鮮やかにさす
鮮やかにさす
長い睫毛が濡れている
「女の子みたい?」そう思った
外回りから帰ってきた公平の様子が いつもと違う
話し掛けようとして ためらった
メールを打つ
「明日休みだし 帰り何処か行く?」
暫くしてからの返信
「ありがとう でも今日は ちょっと」
「分かったよ またな、、」
彼は俺よりも 2つ年下
人一倍がんばり屋で 仕事も出来るし 信頼も厚い
誰とでも分け隔てなく話しもするし 驕った態度は取らない
評判はすこぶる良い
俺とは帰る方向が一緒なので 自然と仲良くなった
俺は彼を尊敬している
そして違う感情も 持っていた
夕方から降り出した雨は 札幌の街を濡らす
大通り公園のリラが この時期特有の曇った空に 鮮やかな色をさす
俺は底冷えする体を抱えながら 帰路を急いだ
家に着いて シャワーを済ませてから いつものように一人暮らしの気楽さを 満喫する
ビールを飲みながら テレビを点けて スマホのチェック
チャイムが鳴った
「誰かな」
ドアを開けた
公平が立っている
雨の雫が髪から肩にこぼれた
コートがところどころ擦れたように汚れてる
「おいっ 大丈夫か 良いから早く入れ」
コートを脱がせて 急いでタオルを持ってくる
濡れた髪を拭いてあげた
「これを着な」
俺の部屋着を渡した
大きめな部屋着の彼はいつもより 華奢で繊細に見えた
牛乳を温めカップに注いだ
それを公平に持たせる
「あついから気をつけてな」
「うん、、」
彼はゆっくり飲んでいく
頬に赤味が差してきた
「遅くにごめんなさい」
「良いから気にすんな」
「それより 風邪惹かないか?」
毛布を取ってきて 掛けてあげた
「ありがとう、、、」
それから暫く 彼も俺も何も話さずにいた
テレビはニュースを流してる
公平が口を開いた
「今日 取引先に行った時 大手の企業の方を紹介されて 会うことが出来て 親切にしてもらったんだけど、、」
「その人 俺に、、」
公平が黙った
「もう良いから 言わなくても」
「俺はいつだって公平の味方さ
明日休みだし ゆっくりしていけ」
俺には分かった
彼がどんな目に 遇ったのか
彼の魅力を 知っているから
その魅力に 惹かれてるから
少し小柄な彼が放つものは
輝いて見えるし 濡れてるようにも見える
それは不思議なくらい 心地よくて いろんな色を巻き込みながら 体の奥底まで入ってくる
迷路に迷い込んで 抜け出せなくなるような
そんな危うさも襲ってくるけど
勿論 彼が悪い訳ではない
俺は公平が好きだ
時々 溢れる程に思う
ただ彼に 嫉妬もしていた
今も公平の辛そうな顔に ときめいてる
お湯で割ったウイスキーは 香りを漂わせる
公平の前に そっと置いた
小さなテーブルに有り合わせのおつまみを並べる
俺も飲みかけにしていたビールを飲んだ
公平の顔から不安が消え ほっとしたように寛いでいくのが分かった
「今日は本当にありがとう」
お酒に弱い彼は 潤んだ目をしていた
そんな目で俺を見つめる
たまらなくなって 公平を押し倒した
そのまま夢中で 唇を奪う
我に返って焦って離れた
彼はびっくりしている
「ごめん」
小さな声で謝った
公平はかすかに微笑んで 俺の手を握ってくれた
髪を撫でてくれた
それからその指は 俺の頬を包んで
彼から唇を重ねてくれた
俺の目は 涙であふれる
まるで母のような 優しさだったから
その優しさは 俺を駄目にするのに
俺は公平に甘え 執拗に体を求めた
少年のような滑らかな肌は 手のひらに合わせるように しっとりしている
その肌を強く吸ったり 甘く噛んだりした
公平は痛みに堪えて 苦悶の表情を見せてくれる
それはとても美しく 儚げだった
俺はそんな公平に感動し それ以上に興奮した
最初は恥ずかしそうに 抑えていた喘ぎ声は
快感を浴びながら徐々に膨らんでいく
音をたてて弾けた
公平の体が 俺の中で震えている
紅い痕が浮かんできた
俺のものにしたんだ
有頂天の俺が心の中で叫んだ
本当は 俺が公平のものになったのに
朝日はいつもより 熱を蓄えて昇ってきた
俺の横で眠る公平を 切なく見つめる
この時間を永遠にしたくて
悲しいくらい そう思った
職場では 今まで通りだった
俺から無理に公平を誘うことはしなかった
それでも時々 二人で飲みに行った
俺の家に来る事はあれ以来なかったけど
季節が変わる頃
公平は実績を認められ 東京本社に栄転になった
送別会の日
俺は公平を見ることが出来ないまま
酒を飲んでいた
公平は職場の仲間と別れの挨拶を交わしてる
一瞬 目があった
その目は潤んで 少し悲しげだったけど
俺を真っ直ぐに見てくれた。
そしてかすかに微笑んでくれる
あの日みたいに
記憶はそこで止まってる
それから暫くして 公平が社長令嬢と婚約した噂を耳にした
俺は公平との思い出を消すために
違う会社に就職した
新しい職場にも慣れていった
公平のいない淋しさを埋めるように俺は仕事に没頭した
北国は 冷たい季節を先取りする
ダウンコートをまとっての通勤が 始まった
仕事帰りに 公平と通った道を歩く
新雪に自分だけの足跡を付けながら
降り積もる雪は それをも消してくれる
月日は 時には早く
時には 残酷な程 遅く過ぎていく
初夏の風が 札幌の街を吹き抜ける
大通り公園を花が彩る
この季節を
待ちわびて 溢れるように
仕事帰り 温かさに誘われて ベンチに座ってみた
木漏れ日の眩しさに 思わず視線を落とした
スマホが 鳴った
懐かしい声が聞こえてくる
「今 どこにいる、、?」
「えっ 大通り公園のベンチ」
嬉しさのあまり声が上擦った
「やっぱり、、、」
スマホが切れた
花の香りを乗せた風が光った
俺は胸の高鳴りを抑えた
それでも景色は滲んでいく
足音が近づいてくる
振り返る
公平と一緒の時間がブレーキを壊していく
もう後戻りは出来なくなった
公平と一緒に住み始める
公平が俺を愛してくれる
その愛は 不器用さを上回って
攻めてくる
俺の体は何度も答えた
期待と不安と嬉しさが交差する中で
公平の優しさに俺はいつも震えた
俺の横に眠る公平を見つめた
あの日の思いが蘇る
カーテン越しの朝日が
公平を優しく包む
二人で選んだ愛の形が
ここにある
全ての人がそれぞれの愛の形を自由に選べるように
誰もが否定しないで
誰もが 祝福できるように
そんな世界を夢みて
季節はその時 その時の美しさを持ってやってくる
大通り公園を手を繋いで歩いた
冷たくなった秋の風が銀杏の葉を揺らす
黄色の葉が 公平の肩に乗った
俺らは目を合わせて笑った
そして幸せを感じた
日常の一瞬 一瞬が 大切で
愛しい時間にかわっていった
真っ青な空が どこまでも広がってる
まるで全てを染めるように
そして二人の心を
鮮やかにさす