第5話 箱の中に眠っていたもの
リアナは静かに作業台へと歩み寄り、上に置かれた木箱に手をかけた。 蓋は思ったよりも軽く、ぱたん、と乾いた音を立てて開く。
中には、古びた道具や使いかけの小瓶、何に使うのかわからない粉末や細い管などが、ごちゃりと詰め込まれていた。どれも埃をかぶっているが、どこか懐かしい雰囲気がある。
(……前の持ち主の、道具かな)
ひとつひとつを取り出しながら奥を覗き込むと、底の隅に何かが落ちていた。 小さな布に丁寧に包まれた、それだけが異様なほど“整って”いる。
「……これは?」
リアナはそっとそれを取り出し、慎重に布を広げた。
現れたのは、手のひらに収まるほどの、小さな石。 淡い青緑色を帯びた石は、まるで水の中に閉じ込められた光そのもののように、静かに輝いていた。 表面には自然のものとは思えないほど滑らかな模様があり、工芸品のような美しささえ感じられる。
何のためのものか、見当もつかない。けれど、ただの石とも思えなかった。
「石……? だけど、何か……」
リアナが手に取った瞬間、ぴりりと指先に刺激が走った。 そして次の瞬間――
ぽうっと、石が発光した。 淡い青緑の光が、じわじわと空気に滲むように広がっていく。 そしてそのまま、石はふわりと宙に浮かび上がった。
「……っ!」
声も出なかった。 目の前で起きている現象は、リアナが知るどんな理屈にも当てはまらない。 浮かぶ石。光る石。まるで、それが“生きている”かのような。
(こんな石……見たことない)
前世の知識のどこにも引っかからない。 なのに、その現象は美しく、心を震わせるものだった。
しばらくして、石はふわりと光を収め、再びリアナの手のひらに戻ってきた。
「……すごい。これ、本当に……」
言葉が途中で途切れた。 どう表現すればいいのかわからなかった。ただ、胸の奥で確かに何かが動いた。
リアナは棚の上に置かれていた紙束とペンに目を留める。 使いかけのそれは、前の持ち主が記録でも残していたのかもしれない。
(記録……つけておいたほうがいいかも)
そう思い立ち、リアナはそれを手に取ると、思いつく言葉を紙の上に書き始めた。 “反応”、
“熱?”、
“何らかのエネルギー”、
“意思……?”
それから、ひとつだけ書いた単語に首をかしげる。
「魔力……って言うのかな、こういうの」
つぶやいたその言葉は、まだ確信を伴っていなかった。 この世界の仕組みも、力の名前も、自分はまだ何も知らない。 でも、確かにあった。不思議で、美しい力が。
リアナはそっと石を布に包み直し、箱の奥にしまいこんだ。誰かに見られてはいけないような、そんな気がしていた。
(何なのかは、まだわからない。でもきっと――)
この出会いが、これからの日々を大きく変えていく。 そんな予感が、心のどこかにあった。
外では、風が木々を揺らしていた。 工房の中は静かで、けれどその静けさの中に“始まりの音”が確かに響いていた。