キルタンサスとのお話
「このお屋敷の事ですか?」
「はい。家庭教師のキルタンサスさんにご教授いただきたく」
「……執事のナズナ様ではなく?」
「いけませんか?」
昼食後、書庫で難しい顔をして本を読まれていたキルタンサスさんはもっと難しい顔をされた。
「……教えるなどないと思っていました」
「どうしてですか?」
「主様はなんでもご存じだったので。どんなお話にも参加されていたので」
……みなさんとお話はしたけれど、特別なことは話していない。
「皆様専門家でしょ? 私が知っていることなど教えていただいたことだけですから」
「……だとしたらなおのこと。執事のナズナ様が専門家ですよ」
……まちがったのだろうか。
キルタンサスさんはずっと表情が険しい。
私としては、教えをこうのだから、教える専門家に聞いているのだけれど。
黙っている私に、戸惑いながら。
「……お答えできることであれば、いいのですが。どういったことでしょうか」
「ありがとうございます」
よかった。
「このお屋敷にはみなさまと私だけ。と思いますが、先代の主がいたと思います。そのかたの趣味と思われる家具がありますが、どれも一級品ばかり。……費用はどのように捻出されていたのでしょうか」
「当主自身の収入とうかがっています。みなさま、屋敷の主としてお茶会を開催すると同時に、何かしらのことを生業とされていましたので」
生業。
主自らお金を……。
「主様がなにをなさりたいのか。それをお考えいただければと思います。すぐにではなくとも大丈夫ですので」
柔らかい笑みを浮かべてくださっているが、不安でいっぱいになった。
私にできること?
なにがあるの?
「参考になるかわかりませんが、カンパニュラ様にうかがうといいかもしれません。これまでの主様のことを記録に残しているはずですので」
「カンパニュラさんですか?」
「専門があるというお考えであれば、家令のカンパニュラはこのお屋敷の主について。執事のナズナはお屋敷の運営について。それぞれわけているようですので」
本当に私はしらない。
それぞれ役職がある。
だから、それぞれに仕事が異なる。
その理解はある。
理解。
しているだけ。
私はそう。
全部にたいしてそうなの。
知識として知っている。
先生に教えてもらった。
文字として。
出来事として。
事象として。
それだけ。
「ありがとうございます」
「いえ」
「では、キルタンサスさんはここの家庭教師ですが、先代の主にどのような授業を?」
「え? ……あはい」
ん?
言葉を探されている?
……またおかしな事を聞いてしまっただろうか。
むずかしい。
孤児院では、お兄様も先生もそんな顔をされなかった。どんな質問にも、けして表情を変えなかった。
それが正しいと思った。
だから私もそうしてきた。
それが当たり前で、それが分かりやすかったから。
「……主様の知りえないことを、お話させていただいていました」
知りえないこと?
知らないことではなく?
「得意不得意がございました。得意な点は誰よりも博識で。一方で不得意な点は、驚くほど認識がない方でしたので」
懐かしむように。
でも悲しそうなのはどうして。
「主様は不得意なことがなさそうにお見受けしております」
「私は全知全能などではありません」
首をふる私に、より悲しみの色を強めて。
「我らが主はあなたです。あなたがそうでないなどありえません」