トラック
気づけば暴走トラックが目前へ迫っていた。
……駄目だ。
もう避けられるような距離じゃなかった。そんなに人は素早く移動できやしない。
なぜか世界が色を喪い灰色となっていく。
これは走馬灯というやつか?
絶体絶命の窮地から脱しようと、過去の記憶から解決策を探して脳が足掻く。それが死に際に見る走馬灯の正体だという。
だが、色の認識すら省略して全リソースを注いでも、俺の脳は打開策を見いだせないようだった。
歯噛みしている間にも少しずつトラックは詰め寄ってくる!
これで終わりなのか? こんなに呆気なく死ななきゃならない?
絶望に呻き、俯きかける。
それで視界に入った自分の旋毛を見て、場違いにも将来を憂う。
……今日死ぬ人間が、頭髪の未来を気にしてどうする? 土壇場での馬鹿さ加減に、自分でも呆れてしま――
どうして俺は、自分の頭頂部を目視できるんだ!?
慌てて俯いたまま、頭上を見上げた。
見知らぬ男が俺を見上げている!
俺は見知らぬ男を俯瞰していた!
いや、俺は見知らぬ男だ! なぜか半透明で幽霊みたいだけど!
見知らぬ男から俺が、まるで幽体離脱したみたいに背中から上半身だけ抜け出ていた。
さらに何処からかともなく音楽が――とてもオサレな音楽が流れてくる!
いや、俺が気付けなかっただけで、世界が灰色になってからずっと?
そして少しだけ、またトラックが詰め寄ってくる。
嗚呼、思い出した! 何が起きているのか、俺は知っている!
このオサレな音楽――確かアシッド・ジャズとかいった――が、動かぬ証拠だ。……実際に現象として聞こえるとは、夢にも思わなかったけど。
世界が色を喪っているのだって、俺が過集中しているとも……グレー・アクセルとかいう特殊モードを発現中ともいえる。
それは時間の流れそのものが遅くなり、死を回避するチャンスが与えられるゲームのシステムだ。
記憶を裏付けるかのように、また少しだけトラックとの距離が詰まる。
つまり、とにかく避けねば死ぬ!
幽体離脱している俺の手を精一杯に伸ばす。
狙い通りに木の枝を掴めた! このままトラックをやり過ごすように引っ張り上げれば――
だ、駄目だ! 俺は見知らぬ男と同じくらいの力しかなかった!
トラックは目の前で、もう全くの猶予はない。
俺に引っ張られながら、見知らぬ男はトラックの前面を駆け上る!
一人では引き上げられなくとも、二人で力を合わせればいけるはずだ!
スローモーな世界で水のように重い空気を必死に掻き分ける! あと少しだ!
しかし、完全には間に合わず、俺達は弾き飛ばされた。幸運なことに、道路と歩道を区切る生垣へ向かって!
さすがに体中が痛い。
主人公みたいにスタイリッシュな対処はできなかったけど、生き延びた! それで十分だろう!
そんなことを思いながら俺は気絶した。