飯に乗せただけのシンプルな料理です」川村が説明する。

「シンプル……? でも、だからこそ素材の味が勝負ってことですね」美緒が目を輝かせた。


 江ノ島の小さな食堂に入り、しらす丼が運ばれてくる。

ご飯の上にふわっと乗ったしらす、刻みネギと大葉が彩りを添える。


 「いただきます!」

 美緒は箸でしらすをすくい、ご飯と一緒に口に運んだ。

「……あっ! しらすがすごくふんわりしてる! 塩加減もちょうどよくて、ご飯と一緒に食べると海の香りが口の中に広がる!」

「漁師町のシンプルな旨味だな」隆司も頷く。


 川村が笑って言う。

「しらす丼は豪華な料理じゃないけど、素材の鮮度と調理法が命なんです。ちょっとした塩加減、しらすの水分、温かいご飯……すべてが揃って初めて美味しくなる」


 「なるほど……シンプルだからこそ、技術と素材の良さが際立つんですね」美緒は感心する。


 海辺の散策と学び


 食後、二人は江ノ島の海岸沿いを散歩した。

波の音が心地よく、潮風に春の温かさが混じる。


 「今日の料理、どちらも共通してるのは、素材を活かすことですね」美緒がつぶやく。

「そうだな。サンマー麺は野菜の旨味を、しらす丼は海の風味を最大限に活かしている。豪華さよりも、素材そのものの味が大事なんだ」


「そして、家庭や漁師町の暮らしを支える工夫があることも」美緒が続ける。

「料理は人を満たすだけじゃなく、暮らしを支える力もあるんですね」


 隆司は美緒のノートに目をやる。

「お前、今日もたくさん学んでいるな。味だけじゃなく、文化や生活背景まで考える。それが本当の料理の楽しみ方だ」

「はい! 今日は中華街と海辺の町、両方で学べて、すごく勉強になりました」


 夕日が江ノ島の海面に反射して輝き、港町の景色が黄金色に染まる。

美緒は小さなノートに今日の感想をまとめた。


「“料理は素材と暮らし、文化を映す鏡”……これが今日の学びです」

「いい言葉だな」隆司が頷いた。「今日の経験は、これからの料理修行に必ず役立つだろう」


 二人は海風に吹かれながら、横浜と江ノ島の春の味を心に刻む。

サンマー麺としらす丼、家庭と漁師町の知恵を体験した父娘は、次の旅への期待を胸に、港町の夕暮れを歩き続けたのだった。

 

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