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異世界恋愛系(短編)

40歳独身で侍女をやっています。退職回避のためにお見合いをすることにしたら、なぜか王宮の色男と結婚することになりました。

「41歳の誕生日までに結婚しないと、あなたは城勤めの資格を失います」


 久しぶりに上司に呼び出されたと思ったら、開口一番にそんなことを言われた。えっと、何をおっしゃっているのかよく理解できないんですけれど?


「すみません、初耳なんですが」

「そうですね、わたしもこんな話をしたのはあなたが初めてです」


 何それ、不文律ってやつですか。いちいち言わなくても、さすがに40歳までにはみんな結婚するだろうってか。


 まあ、確かに城の侍女は、下級貴族の花嫁修行として大人気ですけれどね。ちくしょう、全員が全員結婚できるわけじゃないっつーの。


「ちなみに、私が41歳を迎える誕生日まで今日を含めてあと3日だとご存じの上でのお話ですかね?」

「もちろん。誕生日当日には入籍しておく必要がありますし、本日はすでに夕方ですので、期限はほぼ明日1日とも言えます」


 交渉の余地がない上に、死亡宣告とも言える言葉に絶望した。いやもう確実に詰んでるでしょ、これ。


 呆然とする私を前にしても、ひっつめ髪に銀縁眼鏡の侍女長は顔色ひとつ変えない。私が王宮に勤め始めてから25年。まったく変わらぬその外見にふと疑問が生じた。


「ところで、侍女長って今おいくつなんですか?」

「急にどうしたのです」

「すみません、鉄面皮の侍女長でさえ結婚してるんだなあと思ったらうっかり口が滑りました。どうぞお許しください」

「まったく、あなたというひとは」

「危ない危ない、クビになる前に物理的に首が体から消えるところだったわ」

「あなた、謝る気なんてさらさらないでしょう!」


 王宮の侍女は、総じてセクハラ被害に遭いやすい。それを阻止し、あまつさえ不届き者を独自に成敗していると噂の侍女長まで結婚しているとは。


「それにしても結婚ですか……。今からどう頑張っても時間的に無理ですね。かくなる上は、報酬をちらつかせた上で偽装結婚するよりほかにないか……」

「何を考えるかは個人の自由ですが、直属の上司の前で不正を企んでいることを大っぴらにするのはやめなさい」

「ちなみに、一度結婚すれば離婚しても資格的には問題ないんですよね?」

「離婚前提で結婚するとはなにごとです。あなたにも良い仲の男性のひとりくらいいるのではありませんか。例えば……」

「よし、善は急げだ。とりあえず近くのお見合い斡旋所に駆け込んできます。すみません、今日は早退でお願いします!」

「待ちなさい、最後までひとの話を聞きなさいと何度言えばっ!」


 侍女長のお説教を置き去りにして、私は走り出す。そういうわけで離婚前提の結婚相手を探すべく、お見合いをすることにした。




 ******




「くそっ、なんなのあのお見合いのラインナップは。クズしかいないのか、この世の中は!」


 私は、お見合い斡旋所を通して紹介された男性陣の釣書を思い出しながら、ビールをあおった。鬱憤(うっぷん)は酒を飲んではらすに限る。


「事前に提示した慰謝料を払うので、1年後に必ず離婚してほしいって伝えているのに。どうして紹介される男性の釣書が、『妻を病気で亡くしたから、子どもの母親になってほしい』とか、『病気の両親の介護をしてほしい』とかになるんですかね。新しく来た母親が1年でいなくなったらトラウマだし、介護要員が欲しいなら最初から家政婦を雇えや、ボケ」

「ほらほら、女の子が『くそ』とか『クズ』とか『ボケ』とか言わないの」


 くだを巻く私のことを、隣に座る美形――フェル――がなだめた。銀灰色の髪に菫色の瞳。整いすぎた顔が冷たい印象にならないのは少し垂れ目がちなおかげ。彼みたいなイケメンなら、ハゲようが水虫になろうがモテ続けるのだろう。


「何ですか。あなた『可愛い女の子はお手洗いに行かない』とか言うたぐいの人間でしたっけ? だったらお呼びじゃありませんから、あっちに行ってください」


 しっしっとフォークの背で追い払えば、彼が肩をすくめた。苦笑いさえ神々しいとはどういうことだ。


「そんなこと思わないよ」

「ですよね。どんなにお綺麗な王子さまでも、酔っぱらってどぶにハマったり、二日酔いで這いつくばったりする世の中ですもんね」

「手厳しいね」


 腹いせにピックでオリーブをめった刺しにしていたら、その手をやんわりと止められた。こちらの手を握ってくる辺りがキザったらしい。


「君はしっかりと仕事をしているし、相手に何も求めていない。斡旋所的においしいから、不良物件も含めて押し付けられてしまうんだよ。だいたい君にお見合いなんて必要ないだろう。というわけで、諦めて僕と結婚しようか?」

「寝言は寝て言ってくださいね。冗談に付き合っている暇はないんですよ。あと1日で相手を見つけなきゃクビとか、まったく横暴にも程があるってもんです」


 イケメンの世迷い言を途中で遮り、残りのビールを一気に飲み干す。ジョッキをテーブルにたたきつければ、彼がメニューを指差した。


「お腹はまだ空いているかい? ここのハンバーグは絶品だよ」

「ひとの話を聞けや、ミンチにするぞ」

「ハンバーグだけにね!」

「そういう親父ギャグが許されるのも、その顔のおかげですよね。本当に美形は得ですね」


 こんな場末の酒場のカウンターなのに、不思議なほど溶け込む美形っぷりがまた腹立たしい。私よりも数歳年上の彼は、勝手気ままに浮名を流している。男っていいよなあ。結婚しなくても、なんだかんだ独身貴族ってもてはやされてさ。


「えっ、今舌打ちしたよね?」

「はあ、気のせいじゃないですか。もうっ、やけ食いくらい好きにさせてくださいよ」

「本当にその通りだ。マスター、彼女に今日のお勧めを一通り出しておくれ」


 ほくほく顔のマスターが、これ幸いとばかりに単価が高いものを出し始めた。


「こんな日にハンバーグを勧めてくる方が悪いんですよ」


 マスターと楽しそうに話し込み、こちらを向いていない彼に向かってそっと呟く。ごめんなさいと素直に謝ることのできない気持ちは、お酒と一緒に飲み込んだ。



 ******



 私はハンバーグが嫌いだ。この世の何よりも憎んでいると言ってもいい。本当はわかっている。おいしいハンバーグに罪はないってことくらい。それでも()()()以来、私はハンバーグを食べることができなくなってしまった。声を大にして言いたいことだが、こう見えて私は繊細なのだ。


 かつて、親友の結婚祝いのために選んだレストランは、特製のデミグラスソースが自慢のハンバーグ屋さんだった。


『とっても素敵なひとだから、どうしてもあなたに紹介したくて。お祝いしてくれるでしょう?』

『はじめまして、こんにちは』


 親友とともに店にやってきた「彼女の婚約者」は、前日に熱い夜を過ごした私の恋人だった。貧乏貴族の長女だった私は、家族への仕送りのために働きづめ。週末は会えない、自宅へは招いてくれないと彼の不審さにも気がつかなかった。こんにゃろ、乙女の純情と純潔を返しやがれ。


 親友が語ってくれた馴れ初めを聞けば、私が浮気相手でしかなかったことは明らかだった。顔で笑って心で泣いて。私は精一杯の笑顔で彼女の結婚を喜んだ。


 彼は終始落ち着かない様子だったけれど、周囲には恥じらいとして受け取られていたと思う。


『驚いたよ。君が彼女と友達だったなんて知らなかったんだ』


 最初に口づけをしてくれたのも、抱きしめてくれたのも、愛を囁いたのもすべて彼からだったのに、彼は私をあっさり捨てた。彼から何か聞かされたのか、親友からの連絡もいつの間にか途絶えてしまった。みんな嘘つきで薄情もの。


 だから、私は仕事一筋。妹たちを全員無事にお嫁に行かせることができたのだから、きっとこの選択は間違っていない。


 あとは老後の費用を蓄えるためにもうしばらく働きたい。そのために、なんとか結婚しなければ。夢なんて見ていたら、おばさんどころかあっという間におばあさんになっちゃうんだから。


「おまちどうさま」


 ぼんやりしていると、目の前に皿が差し出された。フェルが注文してくれた品が届いたらしい。って、なんでハンバーグが来るわけ?


「怒らないで。本当に美味しいから。ね、一口だけ」

「あなたもしつこいひとですね。お断りします」

「そうか、残念だなあ。じゃあ、こっちはどうだい。にんにくたっぷりの滋養強壮スペシャルステーキ! しばらくはガーリック臭がとれないこと間違いなし!」

「いやいやいや、意味がわかりませんから。お見合いぶち壊すつもりですか」

「そうだね、そのぶんふたりでゆっくり過ごそうよ」

「明日1日しか期限がないのに悠長にあなたと一緒にいたら、結婚相手を見つけることができないでしょう」

「大丈夫、君の時間を僕にくれたらきっと君は幸せになれるから」

「道端のインチキ占い師よりも嘘くさいですよ、そのセリフ」

「誰かを幸せにする嘘なら、それは嘘じゃなくってもう魔法なんだよ」


 自信満々のきらきら笑顔が眩しい。

 彼の好意はなんとなくわかっている。けれどそれを信じていつか裏切られるくらいなら、最初から「友人」未満の「知人」でいた方がきっと傷つかない。だから全部、冗談にして流してしまえばいい。




 ******




 運命の決戦日を最高のコンディションで迎えるため、私たちは早めに食事処を後にした。さすがに酒臭い息をしていては、あのロクでもない釣書の相手ですら逃げ出すだろうし。にんにく料理は断固拒否した。でも正直、アサリのアヒージョは食べたかったなあ。


「今の時期は夜店も増えて明るいですから、わざわざ送ってくれなくても大丈夫ですよ」

「それでも心配だからね」


 こういうところがずるいんだ。きっと私以外にも平気で言っているのだろうなあと思うと、やっぱり胸のどこかがちくちく痛む。


「夜店が立ち並び始めると、冬が終わったなあって気がしますね」

「そうだね、でもまだ風は少し冷たいだろう。体が冷えてしまっては風邪を引くよ。あそこで少し暖まろう」

「連れ込み宿じゃないですか。死ね」

「絶対後悔させないよ?」

「あなたと一緒に帰宅していることを、今すでに後悔しています」

「そんなつれない君が好きだよ」

「あ、あの揚げ菓子美味しそう」

「君は本当に自由だね」


 侍女をやるならスルースキルがないとストレスで病みますからね。美形の「好き」は挨拶なんだから。仕事が一番。金は自分を裏切らない。


「お菓子もいいけれど、最近できたレストランが評判でね」

「人気過ぎて、予約三ヶ月待ちのあそこですね」

「なんと明後日、そこを予約しているんだよ」

「その手際の良さ、さすが色男! それで、今度は誰を落とすつもりなんですか。最近、とある未亡人に会っているとか、下町の人妻としけこんでいるってもっぱらの評判ですよ」

「君が持っている僕の認識、どうなっているの?」

「顔は王宮で一番綺麗だけれど、下半身と私生活がただれている残念イケメン?」

「一度しっかり話し合おうか」


 自宅に向かう道すがらおしゃべりをしていると、道端にたたずむ女の子に気がついた。ときどききょろきょろと周囲を見回している。どうしたのだろうか。ここは王都でいくら治安がいいとはいえ、子どもだけで夜に出歩くような場所ではないのに。


「こんばんは。誰か探しているのかな?」

「ママとお兄ちゃんがね、まいごになっちゃったの……」


 遠くを見ていた女の子がしょんぼりと答えてくれた。はい、迷子はこの子のほうですね! 自分がおばさんになって良かったと思うのはこういうとき。若い頃は、誰かに親切にすることだってなかなか勇気がいることだったから。


「はぐれたときの、待ち合わせ場所は決めてあるかな?」


 首をぶんぶんと振る女の子に、今度は彼が声をかけた。


「それじゃあ、一緒に警らのお兄さんたちの詰め所に行こうか。お母さんたちが迷子ならそこできみが迎えに来てくれるのを待っているかもしれないね」


 落ち込んでいたはずの女の子が、目を大きく見開いた。そのまま、こくんとうなずく。素晴らしい。天然のたらしは、幼女にも有効のようだ。


 詰め所までの道のりを、ゆっくりと進む。周囲を見回し、この子のご両親を探しつつだ。彼に肩車された女の子が、きゃきゃっとはしゃいでいた。


「ぴょん、ぴょん。うさぎさん!」


 目の前には甘い匂いの漂う、可愛らしい琥珀色のうさぎ。飴細工のお店らしい。うさぎ以外にも様々な動物が飴で器用に再現されている。女の子が目移りしながら飴を選んでいると、店の親父さんに声をかけられた。


「いいねえ、お父さんとお母さんと一緒にお出かけかい?」

「お、お父さんとお母さん!」


 単純に成人男女と子どもの組みあわせで一番自然なのが「家族」というだけ。それなのに私は、顔が熱くて仕方がない。無性に恥ずかしくて、フェルの顔を見ることができなかった。



 ******



「あ、ママだ。お兄ちゃんもいる! ふたりとも、まいごになっちゃダメだよ!」


 どうやら彼女のお母さんたちがすでに詰め所に駆け込んでいたらしい。これでひと安心だ。声をかけようとして、私は言葉につまる。目の前にいたのは、親友――いやこんなに長い間連絡をとっていないのだから元親友か――だった。


「ひ、久しぶり……。あの、どうしてここに? 旦那さんは?」

「あんなデブのハゲ親父、犬に噛まれて熱でも出して、そのまま寝込んじゃえばいいのよ」


 吐き捨てるような物言いに驚く。彼女は確かに喜怒哀楽の激しいひとではあったけれど、私のように口が悪くなんてなかったから。罵り言葉を使う私をたしなめてくれていたのは、むしろ彼女のほうだった。


「何があったの?」

「あのね……、わたし実家に戻ってきたところなの。たぶん離婚するわ。この歳になるまで我慢して、結局離婚するなんてバカみたいよね」


 記憶にある姿よりも少しだけ老けてやつれた彼女が、頬に手をあてて寂しげに微笑んだ。2本のべっこう飴を仲良く半分こした兄妹は、そろって屋台の綿菓子に目を奪われている。私と目があったはずのフェルは何も言わずに口元をほころばせた。子どもたちのことは見ていてくれるらしい。


「ごめんなさい。わたし、本当に知らなかったの。あのひとが、二股をかけていたなんて。気がついたときには、恥ずかしくて、悔しくて、別れてやろうかとも思ったんだけれど、お腹の中に赤ちゃんがいてどうしようもなかったの。王宮侍女の仕事も辞めてしまったあとだったから」


 苦しげに言葉を紡ぐ彼女に驚いた。まさか、そんな理由だったなんて。


「嫌われちゃったのかと思っていたの。あなたの婚約者と知っていて、誘ったと思われても仕方のない状況だったから」

「まさか。申し訳なくてあなたに連絡が取れなかっただけ。どんな顔をして会えばいいかわからなかったし。手紙だって同じよ。そうこうしていたら、あのひとったら別の女性と浮気三昧で嫌になっちゃうわ」

「どうして我慢したの! 言ってくれたらよかったのに」

「わたしがあなたに何を相談できるっていうの。知らなかったとはいえ、大事な親友を傷つけて結婚したから罰が当たったのよ」


 私の言葉に彼女が首を振る。


「この数年の間に何度浮気されたかしら。今度こそと思って信じて、裏切られて。その繰り返し。でもね、ようやく踏ん切りがついたの。夫としても父親としても失格なら、一緒にいる意味なんてないものね」

「あの、なんて言っていいかわからないけれど。仕事探しとかなら手伝えるかも」

「ありがとう」


 彼女は、おずおずと尋ねてきた。


「まだ、友達だって思っていてもいい?」

「もちろん、あなたは私の大切な親友だわ」

「あのね、離婚するかもしれないわたしがいうのもなんだけど、あの方、本当にあなたのことを大事に思ってるわよ。あなたのことがなければ、わたしたち母子に手助けなんてしてくれなかったはず。好きなら、ちゃんと好きって伝えて。後悔だけはしないように」


 ゆっくりとうなずけば、子どもたちが彼女に駆け寄ってくる。


「ママー、見て見て!」

「はーい。大丈夫、あなたたちならきっとうまくいくわ」


 最初の疲れた印象とは違う、どこか吹っ切れたような笑顔が彼女に浮かんでいた。



 ******



 三人の後ろ姿が完全に見えなくなったところで、私は彼にお礼を伝える。


「先ほどはありがとうごさいます。彼女の力になってくれたんですね」


 彼はどういたしましてという代わりに、大仰な身振りで淑女に対する礼をとってみせた。普通のひとがやればただの道化師のような振る舞いなのに、当たり前のようにしっくりくるのは、彼の血筋ならではなのだろう。


「どうしてそこまで……」

「好きなひとのために何か力になりたいと思うことに、それ以上の理由が必要かな」


 今までのふわふわとしていた雰囲気が嘘のような、真剣な眼差し。こういう雰囲気は苦手なのに。それにどう考えても、彼と私では釣り合うはずがない。美しい花から花へと飛び回る高貴な血筋の色男なんて、私の手に余る。


「あなたの『好き』は軽いんですよ。フェリシアン殿下」

「妾腹の王子は、節操のないぼんくらに見えるくらいでちょうど良かったんだ。王位争奪戦やら政略結婚の駒にされずにすむしね」

「効果は絶大でしたね」

「ねえ、君に出会ってからは、君一筋なんだよ。僕の所有資産すべてをかけてもいい」


 どこから取り出したのか、財産の詳細を記した書類を渡される。


「ちょっと、生々しい金額を出すのやめてくださいよ」

「だが、これくらいしないと本気度が伝わらないだろう」

「つまり、とっかえひっかえしたりしていないと?」

「もちろん。不要な王位争いを防ぐために未婚だったのに、そんなことをしていたら僕は消されてしまうよ。というか、君は僕が種を撒き散らしていると思っていたのかい?」

「え、違うんですか!」

「さっきも話していて思ったことだけれど、これはどうやら本格的に誤解を解く必要がありそうだ。一晩かけて()()すればわかってもらえるかな?」

「知識と経験の差に物を言わせるのは、よくないと思います!」

「じゃあ、明日のレストランで、ハンバーグを一緒に食べてはくれないの?」

「……善処します」



 もう、ずっとずっと昔。出会ったばかりの頃に交わした会話。


『どうしたら僕と結婚してくれる?』

『一緒にハンバーグを食べてもいいと思えたら』


 そんな私の戯言に付き合ってくれていたあなたを、私が好きにならないはずないのにね。



 ******



 誕生日当日。婚姻届けの写しを持ってきた私たちの姿を見て、侍女長はほっとしたように頬を緩ませていた。もしかして、私のことをずっと心配していてくれたのかしら。侍女長、やっぱり優しい!


「誕生日に間に合って安心しました」

「本当ですよ。大事なことなんですから、そういう決まりは早く話してくださいよね」


 侍女長が頭痛をこらえるように額に手を当てた。


「そもそも、今回の件は、あなたの隣にいる問題児が引き起こしたことです。自分の恋人の行動くらい、把握しておきなさい」

「え、聞いてませんよ!」

「『協力してもらえないなら、彼女をさらって他国に出奔する』と家族と乳兄弟を脅すなんてどういうおつもりですか」


 錆び付いたぜんまいのおもちゃのように、ゆっくりと隣を見上げれば、彼は小首を傾げてにっこりと微笑んでいた。こいつ、はめやがったな! 


「おいこら、説明しろ、どういうことだ!」

「ははは、まったくどういうことだろうねえ」

「このペテン師が!」

「ああ、悲しいなあ。誰かを幸せにする嘘は、魔法なんだよ。そうそう、うちの兄には秘密があってね。あんなにプライドが高いくせに()()r()……」

「ちょっと、兄って国王陛下のことですよね?」

「甥っ子の最近の悩みは()()……」

「王太子殿下、おかわいそう!」

「宰相殿の奥方は実はこちらの侍女長でね、彼女は間諜の役割も担っていて……」

「侍女長が美貌と情報通で有名な侯爵夫人で間諜で……って情報量多過ぎ!」


 国家的な秘密をあえて漏洩することで、物理的に逃走を阻止するのはやめて!


 希望通り今までと同じ職場で働き続けることになったものの、そのすぐ後に産休と育休を取ることになったのは、また別のお話。

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