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10.手掛かりを追いかける(2)(side:セセリア)

「ずいぶん曖昧な表現ね。どういうことなの?」

「私も確証があってお話ししているわけではないんです。末の妹からの又聞きが多いので……それでも構いませんか?」

「わかったわ。いまは情報がほしいの。どんなことでもいいから話してちょうだい」

「承知いたしました――ええとまず、私は農園主の娘です。ここより少し南にいったところにナルカ村という小さな農村があるのですが、その村の畑はすべてうちの父の土地でして……」


 突然の自己紹介に面食らったが、もちろん本題はそこではなかった。

 ゾーイはみずから話をしに来ておきながら、まだ打ち明けることに抵抗がありそうだった。くしゃくしゃに丸めた紙を開いていくような慎重さで言葉を紡いでいく。


「その小作人の一人に奥さんと二人暮らしの男がいるんですけれど、その奥さんが妊娠したんです。妊娠四カ月とか五カ月とかだったと思います。その小作人が飲み仲間にこう漏らしていたそうなんです……もうけ話が入った、女房のおかげだと」

「女房のおかげ? 奥さんも働いているの?」

「いいえ。つわりが酷くて家に閉じこもりがちだと聞きました。しかもその男、身の丈に合わない髪飾りをみせびらかしていたそうなんです。その髪飾りはもう売ってしまったそうなのですが、高級品すぎて買い取ってくれる業者がなかなか見つからなかったそうです。私は実物を見ていませんが、おそらくこのあたりで買い取ってくれるようなお店は……」

「もしかして、昨日私たちが行ったお店とか?」


 はい、とゾーイはうなずいた。


「でも、それがヴィンセントとなんの関わりがあるの?」

「その小作人が強盗に襲われた直後に、ブラッドさんが村に来てその小作人と奥さんを保護するよう命じられたからです」

「……は?」


 これまでのもったりした口ぶりから一転、急展開だ。情報密度が高まったこともあって、思考が置いて行かれそうになる。


「待って。どうしてブラッドさんが出てくるの? 保護っていうのは髪飾りを売ったおかげで急にお金持ちになったから用心しなさいということ?」

「いえ、髪飾りを売って得たお金は強盗に奪われてもうないそうです。それに防犯上の問題ならば警護をつけるとか見回りを強化するとかすればいい話です。なのに隠れ家まで用意するなんておかしいです」

「隠れ家……」


 それは確かにおかしい。侯爵令息の従者が農民を保護しなければならない理由などないはずだ。何か、特殊な事情が絡んでこないかぎりは。

 私の脳内に嫌な考えが浮かんだ。根も葉もない、まったくの妄想だ。それでも、その可能性を強く感じてしまって、手のひらに汗がにじんでくる。


「……ゾーイ。あなたはこれを、ブラッドさんが抱えている問題ではなく、ヴィンセントの抱えている問題だと言ったわね。少なくともあなたはそう思っていると。理由を訊かせてくれる?」

「高級品すぎて買い取り業者が見つからないような髪飾りを、ブラッドさんが私的に用意したとは思えません。ヴィンセント様が作らせたかお買い上げになった品だと考えた方が妥当です……セセリア様」


 ゾーイがまっすぐに見つめてくる。

 その眼差しにはもう迷いによる揺らぎはない。私が可能性の一つとして考えていることを、彼女はもしかしたら確定事項のように受け止めているのかもしれない。


「セセリア様も、ある可能性に思い至ってらっしゃるはずです。でもそれがご自分にとって不都合な真実だから、目をそらそうとなさっているのなら……」

「……そうね。そうかもしれない」


 私は不安を認めてから「でも」と続ける。


「でもそれは可能性でしかないわ。いまはまだ情報が足りないもの。小作人が受け取った髪飾りはなんの報酬なの? 強盗の狙いは本当にお金? それとも男の命? そもそもなぜ報酬を髪飾りで払ったの? ヴィンスなら現金を用意できたはずよ。わからないことが多すぎるわ。ブラッドさんに話を聞けたらよかったのだけど、彼も行方不明だから……となったら、すべきことは一つしかないわね」


 みなまで言わずとも、ゾーイはわかったようだった。「はい」と神妙にうなずく。


「その隠れ家の場所はわかる?」

「……お応えする前に一つ、うかがいたいことがございます」

「何かしら?」

「セセリア様は、何があってもヴィンセント様とご結婚なさるおつもりなのでしょうか」


 ゾーイの眼差しが今日はじめてまっすぐに私を射貫いてくる。

 それは彼女の決意のあらわれで、まともに受けた私はすぐには答えられない。


「セセリア様には昨日逃がしていただいたご恩があります。ですが、私はハズウェル侯爵家に雇われている身です。主人の秘密を暴く行為は使用人失格です。そういう意味では、私は既に道を踏み外しています。ですが……セセリア様がその秘密を知ってもヴィンセント様の奥方になられるというのならば……女主人に忠誠を誓う身として、ぎりぎり踏みとどまれていると思えます」


 なるほど。ゾーイは自分のせいで私とヴィンセントが婚約解消になるのではないかと危惧しているのだ。

 しかし、「何があっても」というのは難しい。たとえば私が真実にたどり着いたせいでヴィンセントの怒りを買ったら、婚約破棄されるかもしれない。

 また、彼が人の道を踏み外すようなことがあったら、私から破棄はできなくとも結婚後に離婚話を突きつけることになるだろう……が、こちらの可能性については除外していいと思う。

 断言できる。ヴィンセントが人の道を外すことなどありえない。

 ああそっか、と私はいまごろ気づいた。

 私はどうやら、ヴィンセントという人間を結構信頼しているらしい。

 そして信頼というものは、家族になる上で愛情よりも重要だと私は考えている。


「安心して。私はヴィンセントから嫌われないかぎり、彼と結婚するわ。胸ぐらを掴んででも誓いのキスをする。この魂と剣にかけて、必ずハズウェル侯爵夫人になると誓うわ……ということで、どう? 話してみる気になった?」


 つい騎士団を率いていたときのような口ぶりになってしまったが、気持ちは伝わったようだ。

 ゾーイはためらいがちに小さな唇を開く。その口元は、少し苦笑するようにほころんでいた。


「ええ、お話しさせていただきます。といっても、私は場所までは訊いていないんです。ですが、末の妹ならば知っているかもしれません。ブラッドさんと直接やりとりしていたのは父ですが、少し前に品種改良した種芋の買い付けに出てしまったそうなので……不確かな情報で申し訳ありません」

「いえ、とても助かったわ。妹さんとお話してみたいのだけど、紹介してもらえるかしら?」


 ゾーイは真剣な眼差しを向けて「はい」とうなずいた。

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