門出
「おねぇーちゃーん」
洗濯物を干していると。
どん! っと背中に何かがぶつかる衝撃がきた。
「ん?」
振り返ると小さな妹が私に抱きついていた。
「つかまえたっ!」
「つかまった?」
「ふふふ。おねぇちゃんを先生が探してたの。先生のところいこ?」
今この孤児院にいる末っ子が私の手をひっぱっていこうとする。
先生が私を?
「何かしら」
「ほらいこうよー」
「はいはい。あとお願いしても?」
「はい。大丈夫です」
一緒に洗濯物をしてくれていた弟にお願いして。
ふふふ。可愛い私の妹。
手をつないで孤児院の中を歩く。
「お姉ちゃん」
「スノーいいーなぁ。私もお姉ちゃんと歩きたいよぉ」
みんなが集まってきた。
「ふふふ。一緒にいく?」
「先生がおねぇちゃんをよんでたの。私がおねぇちゃんつかまえたの」
私の腕にしがみついてぷくっとほほを膨らませるスノー。
可愛い私たちの末っ子にみんなにっこりと笑っている。
「スノーが見つけたんだね。先生はお部屋にいるよ」
「お兄様」
マラカイトお兄様がスノーの頭をなでた。
「さて。みんな。先生に頼まれたことはできたのかな?」
「はーい」
マラカイトお兄様の言葉に、それぞれみんな離れていった。
ここでは、みんなで洗濯も掃除も料理もする。
できることは自分たちで。
そうすることで、ここを出た後も生きていけるように。
単純に人を雇う余裕がないということだけれど。
先生しかこの孤児院には大人はいない。
「先生のお部屋いこ。えーとノックは三回で、先生の声がしてから入るんだよね」
「ふふふ。できる?」
「うん!」
生活に関すること。礼儀作法。文字の読み書き。計算。
孤児院を経営しながら、先生が全部教えてくれたこと。
孤児である私たちは、生きていく術を自分たちで学ばなければならない。
先生のおかげで、ほとんどの子が文字の読み書きができる。
さらに、先生は私たち一人一人に合わせて、個性を伸ばしてくれる。
例えば。
私と手をつないでいるスノー。
この子は明るく元気で人懐っこく、言葉を覚えるのも早かった。
たくさんの言葉を覚えられるようにと、他の子より先生が外に連れて出ることが多かった。
「しつれいします!」
「スノー。ありがとう」
「うん! どういたしまして」
先生に頭をなでられて嬉しそう。
「先生。私を探していたということですが」
先生の部屋に私と、先生と、マラカイトお兄様。
「マラカイトにも来てもらったけれど。スファレライト。君がここを出る日が決まったよ」
……。
ついに私も……。
「スファレ」
マラカイトお兄様が私の手を握ってくれた。
「どこへ?」
声が震えているのがわかる。
いつか来る日。
わかっていたけれど、やっぱり寂しい。
お兄様たちを見送ってきたけれど、見送られる側になるのはまた違う。
「君は僕が知る限り、もっとも優秀な子。君には君にしかできないことがある。そこに君は行くんだよ」
……。
私にしかできないこと。
そう。
孤児院を出たお兄様たちもそうやって出ていった。
「……お兄様たちと同じ?」
「ええ。同じ」
……よかった。
「あーあ。スファレまでついにここをでるのか」
マラカイトお兄様が寂しそうに笑っている。
「マラカイトお兄様はここに残るのでしょう?」
「ああ。俺は先生の跡を継ぐ。ここを引き継ぐ」
最年長のマラカイトお兄様。
マラカイトお兄様より上の方はみんなここを出て、それぞれの場所で生きておられる。
「ええ。マラカイトにはそのための勉強をしてもらっているよ」
お兄様の手に私も手を重ねる。
「よく一緒にお出かけされていますものね」
【さみしいよ。俺たちの自慢の妹】
【私もです。お兄様たちと離れてしまうのは……。妹たちをお願いします】
声に出さなくても話ができる。
お兄様が私に触れている間は。
それがお兄様の魔法。
この国には魔法を使えるものがいる。
でもこの国は魔法がなくても生きていける。
だから魔法を使えることは表に出さない。
……危険だから。
「魔法が使えるとなるとみんながそれに頼ってしまう。魔法が使えるものが一方的に搾取されてしまう。それは人々をダメにしてしまう。魔法使いもダメにしてしまう。この国が成立し、みんなが生きていくためには、魔法使いであることを隠さないといけないよ」
魔法がつかえる子はこの孤児院に何人かいる。
その子たちに一番最初に教えてくれたこと。
【大丈夫だ。何があっても守るよ。先生のようになれるようにがんばる】
【お兄様……】
「スファレライト。マラカイト。僕の子どもの中でも、一二を争う優秀な子。どうか。君たちには、同じように魔法を使える子を守ってほしい」
「俺なんかよりも、圧倒的にスファレのほうができるよ。……俺たちにとって自慢の妹。俺はどうしても厳しくなってしまうし、スファレみたいにわかりやすく教えられないから。」
「ふふふ。そういってもらえて嬉しいです。お兄様ならできますわ。……ここを出たお兄様たちがそれぞれの場所で活躍されているように、私も頑張ります」
寂しい。
怖い。
そんな思いをかき消して。
先生の言うように。
私にしかできないことがあるのであれば。
そこで私にできることをするだけ。
「いっています」