【途中】1-1
初稿
後で中身は変わる
タイトル BIOD
御水三十郎
○ 1-1
私は建設会社の事務員になりたい。
有り体に言えば、私はバウンサーで生活費を稼ぎ、高校の学費を払いながら、将来大学にいくために貯金している。
バウンサーとは、誰かの邪魔と判断された人を始末する仕事。両親に教えられ、おばばに教えられ、協会にも入り、今は一人で活動している。
始末するのは大体が男で、私は女子高生だから体躯の差や女ってだけで大抵舐めてくれるからやりやすい。
鉄バットでゴキン。
他の用心棒協会のやつらとは違い、私は準備してから対象をバットで殴り飛ばす。できるだけ早く始末しないと、次の日の学校に差し障る。
ゴツンとかゴーンとかカキーンとか、毛髪と頭皮と頭蓋骨に当たった時の音がして、依頼人に邪魔だと認定されたヤツは、ドアのつかみやリノリウムの床に、錐揉みしたりして正面から衝突する。
頭じゃないといけない。
大体は私が殴ったせいではなく、周りにあるオブジェクトにぶつかったのが致命的になり昏倒する。
数時間後に邪魔者と「協議」をして、いい回答が得られればココではない何処かへ移り住んでもらう。ダメなら山か海。自然と一体になれば、社会競争などどうでもなる。
お金の他に、最後の言葉を聴いておくとリピータが増える。
「今、誰の顔が浮かんだ。教えて」
それが私の日常。
正直、私は稼げている方だと思う。
普通じゃない。
早く大学へ行きたい。
私は建設会社の事務員になりたい。
その日の昼、知らない間にできた親衛隊と、彼女たちが勝手に作るお昼ごはんを食べ、感謝し、下駄箱を開けると、ラブなのかファンなのかのレターの中に、レターパックが入っていた。
レターパックA4で赤紙を貼る。バウンサーへの依頼の様式だ。
放課後18時に理科室の扉に手をかけると、四角いすりガラスの奥は塗りつぶした黒だった。
深呼吸。
理科室奥、理科準備室のドアの輪郭から光が漏れている。
深呼吸。
調べによると、今居る理科室でも、これからいく理科準備室でも、過去にそういう事故などは起きていない。
深呼吸して、引き戸を開け放つと、岩があった。
薄暗い理科準備室の中心には、大きめのゴツゴツした岩があった。私が腕を回して抱きつけるくらいの直径の、子供くらいの高さのある岩があった。よく神社にあるジグザグに切って連なっている白い紙が巻き付いていて、多分これは神聖なモノなんだろうと伝えてくる岩。
汚く小さい人形たち、額の写真、ガラス容器の大根、枝、ツギハギされた動物の頭の壁掛け。雑多で訳の分からないもの、剥製、ブラウン管テレビ、左手には棺桶もある、たぶん世界中にあるいらないものがこの部屋に集まっているんだと思う。
バサッ、バサッ。
右手には、壁から壁へ黒い幕が横断していた。しめ縄が幕の上部でとぐろを巻いている。これは線香の匂いだ。バサッ、バサッ、音がするたびに毎日両親の仏壇で嗅ぐ匂いが少しだけ強くなる。
木彫りのクマを拾う。ここはおかしい。県立高校の中というより、長年の資料や道具を積みすぎて掃除しようがない個人事業主の事務所みたいだ。それか、借金を作りすぎて夜逃げした質屋。
キュッ、喉が鳴る。お経か呪文か、朗々とした言葉がこもって幕を飛び越えてくる。声からして女。低音の響きの良い声だ。良く通る声でゴニャゴニャ唱えている。
幕に近づくと、バサバサにも、線香の臭いにも、お経にも近づく。幕の柄は長方形のチェック柄に見えていたが、近づくと文字か記号が墨でかかれたお札だった。法則性の感じられない貼り方で幕に散らばっていて……心臓の音がうるさい。
足がすくむ。息がしづらい。お経と御札と線香、バサッバサッ。幕を睨みつけたまま、クマをブルブル震えさせる。早く開放されたい。幕の奥の女は何もしてこない。
腕に噛みついた。やる。やる。やる。やる。やる!!
「ゆっきー、お客さん」
背後から叫ばれるがビクつくこともできない。動かない。羽交い締めにされているわけでも麻痺毒でもない。幕を払ったポーズで、ただ動かない。
大型テレビくらいある観音開きの仏壇が、長かったり短かったりする蝋燭の火に照らされている。煙がくゆり、白衣の背中が座しているのを、眼球で捉え続けるほかない。
「キタな。ちょうど今、助けがほしいところだった。ボクを助けてくれ」
至極冷静に言う白衣の女は、おもむろに立ち上がる。背を向けたまま迫ってきた。
避けた先の本の山から体制を立て直している私に、背中で襲いかかってくる。動ける。なに。恐い。恐くない。悲鳴が抑えきれない。飛び退く。薄ぼんやりの中よく見れば、シワがどことなく顔の形になっている、ような気がしないでもない。
「何をやっている!」白衣の女の声が、白い背中の前からする。「早くしろ!いつもやっていることなんだろ!」
岩を中心に部屋を回る。何かに躓く。くちばしがあり頭に皿のある干からびた動物の死骸だ。転べば当然、追ってくる白い背中はもうそこだった。
殴れ!
たぶん彼女はそう言いたかったのだろうが、木彫りのくまで後頭部を殴打した後だった。昨日バッドで殴り盛大に這いつくばった何とか組のヤツのように、白衣の女は背中でバンっと床に大の字になった。
それでやっとメガネと目が合う。私は戦闘態勢を崩さないで息を吐いた。恐怖が抜けていく。恐くなかったけど。白衣の女は、神鳥谷有紀だった。
「やはりボクの目測通りだった。ありがとう殺し屋のトシロウ」
神鳥谷有紀は、科学の非常勤講師。
28才。女。身長163cm。スラッとしている。B型。スリーサイズ不明。それ以外も全部不明。目尻がたれている柔らかい顔作りで丸いフレームの眼鏡。ボブヘア。黒シャツに白衣でジーパン。年中同じ恰好だ。
授業は、いたって普通。低く澄んだ声と美少年と美少女の狭間にあるようなビジュアルで、愛されイメージが浸透している。授業内容は手堅く理性的で、男女ともに静かに人気がある。
「何が目的」
「待ってくれ。脳しんとうを起こしている。あと3秒で気絶するからアヤさんに訊いてくれ。2,1」
カクッ、顔が少し傾き気絶した。きれいで安らかな笑みだ。手が視界の上から生えてくる。
「すっごいね~~。さすが殴りなれてる~~。あ。アヤっていいまーす。よろぴく~~」
私は後ろに跳ねて距離を取っていた。気配がしなかった。しかも相手は、目測2mある女だ。
白いブラウスの襟元を開けて、紺のネクタイを緩く締めて、紺のチェックスカート。この高校指定の制服だ。ウサギを彷彿とさせるほど目が大きく澄んでいて、ポニーテール。たぶん、日本とどこかのハーフだろう。
これはギャル。私が苦手なタイプの。不思議だ。言葉や雰囲気は能天気で軽いのに、役者顔負けの顔の良さと体躯のせいか、妙に圧がある。こんな目立つ女は校内を歩くだけで目立つのに、会ったことも調べたこともない。
こんなデカい女、どこに潜んでいたの?
「そんなけーかいしなくても、だーいじょぶだって~~。あたしたちは依頼人だから、ぜんぜんよ~~」
アヤと名乗ったギャルは、壁際で向かい合わせになっている応接用のソファーに、安らかな神鳥谷を横たえ、氷のうを頭にのせて介抱している。
「どうやって私を特定した。何が目的」
「あたしが調べたの! すごいね~~、トシロウちゃん? 優ちゃん? なかなかわかんなかったよ~~。やってるとこ見たりー、話しきいたりー。やっぱ人の話しきくのが一番いいよね~~」
痕跡を残すわけないし、お面で顔を隠してジャージだし、背丈も変えてるのにバレるわけない。バレるとしたら掟破りのバウンサーか、壁を貫通できる人外でもなければ無理だ。どれほど大きな情報網を持つ情報屋に依頼したのだろう。
「そんで優ちゃんに助けてほしいのはー、こうやってユッキーが幽霊を口寄せしたら撲殺してほしいんだ!」
「殺してない」
「芳賀さんはやはり呪われていたんだ!」
急な大声はビクッとせざるをえない。眠たげな目を開いて上体を起こす。デカいギャルが神鳥谷にメガネを装着した。
「すぐにでも刀の怪異が出た現場に行きたい。いくぞ刑部優くん」
「現場? 怪異?」
「まだ聴いていなかったか。ならば歩きながら話そう。タクシー!」
校内でタクシーを呼ぶ動作をしながら白衣が出ていった。
「ごめんねー。あーいう風になると人の話し聴かないんだー。いったげて」
「まだやるなんて言ってない」
「あれ、依頼のしかた間違ってた? ちゃんと用心棒協会に電話してきいたんだけどなー」
「すべて受けるわけじゃない。修理業者だって修理不能ならば拒否する」
「そっかー。普段の仕事より楽だと思うけど、ダメなんだー」
私はどうやってこの二人を始末しようか考えていた。息の根を止めると時間も金も体力もかかってコスパが悪い。事故に見せかけて動けなくして、然るべき機関に受け渡したほうが儲かる。ここは学校で理科室だ。不慮の事故が起こったとしても、あまりおかしくない。
ここは理科準備室で、訳の分からない物がたくさんあるから、例えば今背後にあるトーテムポールで殴打することもできる。
「普段の仕事よりもお金だすのになー」
「金じゃない、ブランドの問題。訳の分からない仕事を受けて、”トシロウ”の品位が下がったら困る」
「そういうもんかー。電気とかガス止まったら、あたしはヤだけど、優ちゃんは慣れっこなんだね」
「関係ない」
「あれ違った? 水道も止まってるっけ。電気水道ガス? 家かえってんの?」
「……関係ない」
「そうなん? あ、そうだ聴きたいことあったんだ。なんでお金いっぱい稼いでんのに、そんなにビンボーなの?」
「関、係、ない」
「そっかー。1年分は払えると思うんだけどなー」