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ナズナさんとのお話

 「使用人の我々とよくお話しくださっていると聞きます。ありがとうございます」

 

 今日は1日雨のためお部屋に引きこもっている。

 ……せっかくのお庭が散ってしまう。


 「ここでの生活は慣れましたでしょうか」

 「……皆さんのおかげで、何不自由なく」

 机にはマフィンにチョコケーキに、私が美味しいといったクッキー。

 それらに合わせた無糖の紅茶。


 視線だけ鏡に向ける。


 綺麗にまとめられた髪は簪が揺れている。

 身につけていている服は、先日仕立てていただいた普段着。 

 寒いせいか顔色が悪いと心配され、ふわふわのブランケットを膝にかけて。


 別人みたい。

 そう思ってしまうほど、以前の私とは違う。

 ……主人とは何なのかしら。

 それはずっとわからない。

 ここに来て3ヶ月がたつけれど。

 わかっているのは、魔法使いのために私はあること。

 そのためにするべきことがあり、そのために彼らがいること。

 

 でも、魔法使いのためといわれても、私のそばにこれまでずっといた。

 お兄様も先生もそうだった。

 私の思う魔法使いのためは、孤児院に兄弟のため。あの子達が生きていけるように、これまで外に出たお兄様、お姉様たちのように、仕送りをすること。それだった。

 全ての子が、魔法使いではないけれど、それでもあの場所にいるみんなが幸せであることが私のするべき事だと思ってきた。


 ……考えたことがないわけではない。

 頭にないわけじゃない。

 でも、そこまでの力は私にはない。

 ただの孤児。

 魔法が使えるだけの子供。

 先生もお兄様も私をとても高く評価してくださった。身に余るほどに。

 それに答えたくて、ただただ勉学に、礼儀作法に、立ち居振舞いに。

 手本となれるように。

 だから、愛されていると実感できた。

 がんばる分だけ。

 価値がつく。

 でもそれはあの場所での価値。

 まだ会ったことのない魔法使いの分までできることはない。

 割りきらないと。

 そうじゃないとやっていけない。

 自分のことで精一杯なのだ。

 手を伸ばしすぎてはいけない。


 「お召し物はいかがですか?」

 「……っとても。とても素敵です。アストさんとランティアさんが見立ててくださって」

 「お気に召していただけたのであれば二人も嬉しいでしょう。キルタンサスさんとはどんなお話しを?」

 「家庭教師ですので、教えを」

 「できることなどないといっていましたが、彼の勤めが果たせるのであればよかったです。庭師の二人はどうでしょう?」

 「お庭の絵を描いてくださいました。季節の花のお話しも」

 「あの二人は得意なことが違いますので、力を合わせています。お菓子の方はお口に合っていますか?」

 「ええ。先日好きとお伝えしたクッキーがこちらです。とても美味しいです」

 「よかったです。我らが主人。スファレライト様が不自由なくお過ごしてあるのであればなによりです」

 にこやかに笑ってくださっている。

 ……私もにっこりと返す。

 

 ナズナさんは、一番そばにいる方。

 1日のほとんどを一緒に過ごしている。

 でも、何もわからない。

 いつもこうして、にっこりと私を見てくださる。

 口癖のように、【我らが主人】と。

 

 「ナズナさん」

 「はい。なんでしょう」

 

 姿勢よく。

 身につけているスーツは、私でもわかるほど質のいいもの。

 使用人皆さんそう。

 礼儀作法。言葉遣い。所作。

 どれも綺麗で、一級。と思う。


 「このお屋敷を運営するに当たって、費用の内訳を知りたいのですが、お聞きしても?」

 「そのような雑務。お気になさらず。我らに全てお任せを」

 

 声色も表情もまとう空気も。

 何も変わらない。

 それでも、しっかりとした拒絶を感じる。


 「……雑務なのでしょうか。私はこの屋敷の主なのでしょう。ならば知っておくべきことだと思うのですが」

 「もちろん主。主人にございます。ですが、主人のするべきことではありません」

 「では、私のするべきことは何でしょうか」

 「お伝えしたとおり、お茶会を開かれること。魔法使いのためにあることです」

 前におうかがいしたこと。

 変わりはない。

 「では教えてください」

 教えを乞う。

 それしか私にはできないから。

 「何でしょうか」

 にこやかに微笑まれている。

 「私の服。お茶会に必要なお菓子。食事。皆様のお給金。支出があるのであれば、収入が必要です。それはどのようにされているのですか」

 収支は必ずある。

 細かい出納簿までは知らされなくても、基本的なことは答えてくれるはず……。

 それさえも黙られると私の手はない。

 「お答えいたします」

 新しい紅茶を淹れてくださった。

 「収入についてです。お茶会で寄付を募ります。それは魔法使いの方がおられる場所に寄付をいたします。お茶会にかかった費用を除いた額を。歴代の主様それぞれがお得意なことをして収益を得られていました。それをこの屋敷の収入にしてくださっていました。我々のことなどお気になさらずともよいのに。このお屋敷でお仕えできること以上の喜びなどないのです」


 ……お答えいただけた。


 「寄付? 得意なことで収益を?」

 聞き取った言葉を復唱する。

 「きちんとお話をしておらず大変失礼いたしました。いずれお分かりいただけると思っていたので」

 さみしそうな顔をされた。

 

 ……いずれわかる?


 「お茶会で寄付をしていただきます。それはすべてこの国の魔法使いがおられる場所への支援として。ご存じのことと思います。まだ見ぬ魔法使いはこの国に多数おられます。お力を隠して。以前おられた場所にも魔法使いの方がおられたのではありませんか」


 ……その質問には答えられない。

 

 「魔法使いの方が過ごしやすいように。この国で生きることがよいことであるように。この国に居続けてもらえるように。そのために我々はあるのです。すべては」

 

 膝をついて。

 私を見上げる。


 「すべては、我らが主。この屋敷の主人のために」


 また。

 『主』

 『主人』

 私はそう呼ばれる価値があるのか。


 「……得意なことで収益とは?」

 「主様おひとりおひとり、お得意なことがありました。ある方は刺繍がお得意でそれをお売りになられていました。ある方は歌がお上手で、時折街にでて、お歌を披露されて。得られたものを我々のお給金に。きっとスファレライト様にもございましょう。このお屋敷の主人はそういう方々ですので。あなたも、いずれ。お持ちのもので、お得意なことで」


 ……。

 ああ。

 ……私じゃない私を見ている。


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