11.手掛かりを追いかける(3)(side:セセリア)
私はその日のうちにゾーイの生家のあるナルカ村を訪れることにした。
まだ推測の段階でヴィンセントが関与しているかもしれないなどと吹聴するわけにもいかず、執事長には「ゾーイの妹が病気なので至急薬を届けたい」と苦しい嘘をついた。
おそらくバレているだろう。馬車では時間がかかるからと言い訳したが、結婚式を二日後に控えた女主人予定者が付き添いで馬を駆る理由はない。
それでも執事長は許可してくれた。
この人もヴィンセントが心配でたまらないのだ。きっと私がヴィンセントのために動こうとしているのを察してくれている。
私は地味な乗馬用ドレスに着替え、さらに念を入れて男物の質素な外套を借りて羽織り、私服のゾーイをともなって馬に跨がった。
ナルカ村には、日が暮れる前には到着した。
それなりに大規模な農村で、通りがけに見かけた畑で使われていた農具はどれも最新式のものだった。
軒を連ねる家屋の状態や農民とその家族の身なりも質素ながらこぎれいで、ゾーイの父は小作人の生活にまで目を配れる善良な雇用主のようだ。
村の外れにある一番大きな屋敷がゾーイの生家だった。
彼女の末妹は不在だったので、事情を知らない様子の母親が淹れてくれた茶を飲みながら待つことにした。
空が暗い朱色に焼けた頃、賑やかな足音を立てて少女が帰ってきた。十三、四歳くらいだろうか。黒髪にあどけなさの残る顔立ちがゾーイとよく似ているが、姉よりも利発そうだった。
名をラナという少女に隠れ家に連れて行ってほしいと伝えると、彼女は太い眉を下げて困った顔になった。
「お姉ちゃん、内緒だって言ったのに……」
「大事なことなの。ラナもブラッドさんは知っているでしょう? あの人が怪我をしてしまったのよ。くだんの女性に会って話を聞かなきゃならないの。ラナもいずれは侯爵邸で働きたいのだったら、セセリア様に協力して差し上げなさい」
わかるでしょう? とゾーイが教え諭すと、ラナはハッとした。
どうやら彼女もメイド志望だったようだ。それでもまだ気が進まないといった表情なのは、ブラッドと口外無用の約束していて罪悪感があるからだろう。
私たちはゾーイの案内で女性の隠れ家に向かった。
建物自体はナルカ村からほど近い森の中にあるというが、その存在を知る者は村にはゾーイの父親とラナしかいないらしい。それでラナが食料や必要なものを届けているという。
それほど距離は離れていないが道が悪く、到着した頃にはあたりは真っ暗になっていて、角灯なしには足元もおぼつかないほどだった。
隠れ家はこじんまりとした煉瓦造りの家屋だった。
庭先には警備らしき男の姿もある。質素な服装は小作人風だが、腰に帯びた剣が本物の農民ではないことを物語っている。
ラナが私たちを中に入れるために警備の男に近づいていく。何事か話した後、男は首を横に振った。それからこちらに顔を向け、横柄な手招きをした。
「武器を置いて、こっちへ来い。顔を見せろ」
私が剣を持ってきていることに気づいていたようだ。私は剣を剣帯ごと外して足元へ置くと、外套を脱いで近づいていった。男が目を見開く。
「おまえは……!」
「この顔を知っているようね。先に行っておくけれど、私があなたと出会う可能性があったのは昨日の昼ごろ、ヘラートの町内限定よ。この条件に合わないのなら、あなたが会ったのは私のそっくりさん。よろしくて?」
「……は、はあ?」
一気にまくしたてたせいか、男があっけにとられた顔になる。
人違いで驚かれるのも顔をしかめられるのももう飽きた。また双子の妹が私のふりをしているのか、赤の他人による変装魔法なのかも、いいかげんはっきりさせておく必要があった。
「一昨日、村の周りを嗅ぎ回っていただろうが。忘れたとは言わせねえ――」
「ならそっくりさん確定ね。念のために聞きたいのだけど、私のそっくりさんと一緒に誰かいなかった? 例えば――エルフとか」
「エルフぅ? いきなり何を言い出すんだこの女」
「いや、待て。エルフだって?」
別の警備の男が話に割り込んできた。少し離れたところに立っていたはずだが、話が聞こえていたようで足早に近づいてくる。
「俺はあんたの顔を見ちゃいないんだが、エルフだったら一昨日こいつがあんたを見かけたのと同じくらいの時間に村の反対側で見かけたぜ。フードを被っていたが、尖った耳がちらっと見えた」
「貴重な情報をありがとう、優しいお兄さん」
私は情報提供者ににっこりと微笑むと、一歩下がってゾーイの耳に顔を寄せた。私たちの様子をハラハラと見守っていたメイドが不安そうに横目で見てくる。
「侯爵領にもエルフの集落ってあるわよね? いくつあるの?」
「え、なんですか急に……えっと確か、二つだったかと。ここからずっと南に下ったところに一つと、隣国との国境沿いに一つ……」
「隣国、ね」
私はぽつりと繰り返す。少しずつ確信にたどり着こうとしていることを感じて、肌が粟立った。
「ゾーイ、もう一つ訊いてもいいかしら。あなたが知っていることかどうかはわからないけれど……ハズウェル侯爵家では誰かを密入国、あるいは密出国させるためにエルフに協力してもらうことってある?」
「えっ!? わ、わかりません。私はただのメイドです。そんな重要なこと、教えてもらえるわけが……」
うろたえるゾーイに「変なことを訊いてごめんなさいね」と軽く謝って、ぽんぽんと肩を撫でさすって落ち着かせる。
だが、これではっきりしたことがある。
私に化けているのは双子の妹シンシアだ。間違いない。
そして彼女は私のふりをして悪戯や悪行をするような真似は絶対にしない。賭けてもいい。
にも関わらず、彼女が私に黙って私のふりをしているのはなぜか。
エルフだ。
アーチボルト領の森で暮らすエルフの協力を仰ぐためには、アーチボルト家の血筋の人間が必要だ。魔法で姿を変えただけでは血の匂いで気づかれるので、私の偽者はシンシアで確定する。
そして、おそらく血筋があっても足りなかったのだ。
シンシアは数年前に凄腕の薬師と出会うまで病弱だった。体を鍛えはじめたのは薬師の治療によって健康を取り戻した後からだ。令嬢としてはともかく次の騎士団代行としてエルフに認められるには、実績が不十分と判断されたに違いない。
一方、私はアーチボルト騎士団代行をつとめ、エルフの森近くにも出没した魔物の群れを討伐したことで彼らの信頼を得ている。
つまりシンシアはエルフの助力を得る必要に駆られており、さらにその件を私に話せない事情をも抱えているということになる。
さらに言えば――どうやら彼女は、ヴィンセントと敵対関係かそれに近い状態にあるらしい。
エルフの助力が必要な理由は国境越えに関することだろうというのが私の推論だ。
でも、それを私に言えないのはなぜなのだろう。私とシンシアは昔からなんでも話せる仲で、輿入れの寸前まで頻繁に顔を合わせていた。あの頃から、シンシアは私に知られないように裏で動いていたのだろうか。
いったい何をやっているのよ、と言ってやりたくなった。シンシアとヴィンセント両方にだ。
いや、実際に言って仲裁してやらなければならない。だがそのためには、どこかに潜伏している二人をおびき出し、ぞれぞれが抱えている事情を暴く必要があった。
何かいい方法はないかしら。そんなことを考えながら、私たちはラナの案内で家屋に入っていった。