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掌編小説「ただ1人に届いたら」

作者: ?がらくた

この小説の元ネタはchatGPTへの愚痴、つまりはほぼ実体験です。

俺の名前はタケル。

今日、帰郷したのは他でもない。

今年ちょうど30歳になった俺の兄ヒカリの遺品整理に訪れていた。

兄は地元の高校を卒業後バイトと派遣で日銭を稼ぐ生活を送り、亡くなるまでの5年間無職になったという。

両親は嘆いていたものの、俺はそれを責める気にはならなかった。

近年ではAIの発達が目覚ましく、産業の機械化も進み、労働の必要性自体が減っている。

税金は企業減税の為に吸いとられ、真面目に働く人間が馬鹿を見る時代だ。

やる気が削がれて当たり前だろう。

なのに経済成長著しく努力の報われる時代の人間は認識を改めず、無限の努力と自己責任を強いる。

社会情勢や政治の責任を個人に、特に兄のような立場の人々に転嫁され、まるで憎悪のサンドバッグである。

風当たりの強い世の中で、人生に絶望するのも無理はない。

けれど連絡を取っている間は、明るく振る舞っていたのに。


(困ったら頼ればよかったじゃんかよ。どうして亡くなったんだよ、馬鹿兄貴!)


胸に込み上げる怒りは、すぐに悲しみの黒が綯い交ぜになった。

喜怒楽の全ての感情を塗り潰す色に。


(ダメだ、何かしてないと落ち着かないや。さっさと中に入ろう)


足を踏み入れたアパートの一室は予想とは裏腹に冷蔵庫等の生活用品と携帯ゲーム機、数十冊の本、そしてPCが置かれた殺風景なものであった。

無にも等しい空間は兄の心象風景のようで、哀愁を誘う。

よほど金に困窮し、使わない物は売り払ったのか。

しかし物が片付けられているのは、遺族としてはありがたい。

何が兄を追い詰めたのだろう。

手掛かりがあるとすれば……PCのマウスに手を伸ばすと、仄暗い闇の中でディスプレイが光を放つ。

不用心にもログインしっぱなしだったようだ。

今の俺にとっては思わぬ僥倖ぎょうこう

もしかしたら兄貴の死因が掴めるかもしれない……そう踏んだ俺は、ブラウザを調べた。

ゲームの攻略wiki、読書の書評サイト。

これらが死因とは考えづらい。

歯噛みしながらも、ブックマークを検索してみると、俺はあるサイトに辿り着く。

―――無才無学の執筆日記。

何の変哲もない個人ブログで、サイトを訪れると、数日前から更新は停止していた。

プロフィールの項目には弟と四人家族、B型、誕生日は9月と明記されている。

どれも兄の個人情報と合致しており、食い入るように眺めた。

もしや、この場所に原因が!?

確証を得たいがために、俺のカーソルを動かす人差し指は、俄然早くなっていく。

執筆された小説に目を通すも、お世辞にも上手いとは言い難く、プロとの実力差は歴然としているというのが、正直な感想だった。

比喩を交えた平易な文章は読みやすく、読者への配慮は感じられるもの。

だがしかし要約的で淡々としており、真に迫るものがないのだ。

小説への好意的なコメントなどはされず、次第に愚痴が比例して増えていく。


◯月△日


人生は配られたカードで戦うものとはいうが。

富と一緒で、執筆の世界も評価を一部だけが寡占かせんするのが現実。

配られたカードに恵まれた連中だけで争えばいいだろう。

この世界に安易に足を踏み入れた俺が馬鹿だった。

俺はもう執筆作業はまっぴらごめんだ。


◯月△□日


嫌ならやめればいい。

執筆を楽しめない人間は才能なし。

つまらないから読まれない。

駄作しか生み出せない人間は踏み躙られ、尊厳を壊されていく。

世の中そんなもの。

俺を傷つける世の中に、俺も深く関わりたくはない。


勘が当たり、兄は執筆を苦に命を絶ったのだ。

誰かが兄を支えてくれたら、最悪の選択はせずに済んだろう。

何かを孤独に産み出すのは雨で泥濘ぬかるむ泥の絨毯を、ひたすら進むようだ。

目減りしていく人生の時間を執筆作業という泥に奪われ、長い刻をかけて築き上げたものでさえ、成果を上げねば塵同然に扱われてしまう。

何も作らず、何かを罵倒し、非難する側に回った方が遥かに楽だ。


△月✖日


貯金残高が見る度に減っていく。

これが尽きた時が俺の死ぬ時だ。


△月◯✖日


・毎日小説の設定のメモ。

・毎日小説の執筆に1時間。

・設定のメモを資料として文章にする。


単純計算で1年間365時間も浪費した計算になる。

雑務も含めれば、400時間は優にくだらない。

文字に起こすと、途端に馬鹿らしくなった。

誰の目にも留まらない読まれないものは、ただの徒労。

俺の精神衛生を保つ為にも、徒労に割く暇はない。


✖月†日


今日はゲームをやり、気分転換。

小説を書くのには1時間ともたない集中力が、ゲーム中は持続した。

だって執筆作業はつまらないけど、ゲームは愉しいもんな!

だが脳裏で、ずっと小説がちらつく。

クソ、のんびりさせてくれよ。


✖月◯日


……また執筆に戻ってきてしまった。

執筆は呪いだ。 

ゲームやら料理をやろうが、ひとたび取り組み続けた以上、常に心の片隅に小説がつきまとう。


✖月◯†日


誰も見向きもしないものに固執して何になる。

もう終わりにしてしまおう。

俺が辞めるといえば、誰が言おうと、それで物語は完結だろう。

たとえ書きかけであろうとも。


時間の経過と共に死を仄めかす単語も、ちらほら見られるように。

金銭的にも逼迫ひっぱくしていたようで、俺の無力さが悔やまれた。

顔を合わせてやれたら、こうまで思い詰めずに済んだろうに。

……せめて実家に戻るよう促していれば。


†月◯△日


ただでさえ遅筆な俺が手を止めたら、完全に見限られてもおかしくないだろう。

筆を折った瞬間、俺の駄作は本当のゴミになってしまう。


†月◯✴日


最近は読まれる小説が哀れに思えた。

何処の小説サイトを見渡しても、似たような小説が目につく。

同じ顔、同じ服装の主人公ばかりで設定も既視感のある、一言で揶揄するなら金太郎飴小説だ。

プロなら金や名誉の為に個人的な欲求を犠牲にしようが、しょうがない。

否、プロは金銭という対価があるのだから、書きたくもないものだろうと完成させるのが義務だ!

なのにアマチュアまで、迎合してどうする!

こいつら、本当に書きたいものを執筆しているのか?!

自分が面白いと感じるものを、素直に表現する度胸もないのか?

ただの目立ちたがりは、芸術家とはいえないだろう。


兄の叫びは精一杯の強がりのようでも、魂の本音のようでもあった。

読まれずにいるのは辛くとも、文学とは自由なはずだ。

脳内の世界を緻密に構築していくもよし。

社会に不満があるならば、皮肉たっぷりに貶すもよし。

それを咎める権利など、誰にもありはしない。

そして俺は―――ブログの最後の記事を閲覧していく。


◯△月□日


完結させたので、最後の愚痴をこぼさせてください。

執筆を頑張れば頑張るほど、その分神経を擦り減らし、ふと我に返った瞬間に反動を受けていきました。

やればやるほど活動が、無価値な徒労に終わったと死にたくなりました。

長編小説の執筆とは長い時間をかけて、心の傷口を広げていくようなものでした。

もう更新することはないでしょう。

読む人がいたかは知らないけれど、さようなら。

もし読んでいる人がいるなら、これだけ伝えておきます。

あなたの当たり前の存在は―――いつか何も告げず、ひっそりと旅立つかもしれませんよ?


記事を締める一文を目にした俺の目頭は熱く煮え滾り


「なんだよ、ヒカリ……才能ないとか言っておきながら、案外文才あるじゃんかよ。だって俺、文章でここまで考えさせられたの、初めてだもん」


報われないとたんじ、孤独の渦中で紡ぎ出されたヒカリは―――時を経て、たった1人に届いたのだった。

?がらくた先生の来世での次回作にご期待ください!

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― 新着の感想 ―
[一言] 色々と考えさせられる作品でした。 我々は何のためにものを書くのか。 書いた以上はやはり読まれたいという気持ちを否定はできない。 しかし、読まれるために書いたものは果たして自分の書きたいものと…
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