目撃者
教室に入った瞬間から、なんとなく視線が多い気がした。
(…気のせい、だよね)
自分に言い聞かせて席に着く。
カバンを机の横に掛けて、スマホを取り出そうとした、その時。
「なあ三田」
「!!」
前の席の男子が、くるっと振り返る。
今までまともに話したことなんて、ほとんどない人。
「さっきさ」
嫌な予感。
「電車内で滝川さんと抱き合ってたよな」
「っ!!?」
一気に体温が上がる。
「ちょ、ちがっ…!」
否定しようとした瞬間、
「俺も見た」
「私も〜」
横から、後ろから、別の声。
一人じゃない。
二人、三人。
「なんか転んでたよな?」
「いやあれ完全に抱きついてただろ」
「羨ましすぎて草」
(…ですよねー…あの車両にクラスメイトの一人、二人、三人はいましたよね〜…)
「いや事故だって!!」
思わず声が大きくなる。
でも、
「いやいやいや、無理あるって」
「顔真っ赤、必死すぎ」
「滝川さんの方から行ってたじゃん」
好き勝手言われる。
(なんでそんなに色々言うの!)
「てかお前さ」
また別の生徒が口を開く。
「いつの間にあんな仲良くなったんだよ」
「いや…別に…」
言葉が詰まる。
説明できる関係じゃない。
そもそも急すぎるし、自分でも分かってない。
ただ流れで、気づいたら、ああなっていた。
「滝川さんってさ」
「?」
「結構有名じゃね?」
「え?」
初めて聞く情報に、思わず聞き返す。
「顔可愛いし、あのリュック目立つし」
「あー鳳凰のやつな」
「あとなんか、独特の世界観だよな、他の奴と喋ってんの見た事ないわ」
「何人か行こうとしたけど玉砕してるんだよな〜」
「三田がその砦を壊したか…」
笑いが起きる。
(……やっぱり)
なんとなく、そうじゃないかとは思っていた。
あの見た目で目立たないわけがない。
「お前よく行けたな」
「いや僕は行ってないって」
「え?じゃあ滝川さんの方から行ったの??」
「え…うん、部分的には、そうなる、かな」
「「ウエーーーイ!!!!!」」
(馬鹿どもが、何を勝手にテンション上がってるんだ)
でも、
(…やっぱり滝川さんって評判高いんだ)
胸の奥に、少しだけ引っかかるものが残る。
納得と、
ほんの少しの、陰りみたいなもの。
「ま、いいや」
一人が肩をすくめる。
「昼も一緒にいんの?」
「……」
一瞬、言葉に詰まる。
「…まあ」
ぼそっと答えると、
「素直になれよ」
「お前スゲエな!」
「羨ま死刑!!」
またざわつく。
(配信みたいじゃないか…なんなんだよほんとに…)
チャイムが鳴って、ようやく会話が途切れた。
でも。
(中庭、か…)
さっきのやり取りと、電車での出来事と。
全部が頭の中でぐるぐるしている。
(…落ち着かない…)
滝川さん。
有名。
玉砕してるやつがいる。
なのに、
(なんで僕なんだよ…)
視線を落とす。
スマホの画面は黒いまま。
(…配信のコメント欄の方が、まだ分かりやすい)
現実は、ノイズが多すぎる。
授業の合間に前の席の男子が
「おい滝川」
とからかってきた。
恥ずかしいから本当にやめてほしい。
その度に
「三田だよ」
と訂正しているが、何度も繰り返してくるので
「じゃあ滝川で良いよ!」
と逆ギレ(?)してみた。
結果。
「えっ」
何を固まっているんだよ。
「三田って、面白い奴だったんだな、誤解してたわ」
(何が面白かったんだ?あと、その場合の誤解って…何…?)
面白いと言われたことは素直に嬉しいけど、飲み込みきれない気持ちもある。
昼休み。
チャイムが鳴った瞬間、周囲がざわつく。
「滝川さんのところに行くんだろ?」
「中庭だっけ?」
「あー、うん」
適当にあしらって、席を立つ。
(…ほんとに行くのか)
自分で決めたくせに、足が少し重い。
教室を出ると、少しだけ静かになる。
廊下を歩いて中庭へ向かう。
その足は軽く震えていた。
中庭。
昼の光が、そのまま落ちてくる場所。
ベンチがいくつかあって、ちらほら人がいる。
(…いた)
すぐに見つかる。
鳳凰のリュック。
(通学用でしょ?持ち歩くのかよ…)
ベンチに座って、こっちを見つけると――
「三田さ〜ん」
ぱっと、手を振る。
周りの何人かが、つられてこっちを見る。
(やめてくれ)
注目されるのは、慣れてない。
「…どうも」
とりあえず、近づく。
「来てくれました〜」
嬉しそうに言う。
「約束したからね」
「逃げると思ってました〜」
「そんなに信用ない?」
「はい〜」
即答。
そしてくすくす笑う。
「はい、どうぞ〜」
差し出されたのは、コンビニの袋。
「…?」
「お昼、一緒に食べるって言ったので〜」
中を見ると、おにぎりとパン。
「買ってきたの?」
「はい〜、三田さんの分も〜」
「えっ、いらない…」
「なんでですか?」
「なんでって…ほら、僕だって自分の持ってるし」
(僕が持参したのもコンビニのパンだったりして)
「じゃあおやつにしてください」
軽く押し付けられる。
「……ありがとう」
コレを断ったらなんだか怖い気がして渋々とソレを受け取る。
「えへへ〜」
満足そうに笑う。
ベンチに並んで座る。
距離は、朝より少しだけある。
でも。
(…十分近い)
なんとなく周囲を見る。
何人か、明らかにこっちを見ている。
(…だよなぁ)
さっきの話が、頭をよぎる。
有名。
目立つ。
(そりゃ見るよな…)
その横にいるのが、自分。
(場違いすぎるだろ…)
「滝川さんは、気にしないの?」
「何をですか〜?」
「その…周りの目線とか」
少しだけ言い淀む。
でも、聞かずにいられなかった。
「別に〜?」
あっさり。
「滝川、あんまり他の人と関わらないので〜」
「……」
でも、
(だからって僕に来る理由にはならないだろ)
「三田さんは〜?」
「え?」
「気にしてますか〜?」
まっすぐ聞かれる。
「…まあ」
正直に言う。
「ちょっとは」
「そっか〜」
それだけ。
否定も、フォローもない。
ただ、
「でも〜」
一拍。
「滝川は、三田さんとご飯食べれてる方が大事です〜」
「……」
また、それだ。
簡単に言う。
何でもないことみたいに。
「……」
パンの袋を開ける手が少し止まる。
重いのか、軽いのか分からない。
でも確実に、
距離は、詰めてくる。
「三田さーん」
「…なに」
「明日も、一緒に食べます〜?」
「は?」
「だって〜一回で終わるの、もったいないじゃないですか〜」
にこにこと。
当然みたいに言う。
「…約束は約束だよ…」
「えぇ〜??」
「そんな反応されても…って言うか滝川さん、さっきから何食べてるの…」
「えっ…?油揚げですけど…」
「だよね?最初食パンでもかじってるのかと思ったらら、どうも違うな〜って思ってさ…」
「ふふ〜バレちゃいました〜」
もう一口かじる。
もぐもぐ。
(いや、昼に油揚げ単体で食べる人初めて見たんだけど…)
「…なんで油揚げ?」
「好きなんです〜」
「いや、そういう問題じゃなくて」
「あと安いです〜」
「現実的だね…」
「おいしいですよ〜?」
そう言って、袋からもう一枚取り出そうとする。
「三田さんも食べます〜?」
差し出される。
じんわり油が染みているそれ。
「…いらない」
「え〜美味しいのに〜」
ぱくっ、と自分で食べる。
満足そうに頬を緩める。
(マジでなんなんだこの人…)
「あのさ…滝川さん、食べながら聞いて欲しいんだけど…」
「??」
油揚げをもぐもぐしながら目線だけ僕に送る。
「なんで僕なんかと登下校したりお昼一緒に食べたりするの…?滝川さんの目的は…?」
これは気になっていた事、それに色々急すぎるのが気になる。
この滝川さんという人、正直信用は出来ない、だからこそ知っておきたい。
滝川さんは
うーーん
と唸った後口を開いた。
「目的、ですか〜?」
つづく




