15 彩り豊かな日々~2~
私が静観の姿勢を見せたことで、カイルさんは続きを話し始めた。
「本当に悲しかった。俺の場合は別れは突然じゃなくて、徐々に衰弱していったから、覚悟をする時間はあったはずなんだが。名前を呼んでも尻尾を振って返事をしてくれる存在がいなくなったことが、本当に寂しかった」
とつとつと語られる言葉に耳を傾ける。敬語じゃないのがちょっと気になるけど。
カイルさんならきっと、お客さまにとって一番良い選択ができるような話をしてくれると、なぜか信頼があった。
「当時俺にも記憶を消すという選択肢があったら、飛び込んでしまったかもしれない。忘れてしまえばその悲しみからは解放されるわけだから」
お客さまが静かに頷いた。
「でも、俺は悲しみと共に生きてよかった。あの犬は俺にとっては特別な犬だが、他の人にとってはただの一匹の動物にすぎない。その後両親も他界したから、あの犬のことを覚えているのは、あいつのことを思い出してやれるのは、俺だけだ。死を悼み思い出を懐かしむことが、家族の一員として俺と生きてくれたあいつへの恩返しだ。俺はそう思ってる」
お客さまの瞳が揺れる。
カイルさんの言葉は確かに届いている。
「悲しくて泣いたし、俺を置いて先に死んだあいつに怒ったりもしたけど、今でもあいつを思い出すと切なくてあたたかい気持ちになるんだよ。そういうもんじゃないか?」
お客さまは黙ってカイルさんを見つめた。葛藤が瞳に表れている。
「記憶を消せば、その鳥との思い出も思い出せなくなるんだぞ」
「……良い思い出だけ残して、死んだことだけ忘れるとか」
「そんなの、鳥はどこの行ったのかって心配して探し回るだけだ」
お客さまの瞳からポロポロと涙があふれた。何も言わずに涙を流し鼻をすするお客さまが落ち着くのを二人で待った。
「忘れたくない」
「ええ」
「ああ」
こぼれ落ちたお客さまの本音に、カイルさんと微笑み合う。
「思い出してあげたい」
「良い選択だ」
目をハンカチで拭いて顔を上げたお客さまに、満足そうにカイルさんが笑う。まぶしい笑顔に、胸がきゅんと音を立てた。
「でも、忘れないと日常生活に影響が……」
悲しそうに目を伏せるお客さまに提案する。記憶を消すだけが記憶の魔女の仕事じゃない。
「少しだけ、悲しみを癒しましょうか。ほんの少しだけ。完全には癒しません」
カイルさんが腕組みをして頷く。
「それがいい。日常生活には影響がない程度には落ち着きつつ、鳥の死を悲しんで泣いてあげればいい。怒ったっていい。両親や友人に話を聞いてもらえ」
お客さまは、パチパチと涙に濡れた目を瞬いた。カイルさんとお客さまの視線がパチリと合う。少し羨ましくて、少し嫌な気持ちで、目をそらした。
「そうします」
同意したお客さまに向き直り、依頼内容を紙に書いて最終確認をする。後悔はしないと言い切ったお客さまの手を取って目を閉じた。
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朝起きて窓を開ける。
爽やかな風が吹き込んだ部屋で、鳥に向き直って朝の挨拶をする。鳥は嬉しそうに返事をした。
窓を閉じて、鳥かごから出してあげる。
手の上で物欲しそうに見上げる鳥に、エサを差し出す。
おいしそうに食べる様子を眺めるのは幸せだ。
家に帰る。
なんだか元気がない。エサを食べてもくれない。
一晩様子を見てみよう。
翌日、帰宅してすぐに鳥かごをのぞいた。
ぴくりとも動かない冷たい体。
絶叫すると、何事かと両親が部屋に飛び込んできた。
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消し過ぎないように、少なめに、一粒だけ。ぽとりと涙を流して受け止める。
美しく輝く結晶を受け止めてお客さまの様子をうかがうと、ゆっくりと目を開けたお客さまはスッキリした表情をしていた。
「ありがとうございました。魔法ってすごいですね」
荷物を持って立ち上がったお客さまは、財布を取り出しながらカイルさんに微笑みかけた。
「助手さん、イケメンなうえに助手としても完璧ですね! 助手さんのおかげで記憶を消さずに済みました。何よりもイケメンだし」
お客さまは、私の方を見てニヤリと笑った。
「恋人ですか?」
「え、は、いえ!」
慌てて否定したが、お客さまは何だか楽しそうだ。
「じゃあ、将来の恋人かもですね! お似合いです。ふふ、楽しみにしてます! それじゃあ、今日は帰っていっぱい泣きますね」
恋人!? そんなのあるわけないじゃない。
ありがとうございましたと店を出ていったお客さまを見送りながらグルグル考えていると、カイルさんに後ろからのぞきこまれた。
「お似合い、だってな」
「そうですね!?」
店の中に押し込んでドアを閉める。もう、頭がパンクしそう。無理。
「助手、褒められたぞ」
「お話は良かったですしありがたかったですけど! お客さまも後悔のない道を選べたようで安心しましたけど! お客さまに敬語を使わない助手ってなんですか!」
「あ、悪い。気が抜けてた」
んもう。
頬を膨らませて不満を主張すると、指で潰されてプッと間抜けな音が鳴った。
「ちょっと、何してくれてるんですか!」
「ははっ! あんたといると楽しいし安心できるってことさ」
「意味が分かりません」
プンスカ怒っていると、カイルさんに肩を引き寄せられて耳元でささやかれた。
「なあ、カイルって呼んでくれよ。さん付けするな。それから、あんたも敬語を外せ」
色気混じりで吹き込まれた低く響く声に思わず耳を押さえると、カイルさんは楽しそうに笑った。
「あんた、ささやかれるのに弱いよな。それとも俺の声?」
図星をつかれて顔だけではなく体まで熱くなり、勝手に力が入る。
にらみつけるが、まるで効果はないようだ。
「カイルさん、帰ってください」
このままだと、お客さまの結晶を落としてしまいそう。早くしまわなきゃ。
「カイル、帰ってって言えよ」
ニヤニヤと笑っている。
このひとはほんとうにほんっとうに、なんなの!
「カイル……さん。帰って!」
「カイル……さん、ねえ。今日はそれで許してやるよ。じゃあな」
鼻歌を歌いながら満足げに帰っていくカイルさんの背中をにらみつける。
今日はにらみすぎて眉の間とか額とかが筋肉痛になりそうだわ。カイルさんの騎士としての立場を考えて悩んでいたのがバカみたい!
頬を膨らませ、ほてった顔を手であおぎながら結晶を瓶に入れる。
今度いつ来ても大丈夫なように、カイルさんにもらった服を着てみようかな。
そんなことを考えている自分がいることに気がついて、その場にずるずると崩れ落ちた。もうごまかせない。私、カイルさんのことが好きなんだ。




