21 恋心の消去~2~
カイルさんにほほ笑み、紅茶を入れる。いつも通りの作業をしていると、少し心が落ち着いた。
カイルさんに、お客さま用の席に座ってもらい、向かい合った。
「確認したいんだが……。確か、客が思い浮かべた記憶や感情を消すことができて、流した涙の数が多いほど魔法が強いんだったよな?」
「うん。そのとおり」
カイルさんは、私の助手と名乗って魔法を見たり私に解説させたりしているうちに、ある程度記憶の魔法について理解してくれている。
「その記憶はティアにも流れてしまうんだろ。俺のせいで必要のない恐怖を感じさせてしまうことになるのか? 悪いな。思い切って強めに消してしまってくれ」
「大丈夫よ、あくまでも記憶を見るだけで、少し怖いくらいだから。多めに涙を流すね」
「ああ、ありがとう。……すまない」
申し訳なさそうにするカイルさんに、安心させるようにほほ笑みかけて、息を吸った。
仕事モードに切り替えて、口を開いた。
「それでは、手を出してください」
人間の本能に直結している恐怖という感情は、完全に消し切ることは不可能だ。魔法はあくまでも一時的な対処法になる。後悔をすることもないだろう。
カイルさんの手を握る。その手は震えていた。戦場への恐怖がすでに襲ってきているのだろうか。
それなのに、カイルさんは私の手を優しく握って、わずかにほほ笑んだ。恐怖を感じていてもなお私への気遣いを見せてくれるカイルさんに、思わず涙が込み上げた。
恐怖を感じる時間を引き延ばしてはいけない。たとえ一時的だとしても,早く消してあげなきゃ。
私を見つめるカイルさんにほほ笑みを返して、すっと目を閉じた。
私が目を瞑った後、少ししてからカイルさんから記憶が流れ込んできた。
その記憶は、私が想像していたものとは全く違っていた。
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初めて会った日。
得体の知れない存在のように感じていた魔女は、意外と普通の女の子だった。
暴力を振るわれていた彼女を助けた。
少し横着でおっちょこちょいで、かわいいと思った。
急に褒められて、胸がギュッと掴まれた。
以前を知る仲間に見られたら笑われそうなくらい、せっせと彼女の元に通った。
かわいいと言ってみたり距離をつめてみたりしても、彼女は鈍感なのか、俺の気持ちに気づく様子を見せなかった。
夢中になっていた。俺のものにしたいと思った。
そのせいで、目をつけられて前線に送られることになってしまった。
俺のことを彼女が気に病んでしまいそうなことが不安だった。
俺が好きになってしまったせいで、彼女を悲しませてしまった。
もしかして、両想いなのだろうかと思うこともある。
頬を赤くして照れる様子はかわいい。
だが、これは俺のけじめだ。
俺の心が、この事態を引き起こした。
俺は守るべき存在のために強くなれるような、かっこいい人間じゃない。
王都に未練なんかを残して行ったら、戦場で敵に隙を見せてしまうかもしれない。
いや、その前に彼女と死に別れたくなくてすがりつくだろう。
しかし、任務を放棄して逃げるのは俺の騎士としてのポリシーに反する。
今後俺や彼女の運命がどう転ぶかは分からないが、この想いは一度消してやる。
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これ、違う。
しかし、既にすぐそこまで来ていた涙は、カイルさんの記憶に感情を揺り動かされたせいもあってあっさりとこぼれ落ちた。
ぽろぽろぽろと。
慌てて手で受け止めた。手の中に複数の結晶の感触を感じる。割れた音もしなかったし、全部の結晶を無事に受け止められたようだ。
目をゆっくりと開くと、カイルさんはすっと立ち上がった。
「ありがとう。さすがだな」
カイルさんは左手を固く握りしめて胸に当てた。
無事に恐怖を消せたのだろうか。
「じゃあな」
恐怖を消した影響で覚悟が決まったのだろうか。
カイルさんはどこか温かみよりも冷たさが増した瞳で真っ直ぐに前を見つめ、店を出て行った。
いつものように、隣の部屋で瓶を用意した。
手の中に握っていた三粒の結晶は、恐怖を閉じ込めているというのに淡い朱色だった。きれいな色だ。結晶にも人柄が出るのかもしれない。
瓶の中に入った結晶をしばらく眺めて、蓋をする。蓋を閉める瞬間、なぜか胸にちくりと棘が刺さったような痛みを覚えたような気がして、首を傾げた。
カイルさんの結晶を、大切に大切に、そっと棚の中にしまった。
今日久しぶりに会って分かった。
私はカイルさんへの想いを消すことができない。
初恋がこんな迷惑な片想いだなんて。
祖母が知ったら、笑うかな。やれやれと肩をすくめるかな。
だけど、今まで以上に心の奥底にしまいこむから。カイルさんとまさかの両思いになって結ばれるなんて、そんな贅沢なことは望まないから。
この想いを消さずに残し続けることだけは、許してほしい。




