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04.俺を嫌いな人の輿入れ(2)(side:ヴィンセント)

 ブラッドが怪訝に眉をひそめる。


「私はセセリア嬢を存じ上げませんので。お顔が違っていたのですか?」

「いや。化粧で多少印象は変わっていたが、造作自体は四年前と変わっていない」


 俺は乳兄弟にセセリアから感じた違和感を説明した。ブラッドがますます困った表情になっていく。


「思い過ごしではありませんか? ご卒業以来一度も会っていなかったわけですし、特に妙齢の女性はささいなことがきっかけで美意識が変わるものです」

「言葉遣いやしぐさはまだしも、表情の作り方まで変わるものか?」

「人によります」


 表情一つ変えずに即答される。

 そういうものなのだろうか。俺は表情の作り方まで意識したことがないのでよくわからない。


「なら、剣だこはどうだ? 彼女はほんの三カ月前まで魔物の討伐遠征に出ていた。だというのに、手袋越しに触れた彼女の手には剣だこらしき硬さがなかった」

「それは……どうでしょう。実際に手袋を取ったところを確認なさったわけではないのですよね?」

「そうだが、剣だこがあれば生地越しでもわかる。あのたおやかな手は日常的に剣を握っている者のそれではなかった」

「つまり、ヴィンセント様はこうおっしゃりたいわけですか――あのセセリア嬢は偽者だと」


 そうだ、と答える代わりに俺は渋面を作る。

 その可能性はじゅうぶんにあった。

 セセリアには双子の妹がいる。世の中にはあまり似ていない双子や男女の双子も存在するが、彼女が双子の妹シンシアと瓜二つだという情報は既に得ていた。

 加えて、俺の元へは密告とも呼ぶべき匿名の手紙が届いている。


『セセリア・アーチボルトには秘密の恋人がいる。ゆえにヴィンセント・ハズウェルとの結婚を嫌がり、双子の妹シンシアを身代わりに輿入れさせることにしたようだ』


 はじめは半信半疑だった。

 セセリアは家族や生家を大切にしている様子だった。騎士課程を選んだのだってそうだ。なのに、そんな彼女を妹を身代わりに、しかも自身が嫌っている相手に嫁がせようなどと考えるだろうか。

 しかし、実際に以前のセセリアとは思えない言動を目の当たりにすると、あの密告は事実だったのではないかと思えてきてしまう。

 無論、彼女のしぐさや反応、手の柔らかさだけで判断したわけではない。

 一番の根拠となっているのは俺と彼女との関係性、つまり「彼女は俺を心底嫌っている」という過去の事実だ。

 実際に嫌われてもおかしくないような対応を取ってきたのだからしかたがない。学院長の頼みで目を掛けている事実を隠すためには致し方ないことだった。

 しかし、決定的に嫌われたのはあの一件からだろう。


 あれはセセリアが騎士課程を選んで一年目のことだ。

 剣術で男子にも引けを取らない才能を見せはじめた彼女は、男子学院生からやっかまれるようになり、あるとき池に落とされたことがあった。

 セセリアと男子学院生が揉めていたという情報を聞いて駆けつけた俺は、学院東棟の外通路でずぶ濡れの彼女を発見し、驚いた。

 彼女は稽古着の胸元を腕で隠しながら歩いていた。

 濡れた生地が体に張り付いて、肌が透けて見えていたからだ。とはいえ大事な部分は隠せていると彼女は思っていたらしく、その表情は悔しげながらなんら恥じることはないと堂々とした歩き方だった。

 彼女は気づいていなかったのだ。

 稽古着の丈は腰の半分くらいまでしかなかったので、後ろから見ると脚衣の生地が肌に張り付いて形の良い尻が……その、ゆゆしき事態に陥っていたことに。

 胸だけでなく尻も隠せ馬鹿!

 と叫ぶわけにもいかず、当時の俺は慌てて彼女を呼び止めた。セセリア・アーチボルト!と名を呼べば他の誰かに気づかれるかもしれなかったので、


「待て!」


 とだけ声を掛け、俺はセセリアの肩を掴んで制止した。

 許可なく体に触れた無礼に、セセリアが肩越しに振り向きながら「何よ?」と剣呑な目を向けてきた。

 そのときちょうど近づいてくる院生が何名が見えたので、彼女には壁に背を向けて立たせて尻を見られないように配慮した。


「またお小言? 私が何をしたっていうのよ」

「みっともない格好で歩き回るな。ここは来客も通る」


 あられもない姿、と言うのははばかられて、このような言い回しになってしまった。言うまでもなく、セセリアは親の敵のように睨みつけてきた。


「女性がこんな状態になっていることについての言及はないわけ?」

「俺は現場を見ていないからな。もしも君が好き好んで濡れたのではなく、他の人間が関わっていて第三者の仲裁等が必要ならば話を聞こう。無論、君だけではなく双方から」

「……必要ないわ」


 若草のような緑色の双眸に凜とした光が宿る。他人の援助など不要、自分で解決するという意志が見て取れた。

 その眼差しの強さに俺は引き込まれそうになった。他の男子生徒たちがちょっかいをかけたがる気持ちがよくわかる。俺ならば子供じみた嫌がらせなどしないが。


「承知した。それともう一つ。女性への配慮を求めるのなら、君は騎士課程を選ぶべきではなかった」

「…………」


 セセリアが悔しげに唇を噛む。家の事情とはいえ、みずから選んだ道だという認識はあるのだろう。強い女性だ。


「配慮なんて……求めてないわ」

「そうか。いまのは俺の思い違いだった。忘れてくれ」


 それから、俺は今回のような問題が発生したときは使用人通路を使うように指示をした。東棟の使用人通路を使う職員は女性ばかりなので、そこでならば誰かに遭遇してもそれほど問題がないと思えたからだ。

 しかし伯爵令嬢に使用人通路を使えと言うのは屈辱だったようで、翌日から俺を見るセセリアの眼差しがさらに鋭くなった。後日、彼女を池に落とした張本人との打ち合い稽古で手加減を忘れたのは、少し大人げなかったと反省している。


「セセリア嬢は一目でヴィンセント様を認識していらっしゃいましたし、考えすぎだと思いますがね」

「外見の特徴は知れ渡っているし、セセリアやアーチボルト伯爵から聞くことも出来る。侯爵邸という場所柄、身なりだけでも俺が子息だと推測できるだろう。顔見知りでなくともあのようは反応くらい出来る」


 ブラッドがはあと嘆息し、俺から空になったティーカップと受け皿を取り上げる。


「いま紅茶を淹れ直しますから少し冷静さを取り戻してください。過去に彼女と折り合いが合わなかったことは存じておりますが……大丈夫、誠実さを忘れなければきっと仲良くなれますよ」


 そう言って乳兄弟はティーカップを載せた銀盆を抱えて退室していった。

 あの様子では俺の話など真面目に受けとめていないだろう。


「くそっ」


 俺は長椅子に腰掛けたまま両手で顔を覆った。

 乳兄弟のブラッドがまともに取り合ってくれないということは、他の誰に相談したところで無駄だろう。

 彼女の身代わりを証明するならば決定的な証拠が必要だ。しかし双子の姉妹の識別など、ひよこの雌雄を見分けるくらい難しいのではないだろうか。


「セセリアめ、相変わらず人を振り回してくれるな。ただでさえ余計な問題を抱えているというのに……」


 俺は背もたれに寄りかかりながら、書き物机の方を見やった。

 机の上には銀トレイが置かれており、手紙一通が載せられている。封は切られていない。今日まとめて届いたぶんは既に確認してあるので、送り主の使用人が大急ぎで届けたものだろう。真っ赤な封蝋に告示された印章はレムナド王家、特に国王が密書で使用するものだった。


「陛下。俺はあなたに忠誠を誓っていますが、あの女の相手はもう無理です」


 口に出したら、余計に徒労感が増した。

 とはいえ拒否権などない身だ。俺は重たい腰を上げると、封書を手に取ってペーパーナイフを封蝋の下へ滑り込ませた。

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