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4 珍しいお客さま~2~

「あなたを信じるわ」


 唐突に声を発した小柄なお客さまがフードを脱いで顔をさらした。

 先ほどまで不安をにじませていた瞳は、今は勇気と決意を宿していた。


 背の高いお客さまは反射的に名前を呼ぼうとしたのか、はくっと口を動かした。名前を音にしなかったのはさすがと言えるだろう。


 小柄なお客さまは、まっすぐな赤い髪を持った女の子だった。歳は私と同じくらいだろうか。ローブの生地からも予想はしていたが、よく手入れされているのであろうつややかな髪や肌は、彼女が貴族あるいは裕福な家庭の生まれであることを物語っていた。貴族であるとしたら、私の代では初めてだ。


「もっと警戒心を持ってください!」


 女の子にならってフードを外した背の高いお客さまは、女の子に苦言を呈した。案の定男性であった彼は、整った顔をしていて、金髪に碧眼という理想的な色の持ち主だった。


 これは、街を歩けば悲鳴が聞こえてくるだろうな。

 最近人気の恋愛小説から飛び出してきたかのような彼の容姿に感心していると、彼は不快そうに顔をしかめた。少し見すぎてしまったかな。


「よく考えてみれば、私は魔女さんにお願いする立場なのよ。藁にもすがる思いでここに来たのだもの。信じてみた方がいいに決まってるわ。それに」

「それに?」


 顔をしかめたままの男性に問われた女の子は、それまでのキリッとした表情を崩して、急に声を高くした。


「だって、魔女さん、とっても可愛いじゃない! あなたも見たわよね、さっきの魔女さんの笑顔! 最初は冷たくて怖い人なのかと思ったけれど、全然そんなことはなかったわ! 間違いなく優しくて親切で良い人よ」


 まくしたてられた言葉の勢いにあっけに取られていると、女の子は私と男性の顔を見比べてすっとんきょうな声をあげた。


「あら、あなたたち。二人してどうしてしまったの?」


 私たちは顔を見合わせた。男性は、ぽかんと口を開けた間抜けな表情をしていた。鏡を見なくても、私も同じような表情をしているだろうことは分かる。

 男性は、視線をそらして大きなため息をついた。女の子の従者、あるいは騎士といったところだろうか。心中お察しします。


「どうして会ったばかりで良い人だと確信できるのですか。笑顔なんて、いくらでも作れるでしょう。他の根拠を挙げてください」

「勘よ。依頼者は私なのだから、文句はないでしょう」


 勘。なるほど?


「依頼者は確かにお嬢さまですが、私はお嬢さまをお護りするべき立場ですから。そのような曖昧な理由で他人を信用するわけには」

「あら、私を疑うって言うの?」

「いや、そういうわけではなくですね……」


 普段の苦労がうかがい知れるというものだ。


「あの」


 二人のやり取りにはきりがなさそうだからと口を挟むと、二対の瞳が勢いよくこちらを向いて、圧力に少しおののいた。

 ひとまず、話を進めなければ。


「記憶の魔法は、消した記憶に関する私自身の記憶も同時に失われるのです」

「どういう意味だ」

「記憶を消すために一度消したい記憶を見せていただく必要があるのですが、魔法が成立するタイミングで私もお客さまと同時にその記憶を忘れます。例えば、失恋の記憶を消したいというご依頼ですと、お客さまの失恋の記憶を消すと、私に流れ込んだお客さまの記憶も失われるのです」


 男性は片眉をあげた。癖なのだろうか。


「失恋の記憶を消しに来たという事実自体は私の記憶には残ります。お客さまのご依頼を管理するために、『失恋の記憶を消した』と記録も残させていただきます。また、個人の識別のためにお名前をお伺いしています。お名前は偽名でもかまいません。極端な例ですと、好きなお菓子の名前でもかまいませんよ。ただし、偽名の場合は、またこの店に来たくなった時のために一応どのように名乗ったかを覚えておいてください」

「なるほど!」


 瞳を輝かせながらうんうんと頷く女の子に苦笑しつつ、言葉を続ける。


「消した記憶と深く関係していないこと、あるいは全く関係がないことは私の記憶に残ってしまいます。ですが、私はこの仕事に誇りを持っています。お二人がこの店にいらっしゃったこと自体を含めて、お客さまに関することを他のことに漏らすことはないと誓います」


 迷うように揺れる青い瞳。少し警戒は緩んだようだが、信じていいのかまだ悩んでいるようだ。

 こちらの本音を探るような視線を向けてくるが、端正な容姿の彼に見つめられると正直気まずい。容姿の良さを自覚しているのなら、そのようなことはしないでほしいんだけど。


「仕事に誇りを持っているのですって! あなたたち騎士と同じね。あなたも、私の秘密を他人にもらしはしないでしょう」

「もちろんです」

「そういうことよ」


 黙って男性が答えを出すのを待つ。騎士さまなのか。予想は当たっていたようね。

 しばらくして、彼は根負けしたように肩をすくめた。


「分かりましたよ」

「本当に? やったわ! よろしくお願いしますね、ティアさん。あ、ティアさんって呼んでいいかしら」

「かまいませんよ」

「ありがとう、ティアさん。私のことはベラって呼んでね」

「はい、ベラさん」


 ベラさんはクフフッと笑った。無邪気な笑みに、騎士さまは眉尻を下げた。

 騎士さまは眉が感情を表しているのかな。なんか、かわいい。


 先ほどまでの緊張した雰囲気が緩んだ反動からか失礼なことを考えながら、冷めてしまった紅茶をいれなおすために席を立った。

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