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15.問題児が多すぎる(side:ヴィンセント)

 俺はセセリアとシンシア、そしてエルフの男を連れて廃屋敷へ向かった。

 変化の魔法で「ルーカス・リット」の姿になってから玄関に近づくと、すかさず警備の騎士たちに呼び止められた。


「おいルーカス、そいつらはなんなんだ」

「その女は例の……ていうか双子?」

「うるさい」


 苛立ちのあまりついぞんざいな物言いになってしまった。ここまで不機嫌な態度をあらわにしたことはなかったので騎士たちが目を丸くする。

 エルフの男が面倒くさそうな顔をしながらもおとなしくついてくる一方で、セセリアとシンシアは「お邪魔しまーす」「お仕事お疲れさま」などと無駄な愛想を振りまいていた。

 セセリアはともかくシンシアの方はごろつきに扮した騎士たちと何戦も交えているはずだ。いったいどういう面の皮をしているのだろう。数年前まで病弱だったそうだが、少なくとも精神は元問題児のセセリアより強靱そうだ。

 ブラッドとは、廊下の途中で合流した。俺がくだんのエルフにシンシア、セセリアまで連れているのを認めるなりすっとんきょうな声をあげる。


「えっ、セセリア様……が二人!? あっ、こちらがシンシア嬢でいらっしゃいますか?」

「はじめまして、姉がお世話になっておりますわ」

「いえいえこちらこそ……ていうか本当にそっくりでいらっしゃいますね」


 のんきに話している場合かと諫めると、ブラッドはすみませんと頭を掻いた。


「ええっと、火事は大丈夫だったんですか?」

「後で話す。アビゲイルは起きているか?」

「ああはい。さきほど侍女がお茶を淹れていましたので……え、連れて行くんですか? セセリア様とシンシア様を? 大丈夫です?」


 ブラッドはエルフの男をカウントしなかった。自身が従者の身だからか、シンシアの従者は人数に含まれないらしい。

 予想していたことではあったが、アビゲイルの部屋の前で騎士に呼び止められた。


「なぜそいつらを連れてきた!?」

「顔を合わせて話さなければならないことができた。通してくれ」

「姫様が許可するわけがないだろう。正気になれヴィンセント」


 彼には少し前にアビゲイルのせいで本当の名を知られたばかりだ。

 どう説得したものかと思った矢先だった。


「ならこうしましょう」


 と、俺の横をすり抜けたセセリアが扉の前に立ち、軽快にノックした。


「そちらに誰かいらっしゃいますか? 侍女の方でもいいんですけれど、危ないからちょっと扉から離れていてくださいませね」

「何を――」


 騎士がぎょっとした顔を向ける中、セセリアが右の手のひらを扉に押し当てる。

 彼女の周囲で魔力がふわりと生まれたのを察した瞬間、強烈な風が巻き起こって扉をぶち壊した。

 四つに割れた扉板がガタンガタンと床に転がり、それを避けるようにしてセセリアが部屋に足を踏み入れていく。


「セセリアはおてんばさんね」


 などと言ってシンシアが嬉しそうに笑う。

 初めて訪れた家の扉を破壊するのはおてんばではすまないはずだ。どう育てたらこんな価値観、倫理観になるのだ。今後俺がセセリアとの間に子を授かれたとしても、教育方針についてアーチボルト伯爵には絶対に口を挟ませまいと心に誓う。

 事前にブラッドから確認したとおり、部屋の奥にはアビゲイルの姿があった。

 彼女は恐怖に顔を歪ませて窓辺にしがみついており、そんな主を侍女たちが背でかばうようにしつつも震え上がっている。ほんの少し前まで彼女たちに怒りをおぼえていた自分でも、少し気の毒に思えてしまった。


「な、なんなのっ、あなたは! 無礼ではありませんか!」


 侍女が抗議の声をあげるが、セセリアは取り合わなかった。


「あら、ごめんあそばせ。でも、結婚の邪魔をされたのだから私には文句の一つや二つ、言う権利があると思いますわよ?」


 アビゲイルがハッとした顔をする。セセリアの正体を察したのだろう。

 窓辺にしがみつくのをやめて鷹揚に振り返り、侍女たちを下がらせると、いかにも不快そうに眉をひそめてみせた。


「まさか、あなたが?」

「セセリア・アーチボルト。二日後にヴィンセントの妻になる者ですわ。お初にお目にかかりますわね、アビゲイル様」


 セセリアは外套の横をドレスのスカートごと摘まんで足を引き、作法にのっとった一礼をした。


「おまえにわたくしの名を呼ぶ許可は与えていないわ」

「失礼いたしました。既に隣国に嫁がれた身でいらっしゃるので王女殿下は違いますし、かといって現在も隣国王妃と呼べるのか疑問でしたので」

「……ヴィンス、まさか話したの!? 極秘任務だとお父様に命じられていたはずよ!」


 アビゲイルが眉をつり上げて避難してきた。急に矛先を変えてこられても、俺としては肩をすくめることしかできない。


「極秘も何も、シンシア嬢が独自調査でだいたいの事情を把握していたのだからしかたがないだろう。それもこれもすべて君自身が招いたことだ」

「……なんのこと?」


 アビゲイルが珍しくばつが悪そうな顔になる。

 少なくとも記憶はあるようで助かった。わがまま娘はときに都合良く自分の記憶を捻じ曲げるので始末に悪い。


「国境の隠し通路を通るとき、エルフに腹の子の父親は俺だと話したそうだな? なぜそんな嘘をついた? おかげでエルフを通して密告を受けたシンシア嬢が誤解して、余計な諍いを生んだ」

「あ、あれは……エルフが両国の政治に巻き込まれたくなさそうだったから、不安の種を少し取り除いてあげようと思って。それに、この子をあなたの養子にしてくれるのは事実でしょう?」

「そんな約束はしていない!!」


 思わず力いっぱい叫んでしまった。

 えっ違うの? とでも言わんばかりにアビゲイルが口元を押さえる。

 やはりこのお姫様は自分に都合良く記憶を捻じ曲げていたか。

 そもそも、とうの昔に婚約を解消した相手がいまだに自分へ尽くしてくれるとでも思っていたのだろうか。どこまで頭がお花畑なのだ。同情心から鎮まりかけていた怒りがふつふつと蘇ってくる。


「それどころか例の夫妻にも、腹の子は高位貴族の令息の子だと伝えていたそうだな? 俺はてっきり君のところに通っていたという音楽家がその令息だと思っていたが、よくよく訊いてみれば俺と密かに通じ合っていたかのように匂わせていたそうじゃないか。なぜそんな嘘をついた?」

「そ、それは……いずれそうなる予定でいたし」

「何?」

「いっいえ! あなたと通じ合うくらい仲良くなれたらいいなと思っていたから、つい気持ちが言葉にこもってしまっただけよ。他意はないわ、本当に」


 おほほとアビゲイルが笑ってみせるが、頬が引きつっている。

 なんだこの表情はと思っていたら、脇をツンと突かれた。

 セセリアの肘だった。彼女はなぜか呆れた顔でこちらを見ている。


「馬鹿ね。気づきなさいよ。元王女殿下はあなたに未練がおありなのよ。ずっと後悔していたのか、再会して惚れ直したのか、あるいは隣国国王と上手くいかなったせいで逃した魚を取り戻したくなっちゃったのかはしれないけれど」

「は?」


 思わず渇いた声が漏れる。

 そうなのかと問うようにアビゲイルに目を向ける。

 すると彼女は口元にこぶしを当て、恥じらうように顔を逸らした。いかにも気まずそうな態度。それからおずおずと探るように視線を戻すと、瞳を潤ませてこちらを見上げてくる。


「ヴィンス。わたくしが間違っていたわ。あなたと別れるべきじゃなかった……」

「? 別れたのではなく婚約解消だ。交際していたわけではないので別れたという表現は適さない」

「…………」


 アビゲイルは一瞬虚を突かれたような顔になりかけたが、すぐにまたうるうるとした表情を作る。


「あざと……」

「シッ! 聞こえるわよシンシア」


 などと背後から双子姉妹の声が聞こえ、少し気が散った。


「あ、あなたのことを忘れたことはなかったわ。できることならあなたと結ばれたかった。本当よ? でも、国家間の友好関係を保つためには政略結婚を断ることなんてできるわけがなかった」

「友好関係を第一に思うのなら愛人は作らないと思うが。しかも何人も」

「………………」


 アビゲイルがまた閉口する。

 ついでに後ろのひそひそ話も再開された。


「ねえ、ヴィンセント卿って結構天然……」

「シッ! いいところなんだから、黙って聞きなさい」


 俺はさすがに姉妹を振り向いた。


「少し黙っていてくれるか? 気が散る」

「ごめんなさい」


 双子がまったく同じ作り笑いで頭を下げた。しょうがない姉妹だ。

 俺は嘆息してから、再びアビゲイルに向き直った。


「すまない。続けてくれ」

「……っ」


 アビゲイルはなぜか苛立たしげに奥歯を噛みしめた。なんの表情だろう。わからないが、彼女は諦めずに言葉を続けた。


「と、とにかくわたくしはとても後悔しているし、人生をやり直したいと思っているの。お願いよヴィンス。わたくしをハズウェル領で匿ってちょうだい。もちろんお礼はするわ。あなたのためになることならなんでもしてあげる。正妻でも愛人でも、立派にこなしてみせるから」


 まさかそんな言葉が彼女の口から飛び出してくるとは思わなかった。

 俺が二の句を告げられずにいると、


「はああ!?」


 とセセリアの怒声が響き渡り、ふと瞬きをした隙に目の前を美しい金の髪がたなびいていた。

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