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20 恋心の消去~1~

 私と関わりを持ったせいでカイルさんが前線に送られることになったと知ってから三日が経った。私は、カイルさんに好意を抱いてしまって関わりを絶てなかったことが申し訳なくて、毎日後悔していた。


 今さらかもしれないが、禍いしか呼ばない恋心など消してしまおうか。元々そうしようと思っていたように。

 カイルさんに会いたいと思ってしまうたびに、その考えが頭に浮かぶ。カイルさんが危険な場所に行くことになったのは魔女である自分のせいだというのに、自分勝手な想いはカイルさんの存在を求めていた。

 しかし、消そうと思ってもなかなか踏ん切りがつかなかった。表向きはこ好きな人などいない顔をして、ひそかに想い続けるくらい許されるのではないか、そんな考えが魔法を使おうとする理性の邪魔をした。


 今日も恋心を消そうと試みて胸の前で組んだ両手を、そっと下ろした。涙は流していない。流せば想いが消えるのだと思うと涙が出なかった。


 ため息をついて立ち上がる。気分転換に外の空気でも吸おうかと立ち上がり、玄関ドアに手をかけた時だった。


「うわっ」


 ドアが突然開き、ドアノブを掴んでドアを押そうとしていた体がよろめいた。


「おっと」


 倒れかけた体を力強い腕に抱き止められた。


「悪い、ノックをせずに開けたせいだな。大丈夫か?」


 心配そうにのぞきこむ、恋しい人の顔。素顔を隠すためか、初めて会ったあの日のようにローブを着てフードを深く被っている。会いたいと思っていた人が目の前にいて、思わず抱きついた。

 すがりつくと、抱きしめ返してくれる優しい腕。


「ご、ごめんなさい!」


 はっとしてあたたかい腕の中から飛び退いた。私の勝手な想いのせいで迷惑をかけたのに、これ以上変な噂を増やしてはいけない。


「い、いや……」


 口ごもるカイルさんをひとまず店の中に押し込んだ。店の前にいるところを誰かに見られてはいけない。誰かがうっかり入ってきてしまわないように、「臨時休業」と書かれた札を店の扉に打ち込んだ釘にかけて、念のため鍵も閉めた。


「カイルさん」


 ローブを着たまま突っ立っていたカイルさんに、深々と頭を下げた。


「大変申し訳ありませんでした。どのようにお詫びすればよいか分かりませんが、私にできることであればなんでもします」


 頭を下げたまま両手でスカートを握りしめた。謝ったところで、カイルさんが死の危機に晒されてしまうことに変わりはない。私のせいで、簡単に命を失うような場所に行くことになってしまったのだ。何を言われても何をされても文句は言えない。

 むしろ、私の勝手な片想いが招いたことだから、カイルさんの怒りをどんな形であっても受け止めるべきだとすら思った。


「え、なんで謝って……。まさか、聞いたのか?」


 頭を下げた体勢はそのままに頷いた。


「一体誰に聞いたんだよ……」


 カイルさんはチッと舌打ちをした。


「謝るな。顔を上げてくれよ。それにまた敬語に戻ってるじゃないか」


 カイルさんの慌てたような声が耳に届いても、私は顔を上げなかった。カイルさんは優しすぎるのだ。


「ティアは何も悪いことなんてしてねえよ」


 カイルさんに、優しく、それでいて強引に顔を上げさせられた。その瞳には怒りでも悲しみでもない感情が浮かんでいる。


「俺がティアに会いたいから、俺の意思でここに来ていたんだ。ティアから俺に会いに来たことはないだろ? 全部俺の行動が招いたことだ」


 でも、魔女という立場をより理解していたのは私の方のはずだ。私が身の程知らずにも恋なんてしてしまったから。


「ほら、泣かないで」


 ざらついたカイルさんの指で涙をぬぐわれて初めて、泣いていたことに気がついた。恋心を消すための涙は流せないのに、こんな涙は簡単に流せてしまうなんて。

 カイルさんの眉尻は、今まで見たこともないくらいの角度で下げられていた。


「申し訳……」

「敬語はだめだ」

「……ごめん」


 もう親しげにする権利は私にはないだろうと無意識に戻していた敬語を、言い終わる間に遮られた。

 改めて頭を下げて、謝罪を口にした。謝らずにはいられなかった。


「ごめんなさい。カイルさんとの時間が心地よくて、楽しくて、好きで。少しくらい大丈夫だろうと思ってしまったの。そのせいでこんなことに……」


 カイルさんは何も言わない。

 思わず「好き」という言葉を漏らしてしまった。この想いは一生伝える気はないのだ。直接的でなくても言うべきではなかった。カイルさんが私の気持ちに気づいていませんように。


「……こちらこそ。迷惑をかけてしまった。申し訳ない。今日は、戦争に行く前に最後にティアの顔を見ておきたかったというのもあるんだが……。記憶の魔女に依頼をしに来たんだ」


 予想外なカイルさんの言葉に目を見開いた。依頼? 一体何を消したいの。


「戦場が、怖いんだ。恐怖を消してくれないか。戦場に立てばすぐに思い出してしまうだろうが、今だけでも」


 すがるようなカイルさんの瞳に、胸が締め付けられた。

 その場しのぎのような魔法はあまり大きな効果は得られない。しかし、カイルさんはそれを理解しているし、これだけ迷惑をかけてしまったカイルさんの頼みだ。私の魔法がお詫びになるなら、どんなものでも消そうと思った。


「分かりました。お代はいただきません」


 頷くと、カイルさんはほっとしたように強張った顔を緩めた。


「ありがとう」

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