Episode 2.名前はアルシェと呼ばれているようです。
人間に私が転生してから約一年位経とうとしていた。
目もしっかりと見えるようになってきて、母や乳母に連れられて外出をすると驚きの連続でため息が出そうになるくらいだ。
なぜかと言えば、この世界の文明は私の居た世界に比べてかなり進んでいる。
私の居た世界では、乗り物は馬車しか無かったのだが…車輪のついた巨大な鉄の乗り物が街の中心を走っていたのだ。
勿論、馬車も走っているのだが、長距離ではなく短距離中心に利用されていて客車のみの作りが殆どなのだ。
服装も、文明レベルが全く違い…精巧な織物が殆どで、革や植物素材を身につけている人間を全く見かけなかったのだ。
私が着させられている乳児用の服に至っても、とても肌触りがよくてずっと着ていたい感じだ。
先程、母と乳母と言ったが、今の私の取り巻く環境について簡単に説明するとしよう。
まず、私の生家はやたらと大きい。
ざっくり言うとだが、文明レベルのそれ程高くない世界で例えると領主レベルの住まいに相当と言えば、想像つくだろうか?
まぁ…恥ずかしながら、母や乳母に抱き抱えられての移動しかした事がないので、生家の全容把握は出来ていない。
家族構成は…祖父、祖母、父、母、兄、兄、私のようだ。
言葉がまだよく解らないので、確定とは言えないのだが…私を連れて家に戻った際に、私を取り囲んだのが先程あげた者達だった。
それに加えて、使用人が居るようで、着ている服の格好からあくまで私の推測なのだが、執事、執事、メイド、メイド、メイドが居て、その他に乳母が居る。
乳母については…母によく似ているので母の姉妹なのかもしれない。
私の名前だけは分かっていて、”アルシェ“と呼ばれている。
残念ながら、この世界の文字や言葉についてまだ教わっていない。
あと、この世界の事で…気付いた事がある。
この世界は何か言葉で唱えると、自分のステータスが目の前に表示されるようだ。
どう言う原理で空間に文字が表示されるのかは知らないけれど。
母が私の居る側でステータスを表示させた事があった。
文字や言葉が解らないので読めなかったが、他人でもステータスを見る事が出来るようだ。
それを知ってしまってからと言うもの、早くこの世界の文字や言葉を覚えたくて悶々とした日々を過ごしている。
――――
「おかあさま!!レスティアおかあさま!!」
私は家の二階の自分の部屋の出窓から、執事と一緒に用事に出掛けていて帰ってきたお母様の居る庭に向け呼びました。
「アルシェ様?!危ないです!!これ以上…出窓からは身を乗り出してはいけませんよ?」
今、私が落ちないように抱きしめながら、優しく叱っているのは乳母で…お母様の妹のリスティス叔母さんです。
私はどちらかと言えば…リスティス叔母さんの方が好きです。
今日は私の五歳の誕生日なのです。
恐らくですが、お母様達は私の誕生日を祝う準備のため、朝から何処かへ出掛けては帰ってきて、また出掛けるということを繰り返されています。
――コンコンコン
私の部屋の扉を誰かが叩きました。
「だぁれ?」
私は部屋の外にいる誰かに対して声をかけました。
「アルシェ?ボクだよー?」
この声は…私の三歳上の兄のエルシェスお兄様です。
「エルシェスおにいさまですか?」
「そうだよー?ただいま!!またあとでね?」
エルシェスお兄様は、英雄候補を育成する学院の小等部に通われており、時間的に今日の授業が終わり帰ってこられたのです。
よく考えてみれば、あれから四年近く間が空いてしまいました。
私は今日までの四年の間…ごく普通の人間の女児としての生活を謳歌してきてしまいました。
それには色々と深い訳がありました。
まずですが、私が二歳の誕生日を迎える一ヶ月程前より、文字や言葉を乳母から教わり始めました。
そこで、私は『ステータス』と言う言葉を優先して習得しました。
それは、お母様が『ステータス』と唱えて、自らのステータスを表示していたからです。
私は夜皆が寝静まった後で、『ステータス』と唱えてみたのです。
すると…魔力を消費しなければ『ステータス』は使えないようで、二歳の私では唱えるのに必要な魔力が足りずに使えないようでした…。
人間の溜めることのできる魔力量が少ないと言うことに、この時私は気が付いたのです。
前の世界で悪魔として生きてきた私は、魔力が枯渇したり足りないと言う経験は一度もありませんでした。
物心つくかつかないかくらいの幼い頃から、魔法を使って生きてきたのです。
魔法は使えて当然の事でした。
それがどうでしょうか…この人間の女児の身体では、ステータスを見ると言う簡単な魔法ですら魔力不足で使えないのです。
あ、そうですね?
私の家族の話をしましょう。
私の家は、この世界を魔神の侵略から救った七大英雄の一人、魔法騎士アルディスの末裔で、代々英雄“候補”を輩出しているデルジェイム家として地元アルディスを治める名主として有名です。
ですが、アルディス以外に真の英雄になる者は、この三百年の間未だ現れておりません。
魔法騎士の末裔と言うだけあり、魔法と騎士スキルには適性があるようです。
代々デルジェイム家の妻には、魔法使いの家系、騎士の家系の娘を迎えており、どちらの適性も廃れる要素が一切ありません。
お母様は、七大英雄の魔法使いの末裔なので、『ステータス』の魔法が容易に使えていただけでした。
その事実を知ったのは、私が三歳になった時のことです。
ベッドで寝る前の昔話として乳母から聞かされた時、気づきました。
お父様の名前はアルウェイドと言います。
そして、魔法騎士として地元アルディスを護る自警団の団長をされている為、あまり家には帰って来ません。
その自衛団に情婦がいるから家に寄り付かないだけと言う、もっぱらの噂があります。
お母様はお母様でここ最近、若い男と出掛ける姿を何度か見かけております。
乳母である、リスティス叔母様はここに来る前、魔法剣士として名を馳せていたようなのですが、女という事で手柄を奪われたりと割を食わされていたようです。
お母様が私を身籠もった時に、辛酸を舐めていた妹に心を痛めて居たようで私の乳母として…護衛として…頼み込んでこの家に迎えたそうです。
姪と叔母という関係なのですが、本当の親娘のように接してくれるので世界で一番大好きです。
祖父と祖母も居ますが、私は二人のことをあまり好きではないので割愛します。
女として産まれた私の事を、政治の道具としてしか見ていないからです。
兄は二人いて、一番上の兄はエルウェインと言う名前で、七歳上なので…今十二歳になります。
二番目の兄と同じ、英雄候補を育成する学院の中等部に通って居ます。
一言で言えば…性欲の塊で、地元の同年代の女の子を何人も孕ませています。
不思議と自分の家に居る使用人には手を出さないようなので、少しホッとしています。
祖父や祖母の目が怖いだけなのかも知れませんが。
二番目の兄は、私に溺愛しており乳母の隙あらば傍に居て面倒を見てくれようとします。
乳母にとっては、エルシェスお兄様が居ると、私の世話や教育を非常にやりづらいようです。
その為、最近では私の部屋にはエルシェスお兄様は立ち入り禁止となってしまいました。
なので、先程のように私に扉の外から声をかける程度で立ち去っていたのでした。
――――
五歳の誕生日をお母様、乳母、二番目のお兄様と使用人達で祝って貰いましたが、私の心ここに在らずでした。
二歳の誕生日から『ステータス』の魔法を試し始めて…魔力量が足りず失敗する事はや三回です。
今夜、皆が寝静まった後、四回目の挑戦となるのです。
もう五歳なのだから、この身体もそれくらい使えるようになっていて欲しいのです。
「アルシェ様。今夜、決行されるのですね?」
ええええええええええええええええ?!
乳母に…リスティス叔母様に…バレている!?
「い…いつから??」
「はぁ…。私を…一体誰だと思っているんですか?アルシェ様のお・ばですよ?二歳の誕生日の夜中でしたよね…はじめられたのは。」
「うん…。」
もう完全にバレていたので、頷くくらいしか私には出来ませんでした。
「それからは…決まってお誕生日の夜中でしたよね?」
「うん…。」
魔法剣士だったリスティス叔母様を甘く見ていた私は馬鹿でした。
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この話の主な登場人物
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名前 :アルシェ=デルジェイム
年齢 :5歳
性別 :女
種族 :人間
職業 :なし
魔力量:不明
魔法 :不明
スキル:不明
肌 :肌色(ブルベ系)
髪 :ボブ(黒色)
目 :焦茶
その他:七英雄の一人、魔法騎士アルディスの末裔。
異世界転生者。
元災厄レベルの悪魔。
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名前 :リスティス=???
年齢 :28歳
性別 :女
種族 :人間
職業 :アルシェの乳母兼護衛
魔力量:284
魔法 :中級魔法全般
スキル:剣士スキル全般
肌 :肌色(ブルベ系)
髪 :ロング(黒色)
目 :焦茶
その他:元国の騎士団所属の魔法剣士。
アルシェの叔母(母の妹)。
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