表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

第7話 静かな書庫での出会い

 工房の中ではもう調べられそうな資料は見つからなかった。

 けれど、この石のことをそのまま放っておくのも落ち着かない。


 (何か、調べられる場所が村の中にあるかもしれない)


 調べ物をするなら、本や記録があるような場所——そう考えたリアナは、腰のポーチを整え、扉を開けた。


 ……開けたのはいいけれど。


 (えっと、どっち?)


 家々の屋根が連なる村の小道に出たものの、目的の場所がどこにあるのかは、まったく分からない。

 昨日通った道は覚えているつもりだったが、いざとなると、すべての建物が似たように見えてくる。


 (あれ? この角……さっきも曲がらなかったっけ?)


 気づけば、ぐるっと回って元の道に戻ってきていた。

 リアナはこめかみに手を当て、ひとつため息をつく。


 「……ここが異世界だってこと、改めて実感するよね……」


 と、ぼやいていたところで、荷車を引いていたおじさんに声をかけてみた。


 「すみません、この村に……本がたくさんある場所を探していて……記録が残っているような場所、ってありますか?」


 おじさんは一瞬「本がたくさんある場所?」と首をかしげたあと、「ああ、学園の書庫のことか!」と元気に教えてくれた。


 「子どもたちが通ってる場所だよ。大人も出入りできるから、調べもんがあるなら、そこが一番だな!」


 「ありがとうございます!」


 教えられた方向を向いたものの、そこはまた見覚えのない通りだった。


 (……なんとなく、こっちって言ってた気がする)


 半信半疑で歩きながら、ようやくそれらしい建物を見つけたときには、リアナの足取りはすっかりゆるくなっていた。


 (よかった……たどり着けた……)


 小さくガッツポーズをしながら、リアナは木の扉の前に立った。


 村の中心にほど近い場所に建つ、石造りの落ち着いた建物。

 それが、フィロード学園だった。


 高い天井と古びた木の扉。その傍らには、一枚の小さな看板が掲げられている。


 《フィロード学園 書庫 ※村の方はどなたでもご利用いただけます》


 (……ここなら、何か手がかりがあるかも)


 リアナは少し緊張しながらも、扉に手をかける。

 きい、と控えめな音を立てて開かれた室内には、静かな空気と紙の香りが漂っていた。


 本棚が壁沿いにずらりと並び、中央には長机といくつかの椅子。

 まるで時間がゆるやかに流れているような空間の奥——そこに、一人の人物がいた。


 中性的な顔立ちの、小柄な青年。

 年の頃は十代後半に見えるが、その身のこなしには妙な落ち着きがある。


 棚の前で本を手にしていた彼は、リアナの気配に気づき、ゆったりと振り返った。


 「こんにちは。初めてお見かけしますね。何かお困りでしょうか?」


 穏やかで落ち着いた声だった。音のひとつひとつが丁寧で、まるで誰にでも同じように優しく話しているような口調。

 リアナが戸惑っていると、彼はにこりと小さく微笑んだ。


 「……もしかして、最近こちらに来られた方ですね? 風の感じとでも言いましょうか。まだこの村の空気に馴染んでいないように思えました」


 リアナは、思わず息を飲んだ。


 (なんで……そんなことまでわかるの?)


 彼の声はあくまで穏やかだったが、どこか見透かされているような、不思議な感覚がした。


 「それと、失礼ながら——その腰のポーチ。何か珍しいものをお持ちでは? ほんの少しだけ、気配が動いていたように見えました。魔石、でしょうか?」


 あまりにも自然に、けれど核心を突くようにそう言われて、リアナはとっさにポーチの上に手を置いた。


 (……見えてた? いや、“気配”って……?)


 それがこの世界では普通のことなのかはわからない。

 でも、目の前の青年——この人なら。なぜか、そう思えた。


 「……はい。あの、実は……これなんですけど」


 リアナはそっとポーチの口を開き、包み布にくるまれた石を取り出す。

 青と紫が混ざり合った、不思議な光沢を持つ石。


 彼は両手で丁寧にそれを受け取った。

 その所作は、何か大切な儀式でも始めるかのように静かで慎重だった。


 「……これは、やはり」


 彼は小さく呟き、光に透かしたり耳に近づけたりしながら、ゆっくりと観察を始めた。

 長い睫毛の奥の瞳が、真剣な光を帯びている。


 「色の揺らぎ。内側の脈動。魔力の粒子が、まだ完全に落ち着いていませんね……」

 「それに、これは……既存の分類には、ほとんど当てはまらない性質を持っています」


 少し考えるように沈黙したあと、リアナへと視線を戻す。


 「もしかすると、これは“未定義”の魔石、あるいは——加工された形跡があるようにも見えます。何者かの手が入った痕跡です」


 「……やっぱり、普通の石じゃないんですね」


 リアナの声に、彼は柔らかく微笑む。


 「ええ。珍しいものをお持ちですね。……とても興味深い」


 しばらく沈黙が流れたあと、リアナは石を見つめたまま、小さく呟いた。


 「これ……もしかして、誰かが意図して、あの工房に残していったんじゃないかって。そんな気がして……」


 彼は一瞬だけ表情を曇らせ、視線を石から外した。


 「……その可能性は、ないとは言い切れません」

 「ですが、それを判断するには、もう少し手がかりが必要ですね」


 声の調子は変わらない。けれど、どこか言葉を選んでいるような間があった。

 リアナはそれを感じ取って、胸の奥に小さなひっかかりを覚える。


 (……まるで、何かを知っているようで。けれど、わざと口にしていないような……)


 けれど、問い返すことはできなかった。

 知りたいという気持ちはある。でも、それ以上に、“今は聞いてはいけない気がした”。


 彼はそっと石を包み直し、リアナに差し出す。

 その仕草はいつも通り丁寧で、微笑みも柔らかかった。


 「少し、資料を確認してみましょうか。似た記録が残っているかもしれません」


 差し出された手を見ながら、リアナもゆっくりと頷いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ