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14.この剣で問う(side:セセリア)

 私は抜いた剣をまっすぐに構えながら、間合いの外に立つ男を観察した。

 エルフに教えてもらった幻覚魔法の炎が浮かび上がらせるのは、二十代半ばほどの黒髪黒目の男だ。身なりは悪くなく、顔立ちも地味ながら整っている。腰に剣を帯びており、刀身は見えないまでも柄の使い込み具合でただの護身用ではなさそうだった。


「シンシア・アーチボルト。こんな騒ぎまで起こして……君の目的はなんだ? なぜ俺たちの邪魔をする? アーチボルト家には関係のないことだろう」


 どうやら彼はシンシアを知っており、私を彼女と見間違えているようだ。お父様すら見分けがつかないほどそっくりなので無理はない。

 とはいえ、シンシアの目的を知りたいのは私も同じだ。何か情報を引き出せるかもしれないと思い、勘違いさせたままでいることにする。シンシアが自分になりすましていたのだからおあいこだろう。


「さあ、なぜかしら? 自分の胸に聞いてみたらいかが? それとも、その腰のものでもお使いになったら?」


 男は少し迷った様子だったが、やがて剣柄に手を掛け、ゆっくりと鞘から引き抜いた。切っ先を向けてくるその物腰に、私は内心眉をひそめる。

 隙のない構え、少し移動してすぐに落ち着いた重心。たぶん手練れだ。本気でかからなければ痛い目に遭うだろう。

 ならば、なおのこと躊躇している余裕はない。私は地面を蹴った。

 相手に隙がないので振るい慣れた角度から斬り込む。斜めからの斬撃を男は身をひねり、最小限の動きでかわす。体格の割に身のこなしが軽い。お返しとばかりに繰り出された剣は速く鋭く、私は回避よりも剣で受けることを選んだ。

 重たい。てっきり夫婦の隠れ家の護衛たちと同等か少し上くらいの腕前だろうと思っていたが、甘かった。たぶん、私より強い。


 だがそんなことはもはや関係がない。もう彼と戦うという道を選んでしまった。

 進むと決めて踏み出したからには、その道がどれほど荒れていようと突き進むしかない。

 つばぜり合いは上手く力の方向を逃がして解除し、なんとか距離を取る。しかし続く二撃を回避、三撃、四撃を受けているうちにいつしか防戦一方になっていた。

 力負けして体勢を崩すと、それを好機と見て男が斬り込んでくる。だがそうはいかない。私の強みは男性騎士にはない柔軟性だと認識している。

 崩れかけた無理な体勢から苦し紛れではない、正確な突きを繰り出す。狙いは人体の急所の一つである太股だ。届くと思ったが、男は切っ先が触れる寸前で反対の足を軸にして反転し、とびすさった。

 外したか。私は崩れる勢いのまま地面を転がって起き上がり、剣を男へ向けたまま彼の顔を見る。

 と、おかしなことが起きていた。男がぽかんと驚いたように目を見開いていたのだ。


「いまの攻撃、見おぼえが……まさかセセリアか!?」

「だからなんだというのよ!」


 この男、どこかで私と手合わせか一戦交えたことがあるのだろうか。もしかしたら私がおぼえていないだけで、貴族学院時代に騎士課程で一緒だったのかもしれない。

 構うものか。いまは敵対しているのだから容赦はしない。

 しかしこちらの内心を構えから感じ取ったのか、男は慌てて剣を持っていない方の手を制止するように突き出した。


「待て、俺は敵じゃない。剣を下ろせ!」

「関係ないわ!」


 戦う相手を間違えたと気づいて焦ったようだが、それは相手の都合だ。尊重する義理はない。

 私は再び地面を蹴り、男の間合いへ侵入した。肉薄しながら、振り上げた剣を男の肩めがけて振り下ろす。

 遅れて男が剣を持ち上げた。

 両者の間でぎぃんと激しい金属音が響き、痺れるような振動が柄越しに伝わる。私の剣をぎりぎりで受け止めた男が、剣を構えながら叫んだ。


「馬鹿、俺だ! ヴィンセントだ!」

「誰が馬鹿――え? ヴィンス?」


 確かにいまのはヴィンセントの声だった。しかし姿が違う。ヴィンセントは鳶色の髪に灰色の眼の美丈夫だ。

 男は剣を受けながらも、解除の文言を唱えて魔法を解除した。魔力の粒子がふわりと流れて消えたのちに現れたのは、まさしく婚約者のヴィンセントだった。


「あなた、こんなところで何をしているのよ!」

「問うより先に剣を引いてくれ……」

「あ、そうだったわ」


 私は剣を引っ込め、腰の鞘に納める。

 ヴィンセントは疲れたように吐息をついてから剣を納めた。


「シンシア嬢がセセリアに化けているかと思えば、今度は君がシンシア嬢になりすますとは。君たち姉妹はどれだけ俺を振り回せば気がすむんだ」

「別に振り回してはいないわよ。私はあなたを捜しに来ただけ。急に屋敷からいなくなったりするからみんな心配しているわよ」

「それはすまなかった。火急でかつ口外無用の用件があって知らせられなかった」

「ふうん、そう。それでいったい誰を密入国させたの?」


 私はカマを掛けてみた。

 ヴィンセントがぐっと唇を引き結び、驚いた目を向けてくる。

 なぜ、と言いながらこちらの顔を見て、口を滑らせたことを自覚したらしい。嫌そうな顔で眉をひそめる。


「してやったりという顔をするな。不愉快だ」

「お互い様よ。こっちも散々追いかけさせられてうんざりなの。いったい何が起きているの? あの夫婦は何?」

「……あの二人にも会ったのか。まあここにいる時点で知られたことはわかってはいたが」

「乳母として雇われたと聞いたけど、雇い主はあなたじゃないって聞いたわ。誰の乳母にさせるつもりだったの?」

「訊かないでくれ。言えないんだ」

「そうはいかないわ。さっきも訊いたけど誰を密入国させたの? 乳母を雇ったということは妊婦に国境を越えさせたのよね? エルフに協力させて」

「…………」


 ヴィンセントが応えないので、私は続けた。


「そんな危険な真似をあえてさせるということは、ただの妊婦ではないのでしょう? あなたと深い関わりがあるか、そうでなければ政治が関わるような」

「自力でそこまでたどり着いたのか。すごいな」

「ちゃかさないで。本当のことを教えてよ」

「言えないと言っただろう」

「ヴィンス!」


 私が声を張りあげたそのときだった。


「――なら、ここからは私が話してあげるわ」


 軽やかに聞こえてきたその声は、私のよく知ったものだった。

 声のした方を振り向くと、ヴィンセントが来たのと同じ方角から人影が二つ接近してきていた。

 一人は外套のフードを下ろしたエルフの青年。

 そしてもう一人は私の愛する妹、シンシアだった。


「シンシア!」


 私は思わず名を呼んでから、彼女の隣にいるエルフの存在を思い出した。シンシアは私になりすましてエルフに協力させていたはずだ。

 案の定、エルフは不快そうに眉をひそめる。


「あなたはセセリア・アーチボルトではなかったのか?」

「ごめんなさい、事情があって姉を名乗っていたの」


 シンシアはエルフに向かって軽く頭を下げてから、こちらに顔を見せて苦笑する。


「セセリア、あなたもごめんなさい。知られないように動いていたつもりだったのだけれど、あなたの行動力を甘く見ていたかしら」

「私のふりして立ち回って……いったいあなたは何をしているのよ。いえ、何が目的だったの? あなたがいたずらにヴィンセントと対立するとは思っていないわ。お願いだから事情を説明して」


 シンシアが悲しそうに微笑む。


「あなたに幸せになってほしかったの」

「え?」

「同じ魂を分け合って生まれた、大切な姉だもの。世界一幸せになってほしかったわ。なのに……」


 シンシアがきっとヴィンセントを睨みつけた。

 睨まれるようなことをしたおぼえがないのか、ヴィンセントが目を丸くする。


「あの男が人の道を踏み外すから……妹の私が動くしかなかったのよ」

「人の道って?」

「そこまで非難されるような行いだとは思っていない」


 ヴィンセントが困惑をあらわにする。

 しかしシンシアは心底軽蔑した様子で、ふんっと鼻息を荒くした。


「正式な婚姻を結ぶ前ならばセセリアに影響はないとでも思った? その考えが甘いとしか言いようがないわ」

「待て。話が噛み合っていない気がするのだが。君はなんのことを言っている?」

「とぼけないで! アビゲイル妃と密通してできた子を養子に迎えようとしていたくせに!」

「……え?」


 思わず渇いた声が漏れた。

 自分の耳が信じられなかった。何を聞いたのかわからなくなる。頭の中が真っ白だ。

 なのに体の方は私より先に理解したらしく、どくんどくんと鼓動が速まっていく。


「ヴィンセント卿が密入国させたのは彼の元婚約者、現隣国王妃のアビゲイルよ。今年の初めに王太子殿下の護衛で隣国を訪れた際、アビゲイルと再熱してしまったというわけ。それで彼女を極秘に入国させ、生まれた子を乳母に育てさせようとしていたのよ。不義の子だけではなく、出産した事実をも隠蔽するためにね」


 嘘だ、と言いたいのに舌が絡まって言葉が出ない。

 今日ゾーイに語ったことを不意に思い出した。

 ヴィンセントから嫌われないかぎり彼と結婚する、胸ぐらを掴んででも誓いのキスをする。そんなことを言った気がする。

 ヴィンセントが人の道を踏み外すことはないと確信していたからだ。

 だが、いまはどうだ。確信とはなんだったのかと言いたくなるほど私は動揺している。ヴィンセントに限ってあり得ないと思うのに、シンシアが私にそんな嘘をつくわけがないとも思ってしまう。


「ヴィ、ヴィンス、いまの話……」


 声が震える。

 祈りたいようなすがりたいような、どうしようもない気持ちを抑え込んで、私は気力を振り絞ってヴィンセントに顔を向けた。

 彼の顔を見るのが怖い。彼の返事を聞くのが怖い。目をつぶり耳を塞ぎたいのをこらえてヴィンセントに目を向けた。

 彼は――ぽかんとしていた。

 とたんに、一瞬前まで胸を支配していた恐怖が霧散していく。


「……君は何を言っている? アビゲイルの腹の子の父親が俺だと? どうやったらそんな勘違いが起きるんだ。王太子殿下の護衛で隣国を訪れたときに再会したのは確かだが、公の場でしか顔を合わせていないというのに」

「あなたならそう言うでしょう。証拠はどこにもないのだもの。でも、私はエルフ族から聞いているの。国境にあるエルフの隠し通路を通る際に、アビゲイルがお腹の子は次期ハズウェル侯爵の子だから安心してほしいと言ったって!」


 シンシアが朗々と語り、証拠を突きつけるように指を差した。

 確信したような口ぶりからして、妹が嘘をついているとは思えない。嘘をついている人物がいるとしたら、それは彼女ではなく。


「――その話、詳しく聞かせてくれるか?」


 押し殺した声でそう言ったヴィンセントは、泣く子が失神しそうなほど凄絶な笑みを浮かべていた。

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