3 珍しいお客さま~1~
その珍しいお客さまが来たのは、風の強い日のことだった。
濃紺のローブを深くかぶって静かに店のドアを開けたお客さまは、チリンというドアベルの音に肩をびくっと震わせた。背の丈は私と同じくらいだろうか。顔や体格が隠れていて見えないから、性別もわからない。
「いらっしゃいませ」
私の挨拶の声に怯えたように後ずさったお客さまは、後ろから入ってきた背の高いもう一人のお客さまにぶつかった。
「おっと」
よろけたお客さまの体を、背の高いお客さまが受け止める。小柄な方のお客さまと同様に濃紺のローブを着ていて、顔は見えない。けれど、狭く静かな店内に響いた低い声から、背の高いお客さまは男性だろうなとぼんやりと考えた。
支えられたお客さまは、怯えたように身を縮めている。背の高いお客さまがフードの隙間から鋭い警戒のまなざしを向けてきているように感じるのは、勘違いではないだろう。
これはやっかいなお客さまが来たようだ。
心の中でため息をつきつつ、静かに口を開いた。
「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件ですか」
背の高いお客さまは鋭いまなざしのまま、もう一人のお客さまを守るように体を前に出した。
「あなたが記憶の魔女ですか」
「あら」
刺々しい雰囲気とは裏腹に丁寧な口調で話しかけられて、少し驚いて声を漏らしてしまった。先ほどよりもさらに低い声からは警戒心が伝わってくるものの、礼儀正しい人のようだ。
少しいらついたように目を細められて首を傾げる。
あ、そういえば。質問に答えていなかったな。
「はい、そうですよ」
私の返答に驚いたかのように、背の高いお客さまの後ろで、小柄な方のお客さまがフードから瞳をのぞかせた。ころんとした丸い瞳だった。
「ほ、本当に、記憶や感情を消せるの?」
「おい」
鈴のように軽やかな響きの声に、目を見開いた。その声には不安の色が色濃くにじんでいるものの、背の高いお客さまとは異なり警戒心は感じられなかった。
魔女という、普通の人間にとっては異質な存在の前で警戒を見せないその様子に焦ったように、背の高いお客さまは身を乗り出す小柄なお客さまを引き戻した。
まったく異なる視線を向けてくる二人に、ほほえみかける。
「はい。お客さまにとって必要ならば」
一方は警戒をさらに深め、もう一方は目を輝かせる。
真逆の反応がなんだかおもしろくて、ふふっと笑った。
「まずはお話をおうかがいしても?」
いつもお客さまに座ってもらっている椅子に二人を誘導し、紅茶をいれる。緊張を緩めてくれる効果があるハーブを混ぜた特製のハーブティーだ。
紅茶の香りが店内に広がる。悪天候のせいで窓の外は暗い。紅茶の香りで少しは明るい雰囲気になると良いのだけれど。
口をつけるかは分からないが、ひとまず二人の前にカップを置く。二人の視線を浴びながら、おもむろに自分の分の紅茶を一口飲んだ。
「では、改めまして。記憶の魔女のティアと申します。ご依頼にあたりお話をおうかがいする必要がありますが、お客さまの話したくないことを話す必要はありません。お客さまのご用件によってはいくつか質問をさせていただく場合もありますが、答えたくない場合はそうおっしゃっていただければ大丈夫です」
言葉を切ると、背の高いお客さまの視線が私を鋭く射抜いた。
「質問があります」
「はい、なんでしょう」
警戒されることには慣れている。動揺することもなく促すと、お客さまは片眉をつりあげた。
「ここであなたに話した内容や、そもそも私たちがこの店に訪れたという事実を誰かに話すようなことはありませんか。」
「はい。もちろんです。守秘義務がありますから」
「言葉だけでは信用できませんね。秘密を話すとペナルティが発生するような魔法はないのですか」
ふむ。どうやら、このお客さまは今までで一番警戒心が強いようだ。
「ございません。あ、いえ」
「どちらですか」
問いつめてくるお客さまのローブの袖を、小柄なお客さまがたしなめるように軽く引く。背の高いお客さまは、いっそう私を睨みつけた。
「そのような魔法を聞いたことはありませんが、世界のどこかには存在するのかもしれませんね。本当に存在するなら学んでみたいです。このお店にいらっしゃるお客さまにも安心していただけそうですし」
首を傾げながら告げると、背の高いお客さまは毒気を抜かれたようにぽかんと口を開けた。
そんなに驚かれるようなことを言ったつもりはないんだけどな。