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18 不穏の足音~3~

 私はふうっと、長く息を吐いた。


「たとえ泣いてしまったとしても、恋心を持ったまま見送りをした方が良いのではありませんか。後悔しませんか?」

「しません。他の人の考えは違うかもしれないけど、私は彼を笑顔で見送るのが最優先なんです。私の笑顔を思い出して、死にたくない、帰りたいと思ってくれればいい。だから、消してください」


 いつの間にか涙を止めたお客さまは、強い決意を込めた眼差しで私を見た。お客さまの瞳を見つめ返す。決意は、変わらないだろう。


「分かりました。ですが、恋心を全て消すことはしません。我慢すれば涙を堪えて笑える程度まで恋心を薄めてみますね」


 カイルさんが眉をつり上げてこちらに来ようとするのを手で制する。

 言いたいことは分かっている。たとえ別れの時に泣いてしまったとしても、恋心を消す方が後に後悔すると言いたいんでしょ。


「見送りが終わったらまたこの店に来てください」


 それだけを告げて、お客さまの手を握った。時間がない。スムーズに終わらせよう。


ーーーーーーーーーーーーー


 幼い頃から仲の良かった幼なじみ。

 いつの間にかお互いに恋心を抱いていた。

 平民でありながら、実力で騎士となった彼をお祝いした。


 だが、平民の命は軽い。

 最前線に配属されることになったと聞き、泣き崩れた。

 毎日のように泣いている私に、彼は別れてほしいと、そして笑顔で見送ってほしいと言った。

 隣にいるのが別の誰かであろうとも君には幸せになってほしいんだ。

 そう言った彼に、涙が止まらなかった。


ーーーーーーーーーーーー


 涙を一粒、大きめのものを。恋心を消しすぎないように。でも涙を堪えられるように。


 手で受け止めて、お客さまに問う。


「お相手の男性のことを思い浮かべてみてください。泣いてしまいますか?」


 お客さまは宙を見つめた。思い出しているようだ。

 すると顔がみるみる明るくなって、両手を握られた。


「ありがとうございます! 彼への想いは残っているけど、涙は我慢できました!」

「良かったです。では、見送りが終わりましたらまたこの店にお越しください。代金もその時に」

「はい!」


 お客さまは素早く店から駆け出して行った。


「おい」


 黙ってみていたカイルさんが、不満そうに鼻を鳴らした。


「消して良かったのか?」

「分かりません」

「はあ?」


 イラついて舌打ちしそうな顔をしているカイルさんから視線を逸らす。ちょっと怖い。


「ただ、彼女はそれを望んでた」


 カイルさんはまだ不満そうだったが、もう何も言わなかった。


 数時間後、泣き腫らした目で店に戻ってきたお客さまに、私は慌てて話しかけた。


「魔法、足りませんでしたか!?」

「いいえ?」


 お客さまはにっこりと微笑んだ。


「無事に泣かずに笑顔で見送れました。彼が出発した後は我慢できなくて泣いちゃったけど、なんだか泣いたおかげですっきりしました。お仕事、プロですね!」


 ほっと胸を撫で下ろす。ひとまず、安心だ。カイルさんも安堵したようだった。


「少々お待ちください」


 私はお客さまに断って奥の部屋に行き、置いておいた結晶を取ってきた。ほんの数時間前にできたばかりの、お客さまの恋心の結晶だ。


「消した恋心を元に戻したいですか?」


 お客さまは、最初は言葉の意味が分からなかったようで、ゆっくりと目を見開いた。

 一度消した記憶や感情は元に戻せないことになっているから、当然だろう。


「はい。もしもそんなことができるなら……!」


 目を輝かせたお客さまに、人差し指を立てて口に当て、片目を閉じた。


「秘密ですよ」


 私は右手に結晶を握り込み、振りかぶった。勢いよく振り下ろして、結晶を地面に叩きつける。結晶は砕けきらめいて、さぁっと跡形もなく消えた。カイルさんが息を呑む音が聞こえた。


 お客さまはめまいを感じたのか頭を押さえてよろめいた。パチパチと目を瞬いている。

 しばらくすると、お客さまは笑顔を浮かべた。


「ありがとう! 秘密は守ります。代金は多めに払いますね」


 お客さまは軽やかに店を出て行った。これで後悔は残らなかっただろうか。


 カイルさんが隣に立った。


「あれは、記憶を戻したのか?」

「うん。結晶を割れば、私にも彼女にも記憶は戻るの」

「そうか」


 カイルさんは優しい笑みを浮かべた。


「そんなこともできるんだな。彼女の記憶を戻したのは良い判断だと思う」


 褒められて、くすぐった気持ちになる。

 クフフっと笑うと、突然カイルさんに引き寄せられた。


 息が苦しいほど抱きしめられた。大きな体に包まれて、体温が上がる。


「……」

「え?」


 カイルさんが小さく耳元で何かをつぶやいたが、聞き取れなくて聞き返した。カイルさんはもう一度その言葉を言い直すことはなく、ゆっくりと体を離した。


 カイルさんは悲しげに視線を落とした。


「すまん」


 何に対する謝罪かは分からなかった。カイルさんは名残惜しげにもう一度だけ私を抱きしめて、店を出て行った。


 それから一ヶ月。カイルさんが私に会いに来ることはなかった。

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