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配信者とお人形さん



「よっしゃ!今日は3人もフォローしてくれた…」


僕は3ヶ月前にSNSの広告で見かけた配信アプリにどハマりしていた。


見よう見まねでやってみたが大変だったのは初めの1週間で、それ以降はなんか「慣れた」


休みの日以外は出来てもせいぜい3時間ほどしか配信出来ないけど、あっという間に時間が消費されていく。まさに時間泥棒。


匿名で、顔もアプリ内のアバターに任せればいいのだから、こんなに便利なモノはない。


アプリ内での僕の名前は


「ガライヤ」


本名 三田竜也みたたつや


何にもかすってない正真正銘の偽名。


この現実に萎えたらおしまいだ、現実はショボくても配信アプリの僕は昇り竜なんだ!!




登校日は憂鬱だ、学校にいる時は配信が出来ない、苦しい。学校は僕の承認欲求を満たすものを邪魔する弊害でしかない。





だがそれは全部過去の話、近頃の僕の興味は別のモノに行っている。




登下校の際に必ず僕の前を1人で歩いている葛飾北斎の鳳凰が印刷されたド派手なリュックを背負った、白肌の女子生徒。


前々から目にはついていたのだが。


彼女の名前も学年も知らないのだか、物凄く気になる。


なんかお人形さんみたいに可愛いのだけはわかる。


この鳳凰、どんな時でも目が合う気がして、畏怖を感じる。


配信は配信、現実で声をかけられる訳がない。



気になる。


どういう神経でこのリュックを使っているのか、センスとかではない、むしろこの手の絵柄は、好きだ。


何かキッカケがあれば…。




ストーカーだと思われたくないからなんのアクションも起こせない。



向こうも既に僕の視線に気づいていて、僕の事を「気持ち悪い奴」と既に思っているかもしれない…。



ええいクソ!!!!何を躊躇っている、忘れるんだ!そして僕は再び配信者として活動するんだ!!ここ最近はまばらにしか配信していないからしっかりとやるんだ!!


今も彼女は僕の前を歩いているわけだけど、それと決別するように僕は走り出した。



「さようなら」


僕はそんな気持ちを足に込めて大きく一歩踏み出だした。


初速は上々、一歩、また一歩と前へと進む。




サヨウナラ


とリズムを刻むように…。


鳳凰の女子生徒を追い抜いた頃に



僕はこれから配信者として生きていくんだ、鳳凰がなんだ、そんなの架空の生き物だ。



はて、いきなりポケットが、軽い。


次の瞬間、


「カツン」


乾いた音が、背後で鳴った。


(…え?)


足を止めるより早く、振り返る。


そこにはもう、鳳凰柄のリュックを背負った女子生徒らしき人がしゃがみ込んでいた。


その姿に僕は一瞬体が硬直した。




「あ…!」


アスファルトの上。

彼女の指先に挟まれているのは


「…これ、落としましたよ〜?」


僕のスマートフォン。


僕の配信の要。


宝物。


「えっ…あっ」


思考が一拍、遅れる。


「走ってたから〜…勢いで飛び出しちゃったみたいです〜」


そう言って、彼女は立ち上がる。


スマホを差し出す、その距離が近い。


(ち、近…)


「…あ、ありがとうございます」


受け取ろうとした瞬間、指先が、軽く触れた。


一瞬。


本当に一瞬なのに、なぜか体の奥が変に反応する。


「割れてないですか〜?」


「だ、大丈夫です」


確認もしていないのに。


「よかったです〜」


ふにゃっとした笑い。


それだけで、さっきまでの決意が、少しだけ揺らぐ。




この人、こんな感じの人だったんだ。


マジで本当にお人形さんみたいに、可愛い人。



いつも僕の少し前を歩いているから、ちゃんと顔を見たのはこれが初めてだけど。



やはり雪のような白肌、後ろ姿だけでも結構なのに、正面はもう、素晴らしい。


配信者の顔も知らない女性にトキメいている僕にこの現実はあまりにも大きすぎる出来事だ。


そして僕が聞いたどの声の女性よりも脳がとろけるような優しくて、可愛い声だ。


彼女は安心したように小さく頷き、そのまま歩き出そうとする。


「…あの!」


自分でも驚くくらい、声が出る。


「はい〜?」


「…その…ありがとう、ございました」


言い直すと、


「えへへ〜」


照れたように小首を傾げて笑った。



(動作ひとつ取っても、可愛いぞ、なんだこの生き物は…!?)


知らない、こんな現実、知らない…。



今までは配信でしか異性と関わりがなかった、そんなレベルだった。


僕は再び配信者として動き出さなきゃいけない、なのにどうして…。



彼女が口を開く。


「お兄さんは〜」


「?」


「いつも滝川と登下校が被りますよね〜」


「滝川…?」


鳳凰リュックの女の子は自らを指差した。


「滝川です〜」


「あっ…」


自分の苗字を自分の一人称にする、ちょっと変わった女の子らしい。



不思議ちゃん。




そして登下校が被る、相手も周知の事実ならそれは光栄な事だけど、結論から言うとそんなの偶然だ。


だけど向こうはそう思っていないかもしれない。


ストーキングしてくるキモい男だと思っているのかもしれない。




「…お兄さんって、お友達いないんですか?」





「!!」





急にガラスが割れた。


キモいって言われた方がまだマシだとさえ思った。


確かに配信の世界以外では友達いないけど…。



「ど、どうしていきなりそんな酷い事言うの…?」



そうだよ、そもそも友達がいないから配信の世界にのめり込んだ節はある、でも、それでも良いだろう、使い方は人それぞれだろう…。


「違います違います〜!滝川もお友達いないので〜…だから〜…その…」



言葉が、途中でふにゃっとほどける。


滝川さんは視線を泳がせて、自分の指先をもぞもぞと弄り始めた。


さっきまでの軽さが、少しだけ消えている。


そもそも何が違うと言うのだ。


君くらいのレベルなら友達いるだろ。


「…誤解しないで欲しいんですけど〜」


「……」


「さっきの言い方、良くなかったですね〜」


えへ、と弱く笑う。


言い方が良くないのにもほどがあるだろう。


「だから〜…滝川と、その…」


「……」



またこの人は失礼な事を言おうとしているのか、僕の心は警戒心でいっぱいだ。



滝川さんは、ちらっと僕を見る。


やばい事を言われるような不安と焦りで僕の口調は武士っぽくなってしまった。


「何が言いたいのだ?腹割るべし!」



「へえっ??」


気の抜けた声。


なぜそこでふにゃふにゃした声を出せるんだこの人は。


「あ〜、滝川回りくどかったです〜」


と口を押さえる。


「……」


どんな失礼な事を言われてもこの人なら許してしまいそう…。


で、結局何を言いたいんだろう、この人。


「…滝川と一緒に登下校していただくというのは…ダメですか…?」


「え」


「だから〜…お互いにいつも登下校は一人ですし、これを機会にこれからは一緒に…」


(うっ…確かにいつも一人だけど… )


お人形さん、もとい、滝川さんと登下校?


良いのか??


え?良いのか…!?


断る理由は、正直どこにもない。


あるわけがない。


配信者として生きるとか、決別するとか、さっきまでの決意は、今この瞬間、やけに薄っぺらい。


「……」


滝川さんは何も言わず、ただニコニコと待っている。

急かさない。


それが余計に、心臓に悪い。


「…じゃ、じゃあ…」


喉が鳴る。


「…まあ、ご迷惑でなければ」


「!」


ぱっと、目を見開き、まるで花が咲いたみたいに表情が明るくなる。


「ほんとですか〜?」


「あ、うん…」


「やった〜」


滝川さんは両手を広げ


「え」


僕に突進してきた。


「ええ!?」


そして確実に柔らかい感触に襲われる。


「ぎょわ〜…!!」



パニックになり変な声をあげてしまった。



滝川さんの動きが止まる。


「……あ」


一拍。


「あっ、あれ……?」


ようやく状況を把握したのか、滝川さんは僕の胸元に顔を埋めたまま、固まっている。


(あ、終わった)


柔らかい。

それ以外の感想が一切浮かばない。


いや、浮かんではいるけど、思考が全部拒否している。


「…えっと〜…」


滝川さんの声が、すぐ近くで響く。

近すぎて、耳に直接触れてくる感じがする。


「…もしかして〜…」


少しだけ、身体が離れる。


それでもまだ、腕は僕の背中に回ったまま。


「…びっくり、しました〜?」


(しました、なんてもんじゃない)


「…う、うん…」


声が、やたらと低くなった。


「ご、ごめんなさい〜!」


ぱっと、完全に離れる。


今度は滝川さんの方が顔を赤くしている。


「嬉しくて、つい…その…」


両手を胸の前でわたわたさせる。


「滝川、距離感壊れてますね〜…」


壊れすぎだ。


「……」


何か言わなきゃいけない気がする。


怒ってない、とか。

嫌じゃなかった、とか。


でも、どれも言葉にすると変な感じになる。


「…あの」


「は、はい〜!」


条件反射みたいな返事。


「…次からは、その…」


喉が詰まる。


「……一声、かけてほしい、です」


言い終わると同時に、心臓が跳ねた。


拒否じゃない。

でも、許可でもない。


微妙すぎるライン。


滝川さんは一瞬だけきょとんとして、それから――


「…はい〜」


小さく、でも素直に頷いた。


「次は…気をつけます〜」


そして、にへっと笑う。


「…でも〜」


「…?」


「嫌じゃ、なかった、ですよね〜?」


直球。


逃げ場、なし。


「……」


ほんの数秒、沈黙。


「…嫌、では…ないです」


絞り出すように言う。


滝川さんは、その答えを噛みしめるみたいに、少しだけ間を置いてから、


「……えへへ〜」


また、あの笑い方をした。


「じゃあ〜、よかったです〜」


軽い。

なのに、胸の奥がやけに重い。


(この人…)


並んで、また歩き出す。


さっきより、少しだけ距離がある。


なのに、


さっきより、ずっと意識している。



肩と肩の距離は、拳一つ分くらい。

でも、さっきまでの他人の距離ではない。


沈黙。


なのに、気まずくない。



歩くたびに、滝川さんの鳳凰リュックが揺れる。

そのたびに、視界の端で色が跳ねる。


「……」


「……」


「……あの〜」


「は、はい」


「お兄さん、歩くの早いですね〜」


「あ…ごめん」


無意識だった。


「大丈夫です〜滝川、こう見えて結構歩けるので〜」


そう言って、ほんの少しだけ歩幅を詰めてくる。


距離が、半歩分、縮まる。


(近…)


なんなんだこの距離感は


むしろ、


(…これが現実リアルなのか…?)


配信画面の向こうじゃない、アバターでもない。


横で息をして、同じ道を歩く、本物の女の子。


滝川さんは前を見たまま、ぽつりと言った。


「…これ、滝川だけが嬉しいやつだったら、すぐ言ってくださいね〜」


「……」


「無理は、ダメですから〜」


…なんでそんなこと言うんだ。


「…大丈夫、です」


少し間を置いて、


「…僕も、嬉しいです」


言った瞬間、心臓が跳ねる。


滝川さんは、ほんの一瞬だけこちらを見て、


「…えへへ〜」


それ以上、何も言わなかった。





                   つづく

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