始まり
「先生……。ここは?」
「今日から君がここの主人になるんだよ」
「しゅじん?」
「ああ。主人だ。ここには君に仕える使用人がいる。使用人には主人が必要で、主人には使用人が必要。ここには君が必要だし、君にも彼らが必要だ」
「……どうい」
「しっ」
……。
先生が私の口に指をあてて、首を振った。
「このお屋敷にふさわしい主人はどんな人物だと思うかい? 賢い君ならわかるだろう?」
先生はにっこりと見慣れた優しい笑顔を浮かべている。
……ふさわしい人物。
ゆっくりと顔をあげる。
連れてこられた場所。
目の前にあるお屋敷はとても大きくて、きれいに建っている。
森を抜けて現れた。
古いけれど手入れが行き届いている。
……人の気配が少ない。
これぐらいの大きさのお屋敷なら使用人の数だって多いはず。
とても静かで。
風の音だけが耳に入る。
……そうなら。
一度ゆっくり息を吐く。
「先生。お聞きしたいことがあります」
私の声に先生は嬉しそうに笑った。
「なんでもいいよ」
「ここは私を必要としている。私にとってもここは必要な場所。なら。あの場所は私を必要とされてなかったのでしょうか」
真っすぐ先生を見つめる。
先生の眼に私が映っているがわかる。
……。
「あの場所も君が必要な場所だよ。けれど。このお屋敷のほうがもっと必要なんだ。このお屋敷以上に、君が必要とされ、君が必要とする場所はないよ」