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9 偏見と親切~3~

 雨宿りをしていくようにと引きとめたのはいいものの、カイルさまと会うのは二度目。特に話題もなく、流れる沈黙が気まずい。


「先ほどはありがとうございました、助かりました」


 何かを言わなければ落ち着かなくて、また礼を言う。カイルさまは肩をすくめるだけで、何も返事を返してくれない。

 沈黙が気まずいんだってば!


 もしかして、私に言われて断れなくて、嫌々雨宿りをしているなんてことはあるだろうか。カイルさまはベラさんが魔女を頼ることに否定的だったし、最後には秘密にするようにと脅されたし。

 それなら、話をしたくなくても当然かもしれない。


 雨の音だけが店内に響く。いっそのこと居住スペースに引っ込んでしまいたいが、そういうわけにもいかなくて、また口を開いた。


「カイルさまは魔女にあまり良い印象をお持ちでないはずなのに、助けてくださるなんて」

「はあ?」


 カイルさんは形の良い目を見開き、こちらを凝視した。


 あ、気を悪くされたかも。


 視線に気まずくなって横を向いた。顔を覆ってしまいたいがそんなことはできなくて、床の木目を見つめる。


 ごめんなさい、また話しかけてしまって……! 気まずかったんです、自分で引きとめておきながら! 親切で優しいなあとか、イケメンだなあとか、低くて良い声だなあとか、そんなことを考えてた私がバカでした、許してください。


 さらに沈黙が続く。

 何も文句を言ってこないカイルさまのことが気になってそっと視線を戻すと、目がバチっと合った。カイルさまは少し耳を赤くして、口をぽかんと開けていた。


 生まれてこの方人と関わる機会が少なかったために表情から感情を読むのは苦手だが、怒りなどの負の感情でないことは私でも何となく分かる。

 こういう表情は見たことがない。怒っている人や、私を嫌っている人の表情とは違う。そういう表情はよく見るから割と分かるんだけど。


「いや、許すも何も……」


 カイルさまはガバッと手の甲で口元を覆ってモゴモゴと続きを呟いた。


 なんて言ったんだろう。

 というか、そもそも。

 許すって……?


「悪い、何でもない。褒められるのは嬉しいし、あんたとの時間を苦痛に感じてはない。むしろ……」


 チッとカイルさまが舌打ちをする。


「あんたといると調子が狂う」


 それって、私のせいじゃないでしょう。舌打ちされても困る。


「あんたのせいに決まってんだろ!」


 怒鳴られて身をすくめる。

 ……あれ?


「私、声に出てました?」

「ん? ああ」


 まさか。


「イケメンとか親切とか優しいとか高身長で女性の憧れになりそうとかも!?」

「っ、ああ。改めて言うなよ! ってか増えてるし……」


 ぶつぶつと文句を言い続けるカイルさまはそっちのけで、頭を抱える。

 独り言が全部漏れていたなんて!

 一人暮らしになってからが長すぎて、きっと癖がついちゃったんだ。これはまずい、直さなければ。


 何とも言えない空気が流れる。優しいから嬉しいと言ってくれているだけで、魔女なんかに褒められて本音では困っているに違いない。

 雨はまだまだ降り止む様子がない。話題を変えなきゃ。


「あ、そうです。ベラさんのご依頼の件ですが、きちんと秘密にしていますし死ぬまで言いません。大丈夫ですから!」


 きっと気にしていたはずだ。私が守秘義務を守るかどうか。せっかくだし、安心して帰ってもらおう。


「ん……? ああ、そう言えば念押ししたんだったか」


 念押し! あれは念押しだったのですね!

 てっきり脅しかと思ってましたよ! 魔女を頼ることをあまり良く思っていらっしゃらなかったようでしたし!


「お、脅し? いや、そんなつもりはなかったんだが。怖がらせてしまったか、申し訳ない。それに、貴族は平民よりも魔女に対する偏見が根強いから、貴族に知られるのはまずいってだけで、俺は別にそんな……」


 あら。

 目を瞬かせると、カイルさまは小刻みに顔を縦に振った。

 確かに、貴族は魔女に対して当たりが強い。得体の知れない魔法という力を行使し、いつか権力を奪い取りにくるのではないかと。

 魔女は権力になんて興味がないから、心配しなくてもかまわないと思うのだが。


「カイルさまは、貴族さま方や先ほどの若い男性たちのように魔女に対する偏見をお持ちではないのですか?」

「持っていない、と自分では思っている。他人に危害を加えようとするなら排除すべき敵だが、あんたはそうじゃないだろ」


 フンっと鼻を鳴らすカイルさまを見つめる。女性から好意的に接してもらうことはそれなりにあるが、男性では珍しい。イケメンで高身長で偏見の目も持たないなんて、完璧な人間すぎる。


「ありがとうございます、カイルさま」


 礼を言うと、カイルさまはそっぽを向いた。


「当たり前のことだ。魔法も個性、ただの1人の女性にすぎないだろ、礼なんかいらん。てか、カイルさまってなんだよ。カイルだ」


 こちらを向いている側の耳も頬も赤い。


 魔法も個性。ただの1人の女性、ただの。そっか。

 心がじんわりとあたたかくなる。

 魔女として人々の役に立って感謝されても、女性たちからでさえどこか線を引かれているのを感じていた。あくまで、「魔女」という分類に入れられているような。人々とは違う、特殊な存在と位置付けられている。

 それを、個性だと言ってくれた。「女性」という大きな枠組みの中にいる個人にすぎないと。その言葉が、嬉しかった。


「ありがとうございます、カイルさん。私のことも、あんたじゃなくてティアと呼んでくださいね?」


 声に喜びが乗って弾んでいるのを感じる。差はわずかで気づかれないかもしれないが、今、私は確かに高揚している。


「ああ、ティア」


 心臓が跳ねる。体が熱くなる。

 てっきり私のように「さん」を付けるかと思ったのに、呼び捨てにするなんて。呼び捨てで呼んでくれる人は、家族以外では初めてだ。


 カイルさん自身には魔女に偏見がなくても、世間はそうではない。魔女の名を呼ぶほど親しくしているなんて、貴族に仕える身であれば良いことはないだろう。

 そう思うのに、喜びが湧き上がってくる。もっと関わりを持ちたいと、親しげに名を呼ばれたいと、考えてしまう。


 もう少しだけ、カイルさんと関わりを持っていてもいいだろうか。久しぶりに現れたティアと呼んでくれる存在を失いたくなくなる前に、離れるから。

 迷惑をかけてしまう前に、ほんの少しだけ思い出がほしい。

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