Episode 7.誰にも消したい過去はあるのです。
皆が寝静まった夜中、私は寝付けず起きていました。
リスティス叔母様が最近、本当に一人で出かける姿を見なくなりました。
“名付き”スライムで恋人のユーレと何かあってから、早いもので半年程が経ちます。
丘へ行ったあの日、家に戻ると執事長からリスティス叔母様はこっ酷く叱られてしまいました。
あの丘へ私を一緒に連れて行ったのが原因でした。
その時、メイド達の立ち話を聞いたのですが、あの丘では最近、女性ばかりを狙い婦女暴行するゴブリンが出没しているらしく、地域の若い女性が婦女暴行被害に遭われたばかりのようでした。
そんなことが起きていたとは知らないリスティス叔母様は、親切心からかユーレに逢いたかったからなのか、丘へ私を連れて行ってくれたのですが、タイミングが悪すぎたのです。
私は、リスティス叔母様とユーレの間に何が起きたのか…老婆心から知りたくなってしまいました。
出来る事なら、二人には幸せになって欲しいからです。
――ピトッ…。
「おばさま、ゴメン。『きおくよみとり』」
私は寝ている、リスティス叔母様の脳天に左手を当て、唱えました。
――ブンッ!
この魔法は、古の魔法の為…使える者はもう僅かしか残っていないと思います。
私の頭の中にリスティス叔母様の記憶が流れ込んで来ました。
ユーレとの馴れ初めから知りたかったので、リスティス叔母様の十年前から現在までの記憶を手始めに読み取ったのですが…あまりにも凄惨な過去を抱えている事が分かったのです。
それは、国の騎士団時代にリスティス叔母様の置かれていた境遇についてです。
リスティス叔母様は騎士団時代、一目置かれる魔法剣士だったと言う話をお母様から聞かされていました。
実際、リスティス叔母様の記憶を見てみると、聞かされていた話とは全く掛け離れすぎた実情でした。
リスティス叔母様は、騎士団では…所属している小隊の男達の欲望の捌け口として、その処理を日頃より担当させられていたのです。
戦場へは必ず従軍させられ、その際は足元まである長い羽織物のみしか身につけることを許されず、男達の相手をするのがリスティス叔母様の役目でした。
騎士団の小隊の試験と称し、全裸にさせられたリスティス叔母様一人でゴブリンが巣喰う洞窟に挑まされる事もあったようです。
その結果は大体想像はつくかと思いますが、ゴブリン達に滅茶苦茶にされている最中に、リスティス叔母様を助けてくれようとしたスライムが現れたのです。
ゴブリンは五体おり、スライムは一匹だけでしたので劣勢かと思われました。
ですが、歴戦のスライムなのか水系スキルに長けており、リスティス叔母様から離れない二体のゴブリンを引き剥がす事に成功すると、リスティス叔母様の身体を包み込み、非常に密着感のある水着のような鎧と武器に変化しました。
そこからは水を得た魚のように、リスティス叔母様は形勢逆転し、自分の身体で楽しんでいた五体のゴブリン達を打ち倒したのです。
そこで、自分を助けてくれようと善戦したスライムへ…お礼も兼ねて、ユーレと名付けたのです。
元々、その洞窟はユーレの一族のスライム達が暮らす場所でした。
ある時、五人のゴブリンがやってきて一族の大半は殺されてしまい、洞窟も奪われてしまいました。
ユーレは復讐に燃え、色々な敵対する魔物を倒しながら力をつけていたようです。
たまたまその日、ユーレもゴブリン達に挑みにきた所だったようで、ユーレが挑みに来なければと思うと、当人ではないですが…想像するだけでゾッとします。
それから、リスティス叔母様とユーレの交流が始まりました。
お礼をしに次の休日、洞窟にリスティス叔母様が赴くと、スライムらしくない姿に変容した異形のスライムが居ました。
リスティス叔母様に名前をつけてもらった日の夜、ユーレは“名付き”のスライムに進化を遂げたとの事でした。
ユーレに自分の置かれている境遇等を話すうちに、二人は親密な仲になるのにそう時間は必要ありませんでした。
ユーレは、リスティス叔母様が男達に望まぬ妊娠させられないように、自分の身体の一部を避妊装置としてリスティス叔母様の身体の中に入れてあげていたようです。
そして、私の乳母になる為、リスティス叔母様は騎士団を退団する事になったのですが、その際…退団式と称して大勢の男達から想像を絶する送別を受けたのです。
騎士団から去る際も、衣類は与えられず全裸で送り出されたのですが、詰所から出て街道を歩き始めた辺りで、ユーレがリスティス叔母様の前に現れて、いつの間にか彼女の為に用意していたドレスを手渡したのです。
手渡されたドレスをリスティス叔母様は街道の傍で着ると、その足で我が家へ乳母として来たという衝撃の事実を知る事となりました。
ユーレは我が家の裏手の丘に身を隠し、リスティス叔母様をずっと見守っていたようなのです。
最近の記憶を見たのですが、ユーレとリスティス叔母様の仲には、特には問題は起きておりませんでした。
ただ、リスティス叔母様はユーレの子供が欲しいらしく、あまりにせがんできたので、半年逢うのを控えようと言う提案をユーレがしたようです。
そこはホッとしましたが、ふと私が気になったのは…そろそろ半年経つと言う事、丘には接近禁止令が出ている事です。
でも、丘の頂上の位置は私が『位置記憶』してあるので、『空間転移』を使えば、リスティス叔母様を連れてすぐにでも行けそうです。
あとですが、リスティス叔母様の記憶を見てハッキリした事があります。
私の魔力量がある程度まで育ったら、真の敵の本拠地を塵一つ残らぬくらいにして平和にしようと思います。
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ベッドの上で、私とリスティス叔母様が寄り添い寝ています。
「おばさま?おきてる?」
ここ最近、リスティス叔母様の呼び方を少し変えて、”おばさま“だけにしてみたのです。
「はい…アルシェ様。先程、私に何かされたのですか?」
思い切って、リスティス叔母様に記憶を見た事、騎士団時代の事、ユーレの事を伝えました。
すると…リスティス叔母様は両手で顔を覆うと、声を出して泣き始めてしまいました。
「うぅぅぅっ…。辛かったよぉ…。嫌だったよぉ…。ぐすん…ぐすん…。」
リスティス叔母様から泣きながら本音が聞こえてきました。
「おばさま、えらい。えらい。」
こう言う時は、褒めて、聞いて、慰めてあげるしか出来ません。
「うぇぇぇぇん…。私は…アルシェ様の憧れるような魔法剣士じゃないのぉ…。皆から“便器”って呼ばれてたのぉ…。うぇぇぇぇん…。うぇぇぇぇん…。」
確かに、リスティス叔母様の記憶の中では、騎士団の中で名前で呼ばれたことは一度たりともありませんでした。
詰所の敷地内では、衣服は着させてもらえず、全裸で過ごして居たのです。
「おばさま、わたし、あいつら、たおす!!やくそく。」
泣きじゃくるリスティス叔母様の頭をヨシヨシしながら、私はそう言いました。
「アルシェ様ぁぁぁぁっ…。うわぁぁぁぁん…。」
リスティス叔母様の姿を見ていたら、ふと…私の大好きだったアイツの事を思い出してしまいました。
何故だか…お母様も含め、リーズランデ家の女はアイツによく似てるのです。
三百年くらい前、私の居城の寝室で一緒に寝ていたはずなのに…朝起きると私の隣から突如として消えてしまった、可愛い女悪魔に…。
私は、確認したい事が今一つだけあるのです。
それは、リーズランデ家の始祖で、“悪魔”と呼ばれたアーシェという人物の事についてです。
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この話の主な登場人物
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名前 :アルシェ=デルジェイム
年齢 :5歳
性別 :女
種族 :人間
職業 :なし
魔力量:31
魔法 :未知の魔法
スキル:未知のスキル
肌 :肌色(ブルベ系)
髪 :ボブ(黒色)
目 :焦茶
その他:七英雄の一人、魔法騎士アルディスの末裔。
異世界転生者。
元災厄レベルの悪魔。
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名前 :リスティス=リーズランデ
年齢 :28歳
性別 :女
種族 :人間
職業 :アルシェの乳母兼護衛
魔力量:284
魔法 :中級魔法全般
スキル:剣士スキル全般
肌 :肌色(ブルベ系)
髪 :ロング(黒色)
目 :焦茶
その他:七英雄の一人“悪魔”のアーシェの末裔。
元国の騎士団所属の魔法剣士。
アルシェの叔母(母の妹)。
グラマラス&スレンダー。
アルシェ崇拝者。
ユーレとは恋人同士。
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名前 :ユーレ
年齢 :不明
性別 :無性
種族 :スライム(のはず)
職業 :不明
魔力量:不明
魔法 :不明
スキル:不明
肌 :水色
髪 :長髪のような形
目 :◉
その他:リスティスが名付け親の”名付き“。
頭や髪や四肢のようなものがある。
リスティスとは恋人同士。
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