お出かけ
「街にでませんか?」
お屋敷にきて、はじめてのお出かけのお話がでた。
「お洋服を仕立てるのがあまり、気が進まないとお聞きしております。既製品にはなりますが、良いものもあります。お出かけすることがお嫌でなければなのですが」
おずおずと二人が私を見上げている。
……すでに既製品でもいくつか買ってもらっている。二人が見繕ってくれたもの。
足りているが。
それでもきっとこれは、お茶会に参加するためのもの。
普段着よりも綺麗に。
けれど、華美にならないように。
それがこのお屋敷の主人の系統。
服など正直いらないけれど、でも、おかしな姿はだめ。
主として、あるべき姿で。
それが、答え。
正解なのだから。
何が正しいのか。
それを私は正しく知っていなければならない。
そうでなければ、ここにいられない。
「そうですね。街にでてみたいですし、お二人と一緒なら」
そういう私に、アストさん、ランティアさんは嬉しそうに笑ってくれた。
「では、いつにいたしましょう!」
お茶会への参加の連絡を返し、それに向けた改めての礼儀作法などの勉強も始まった。
「……といっても、すでに我らが主人はすべて習得済みですから、おさらいになってしまいますが」
キルタンサスさんが顔をしかめている。
「知識として知っていて、動作として身につけただけですので。実践はしていません」
そう言いながら、キルタンサスさんが主宰者であると見立てて、挨拶の練習をする。
「問題ありません。なさることが正しいのですから。……街にでると聞いています」
「ええ」
「お気をつけを。メイドの二人が同行すると言うことですが、何かあれば、あの二人を盾にしてください」
「そんな物騒な」
盾だなんて。
「我々は主様のためにあります。この身すべてをかけて、お仕えしております」
「服を買いに行くのです。それもお昼間に」
「それでもです」
……強い目に言葉。
出かけるとなってから、皆様口を揃えて、アストさんとランティアさんと離れないように。二人は必ずそばにいるように。とばかり。
当日の朝、皆様に見送られたときも同じようなことを言われてしまった。
私はそんなに心配をかけているのかしら。
「いいですか、二人とも。すべて穏便にすませるのです。何があろうともなかろうとも。主人であるスファレライト様にご迷惑のないように。煩わしい思いをされないように」
「ナズナ様! 大丈夫です」
「ええ。何事もなく戻って参ります」
「スファレライト様は、楽しんできてください。何かあれば二人に。そして、ただいまとお戻りいただければ、それだけで十分にございます」
少し街にでるだけなのに。
なんだか仰々しい気をするが、屋敷の主人と言うのはそういうものなのかもしれない。
……私がいなくなれば、皆様の主人はいなくなる。
屋敷の主人が。
「いってきます」
街には何度か行ったことがあったけれど、先生のお供や妹たちのプレゼントを買いに行くぐらいで、自分の用で出たことはなかった。
「ダリアさんから頼まれているものもございます。……主様のお買い物なのに」
「アスト。主様がいいとおっしゃったの」
少なくなってきた調味料の購入を引き受けた。
「いつもはどうしているの?」
馬車の中で二人とたわいのない話をして街に向かった。
「では、呼ぶまで自由に」
「……はい……」
……馬車の業者さん。仕立て屋と同じ状態ね。
アストさんの声に反応したから、アストさんの魔法なのね。
……そうまでして、場所を、私たちのことを隠すのは、私たちが魔法使いや魔法を使える存在だから。
……まだ迫害はあるのね。
ため息がでそうになるのをとめた。
そのために、あの屋敷はあって、主人がいる。
私の役目。
魔法使いのために。
少しだけ視線を上げた。
街をよくみなくては。
【知識はスファレのすべてになる。血肉として、君のなかで生きる。君はそれを使いこなせる。だから、どんなことでも知っていきなさい】
先生からのお言葉。
私が魔法使いだと知って、一番最初に言われた言葉。
それが今の私になっている。
「こちらになります」
到着したお店は少し奥まったところにあった。
「ここは歴代の主様が重宝されていたお店にございます」
重たい扉を開けてくれた。
……この香り。
わずかに漂うのは。ジャスミンの香り。
「お待ちしておりました。花屋敷のご主人様。お越しいただけて光栄にございます」
音もなく奥から姿を現したのは、腰が曲がっているおじい様。
……魔法使い。
「いくつか見繕っていただいていると思います。そちらをお願いできますか」
ランティアさんが私に椅子に座るように促し、アストさんが声をかけていっしょに奥に行かれた。
私はランティアさんを見上げて。
「……あの方はお屋敷のことをどこまでご存じなの?」
「アストが申し上げたように、ここは歴代の主様が重宝されていました。ここは魔法使いが営むお店にございます。いえ。この店は魔法使いしか営むことができません。ここにあるすべてが、魔法具にございます。ここであれば、周りの目を気にする必要も、手を加える必要もございません」
「ならば、お屋敷に招いた仕立て屋もあの方にすればよかったのでは?」
「……ここから出ることができないのです」
え……。
「魔法具をつかい、採寸も仕立てもすべて行います。それらを持ち出すことはできません。それに、この店は、歴代のある主様がお与えになったお店です。その際に、条件づけをされたのです。それが、仕事として店をでることができないというものなのです」
……。
「それでは、どのように生計を立てているの? 私たちだけがお客なわけではないでしょうけれど」
この香りは、ときどき先生からした時があった。
決まって子どもたちの服を買ってきた時だった。
このお店に来ていたのかしら。
「魔法使いは他にもおられますので、その方たちが来店されているようですが。それに、この店はもう一店舗ありまして、そちらは、一般の方向けのものとなっておりますので」
「二店舗も?」
「お優しい方です。わたくしのような老い耄れの生活を気にしていただけるなど」
「申し訳ありません。余計なお世話でした」
戻ってきた店主がうれしそうに笑っている。
「いえいえ。……やはり花屋敷の皆様は本当にお優しい。こちらなどいかがでしょうか」
一瞬だけ、さみしそうな顔をしたけれど、手に持っていた服を私に手渡してくださった。
「……やわらかい」
さわり心地がとてもいい。
「羽織はこちらが色味としてもあうと思うのです」
アストさんが持っている外套もとても軽い。
「こちらもお似合いになるかと」
お屋敷と同じように二人に進められるがまま、店主が見立ててくださった服を着ていったが、どれも体にとてもあった。
「ほかにご入用のものはございますか?」
服に合わせて、カバンと靴、装飾品もいくつか購入することになった。
アストさんとランティアさんの両手はいっぱいだった。
「いいえ。十分です」
こんなにも買う予定はなかったのだけれど。
と思ったけれど、顔にはださない。
確かに仕立ててもらったものに比べれば、幾分か安価かもしれないけれど、質のいいものばかり。
「また、お越しいただける日をお待ちしております」
にこにこと私が袖を通すのを見ていたけれど、おひとりなのかしら。
ほかの人の気配はなかった。
お店をでて、振り返ってお店の名前を見ようと顔をあげたけれど、何も書いてなかった。
そもそも看板を挙げていない。
魔法使いのためのお店。
ひっそりとしていないと、お店ができないから。
まだまだこの国の魔法使いに対する感情を改めて感じてしまった。
……私が主人として、お屋敷の務めを果たせれば、少しでも魔法使いが、それにかかわる人が生きやすくなるのかしら。
いいえ。
そうするの。
それが主人としての務めなのだから。
それが私がいる理由なのだから。
「どうなさいましたか?」
「いえ。とても楽しかったわ。次は頼まれていたものかしら」
うつむいてしまった私に不安そうにアストさんが声をかけてくださって、私は笑い返した。




