1 記憶の魔女
太陽の光が窓から差し込み、テーブルを照らしている。
部屋には木の香りが漂い、落ち着いたあたたかみのある雰囲気を醸し出していた。
「失恋の悲しみを癒やしたいというご依頼ですね。かしこまりました」
思い悩む女の子の心を少しでも癒やせるように。安心できるように。
優しい声を意識して話しかけると、女の子はほっとしたような笑みをこぼした。
「魔法で悲しみを癒やすのは簡単です。ですが、魔法に頼らず時間に任せた方が良いこともあります。後悔しませんか?」
最後の確認をする。
この問いかけで依頼をやめるお客さまもいるのだ。最終確認は欠かせない。
「はい。よろしくお願いします」
女の子は真っ直ぐに私を見つめて、こくりと頷いた。意思は固いようだ。私も小さく頷き返して、紙に女の子の名前と依頼内容を記した。
「では、始めます。私の手にあなたの手を重ねてください」
両手を差し出すと、冷たくほっそりとした両手がそっと触れた。繊細な女の子の性格が表れたようなその手を柔らかく握る。緊張しているのだろう、その手は小さく震えていた。
「目を閉じて、あなたが癒やしたいと望む悲しみの感情を思い浮かべてください。ゆっくりで構いません。お客さまのペースで、少しずつ。強く、強く。イメージをしてください」
女の子の手の力が、少しずつ強くなっていく。同時に、手の震えはおさまっていった。女の子の頬に涙が伝うのを見て、私も目を閉じた。
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優しく話しかけてくれる男性。困ったような笑顔が好きだった。
会いたくてたまらなくて。会えると胸がいっぱいになって、何も話せなくなって。
ゆっくりでいいよと、笑顔を浮かべて言葉を待ってくれるところが大好きだった。
意を決して想いを告げた。
彼はいつもの困ったような笑顔よりもさらに眉尻を下げて、ありがとう、ごめんねと言った。
初めての失恋だった。いつまで経っても気分は明るくならなかった。
食べ物が喉を通らなくて、次第に痩せて。家族や友人に心配されて、魔法の力を借りてでも前を向きたいと思った。
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私はぽとりと涙をこぼした。女の子の手を握っていた右手を離して、すかさず涙を受け止める。
きらりと光る結晶は、青く澄んだ色をしていた。
「終わりました。ご気分はいかがですか?」
ゆっくりと目を開いた女の子はにこりと笑った。
「ありがとうございます、ティアさん。正直彼のことはまだ好きだけど、もう泣かなくても大丈夫そうです」
「そうですか、お力になれたようでよかったです」
キュルルルと可愛らしくお腹を鳴らした女の子は、依頼料を支払うとお店を飛び出して行った。
隣の部屋に移動して、涙の結晶を小瓶にそっと入れて栓をする。結晶は清らかで美しかった。
きれいな想いだったんだな。
結晶に閉じ込められた感情は私にはもう思い出せないけど、さっきはなんだか優しくて切ない気持ちになった気がする。
魔法を使う前に紙に書いた内容を参考に、瓶のラベルに女の子の名前と依頼内容を簡単に書いて仕事は終わり。引き出しに入れて大切に保存するのだ。
悲しい記憶に伴う感情を癒やしたり記憶そのものを消したりして、お客さまが明るい毎日を送れるようにお手伝いをする。
それが、記憶の魔女である私の仕事。