振られちゃったんで
主人公の比企ヶ谷は某主人公とは無関係です
放課後夕陽が差し込む教室。
俺は一人で机に突っ伏していた。
時刻は5時。もう部活組も帰っている頃。誰の人気もない学校はやけに静かだった。
「春明くんとは付き合えない。ごめんね」
彼女の言葉が頭をよぎる。ずっと好きだったクラスメイト。俺のかけがえのない存在。
結構仲良くて向こうもその気があると思ってた。弁当も一緒によく食べてたし放課後遊びに行ってた。恋人とも言えない微妙な距離感だったと思う。
だけどそれは俺の思い違いだった。彼女には他に好きな人がいた。隣のクラスサッカー部のキャプテンだ。成績優秀スポーツ万能。おまけにイケメンと来た。俺が勝てる要素がない。
冷たい机の上に頬をくっつける。視点は定まってない。ただぼーっとしてるだけ。ぶら下がったリュックに手をかける。だけど帰る気が起きない。
季節は夏。そろそろ夏休みがやってくる。
女の子と出かける高校生も多くなってくる頃だ。羨ましい限りである。
昔リア銃爆発しろってネットスラングがあったそうだが気持ちがわかる。ほんとに爆発して欲しいくらいだ。街ゆくカップルを見ればきっと死にたくなるだろう。
だったらもう外にはなるべく出ない方がいい。無理に苦しむ必要はない。今年の夏は引きこもりだな。
俺はそう考えながら席を立つ。
そんなところに。
「比企ヶ谷」
教師が現れた。俺がよく見知った教師。二年担当の国語教師、秋月先生だ。
厳しい先生でよく俺は補修に駆り出されてる。
「まだ残ってたのか」
先生は目を丸くして俺の元に来る。
こうやって近づくと本当に背が小さい。見た目小学生くらいにしか見えない。
170センチある俺に対して先生は140ないんじゃないだろうか。
これでアラサーなんだから驚きを隠せない。32歳らしい。
そんな先生の小さい顔が俺を見つめる。
「どうしたこんな遅くまで残って」
「ちょっと用事があって」
用事なんてない。それは嘘だ。本当は振られた空虚感埋めるために帰れないだけである。
「そうか。もう暗いからな。早く帰るんだぞ」
先生はそういうと踵を返す。教室の鍵を閉めなければいけないのだろう。俺も早く出なければ。
「比企ヶ谷?」
しかし出れなかった。足が動かない。このまま出たらひとりぼっちだ。それは寂しい。俺はそんな寂しさに耐えられない。
顔を下に向け立ち止まる。
「どうした比企ヶ谷?」
「いやちょっと」
振られたなんてカッコ悪いこと言いたくない。それを言ってしまったら男としての面子が丸潰れだ。だから言わない。言わないと思ってたけど。
「なんか俺の振られちゃったみたいで」
誤魔化すように笑顔を作る。
ちゃんと笑えてるだろうか。ちょっと口元が歪んでるっぽい感触がある。
でも上出来だ。これなら相手に心配をかけず何事もなかったかのように通り過ぎれる。
これで話は終わりだ。あとは帰るだけ。
俺はカバンを持つとそそくさと教室を出ていく。
そして下校。帰っていつものように夕飯を食べるのだ。
と思っていた。
何もせずただ突っ立てる俺を先生は抱きしめた。
小さな体で俺の頭を包み込むように。
「何があったか知らんがそんな顔をしてる生徒を返すわけにはいかないな」
風が吹く。夏の風。少し冷たい風。それが窓からカーテンを揺らし入ってきた。
「何やってんすか」
「それはこっちのセリフだ」
そう言って先生は俺の頭を胸に寄せる。柔らかい感触が顔に伝わってくる。
俺はそれに身を委ねた。自然と涙が溢れてきた。泣き顔なんて見せたくないのに先生の白いワンピースを濡らした。