第6話 工房の静けさと、石の鼓動
間が経っても、あの石のことが頭から離れなかった。
リアナは、小さくため息をつきながら、工房の隅に置かれた箱へと目をやる。
先ほど、片付けの最中に偶然見つけた古い木箱。その中に丁寧に収められていた、不思議な石。触れたときに感じた微かな震えのような感覚が、ずっと胸の奥に引っかかっていた。
一度は布に包み直して箱の中へ戻したものの——どんな作業をしていても、あの石のことが頭から離れない。
気を紛らわせるように、工房の棚を整理し、埃を払って道具を並べ直した。途中、ふと手が止まり、棚の奥に詰め込まれていた古い記録ノートに目が留まった。
それでも気持ちは落ち着かず、仕方なく棚の奥にあった乾いた携行食のようなものを少しかじったけれど、味はほとんど記憶に残っていない。
(どうしても気になっちゃう)
視線は何度も箱へと戻り、ついには立ち上がる。
リアナはそっと箱の蓋を開けた。
布をめくると、あの灰青色の石が静かに姿を現す。まるで待っていたかのように、わずかに震えていた。
(……やっぱり、ただの石じゃない)
リアナは目を細め、そっと息を吸い込む。
胸の奥に、じんわりとあたたかい好奇心が広がっていく。
「不思議だね……。言葉もないのに、何か伝わってくるみたい」
呟くようにそう言いながら、彼女は石をそっと見つめた。
「うん。あなたのこと、ちゃんと調べてみるね」
静かな鼓動のように、それは確かに彼女を動かしていた。
工房の中に、カリカリと紙をこするペンの音が響く。
リアナは、机の上に広げた紙に、簡単な図といくつかのメモを書き留めている。
“色合い:灰青色(青みの強い灰)
質感:滑らか。けれど微かな凹凸あり。
反応:魔力量の高低にかかわらず一定の震動。
光:室内の灯にわずかに反応しているように見える。”
先ほど棚の奥から見つけた記録ノートや、引き出しにあった魔石の簡易図鑑を、リアナは机に並べていた。
ページをめくっても、あの灰青色の石にぴたりと当てはまる記述は見つからない。
(魔石の分類にも、図鑑のどれにも載っていない。けど……全くの未知というより、何かを“思い出せそうで思い出せない”感じ)
思考を巡らせながら、リアナは棚からもう一冊、古びた本を引き出して、埃を払いながらページをめくる。
前の持ち主が残していった資料の中に、何か手がかりがあるかもしれない。
そしてこの石がここにあったのも、やはり“偶然”ではない気がしてならなかった。
(もしかすると、これも“誰か”——前の魔道具師が、何か意図を持ってここに残したもの……?)
そう思った瞬間、心の奥にひとつ、小さな火が灯った気がした。
リアナはそっとペンを置き、石を見つめながら微かに呟く。
「どんな仕掛けがあるのか……知りたいな」
この石は、きっと“何か”に使われていた——それも、ごく特殊な道具の一部だったのかもしれない。魔石というにはあまりにも個性的で、どこか意志を持っているような気配すらある。
リアナは、その“可能性”を胸に、小さく決意を込めたように目を細めた。
(もしこれが、ただの素材じゃなくて……何かの“核”だったとしたら)
それは、彼女が“魔導具師”として歩み始める、最初の小さな一歩だった。