無言の命題
エルシャイド王国には王室を支え、政治の中枢を担い、また多大な領地の管理を任されている四つの公爵家が存在します。
フィリップが跡取りとなっているジルベルト家もその一つで、本来は伯爵家である我が家などに頭を下げるなどする立場ではないのですが、ジルベルト公爵はエリックの不興を買って地位を脅かされることを恐れて謝罪をしたのだと思われます。
なんせ、現在進行形でエリックが失脚させた役人たちの実に七割が四大貴族の息がかかっている者たちなのですから……。
その中にジルベルト公爵に関係する者は今のところおらず、またフィリップはエリックと友人関係であることから、彼も今回の婚約破棄騒動まで安心していたのだと思います。
しかし、エリックは不正を犯した者には情けをかけません。
不義理を働いた者も許しません。
こういった情け容赦ない点は多大な敵を作りましたが、ジルベルト公爵が迅速に謝罪に訪れた点を見るとそれなりに浄化作用はあったのかもしれないです。
他の三人の公爵家は何を考えているのか分かりませんが……。
暗殺者を雇ったとして処罰された役人は残りの三割――つまり四大貴族とは一見無関係の役人でした。
何が恐ろしいのかと申しますと、エリックの命を狙っている黒幕がこんなにも暗殺者が捕らえられても尻尾を出さないことです。
四大貴族の誰かであることは確実にも関わらず……。
第二王子であるデールはそのような背景で、ジルベルト家以外の三家から持ち上げられ、最近はそれを隠そうともしなくなったと、王宮に来て知りました。
王太子としてエリックは相応しくない。デールこそ次期国王の器であるという風潮を高め、暗殺に正当性を持たせようという流れなのでしょう。
それにしても国王陛下は跡取りが何度も殺されかけているのにも関わらず、無関心を貫いているのか、特にアクションを起こしていないことが気になります。
私はそれとなくエリックにその点について質問してみました。
「別に父上だけが無関心ってワケじゃないさ。四大貴族の存在が汚職や不正の温床となっているのは王国にとってパンドラの箱なんだ。国の一時期の安寧を願うなら開けない方が良い……開けるのなら命懸けになる覚悟を持てっていうくらいの」
「陛下は一時期の安寧の為に敢えて開けないと判断している、ということですか?」
「そうとも言えるし、そうとも言えないかもしれない。……もしも、父上が本気でパンドラの箱を放置することを願うなら、僕はとっくに王太子という立場ではなくなっているだろうからね」
四大貴族の存在が不正の温床――そんなセリフを平然と言い放つことが執務室に二人きりという状況だからでしょうか。
いえ、エリックのことです。公の場でもこのようなことを言ってしまわれるのでしょう。
私は彼にもう少しだけ狡くなって頂きたいと思うようになっていました。
「デール様を王太子とされないということは、エリック様に現状を変えてほしいと心の底では願っていると? しかし、国家の混乱を避けるために自らは無言を貫いているということですか?」
「真意を教えて頂くことは決してないだろうが、僕はそう信じたい。今の僕が王太子でいられるワケは父上が僕に課した“無言の命題”なのだと」
エリックは“無言の命題”という言い回しをされました。
実際、陛下は何も語っていないのですが、黙るということでエリックの背中を押している――そう信じたいのだと。
本当は喉から手が出るほど助けが欲しいはずですし、毎日のように命を狙われる生活など歓迎すべき点が一つもありませんのに――エリックの瞳はこの上なく澄んでいました。
「昨日、実家に戻ったんだろ? フィリップの話は聞いたか?」
しばらく無言で書類を整理していたエリックは紅茶を持ってこさせて私の前に腰掛けます。
どうやらというか、当然のことながらジルベルト公爵からフィリップの話は聞いているみたいですね。
「ええ、聞きました。まさか、ジルとよりを戻すとは」
「僕が道義とかを語ったのは、そういうことじゃなかったんだが……まぁジルベルト公爵も必死だったし、彼の顔を立てておくつもりだ。君が良いのなら」
エリックはフィリップについて私よりもお怒りでしたが、ジルベルト公爵の謝罪を受けて収めるようです。
私には気を遣ってくれているみたいですが……。
「私は構いません。あの一件で婚約には少々懲りてしまいましたから」
「なんだ、残念だな。君の隣の席が空いたのだから、是非とも僕が立候補したかったのに」
「まぁ、エリック様がご冗談を仰せになることもあるのですね」
「冗談じゃあないさ……」
私が婚約には懲りたという発言を残念だと言われましたので、冗談かと思いましたら彼はそれを否定します。
エリックに「それはどういう意味ですか?」と質問しようと思いましたが、止めました。
――暗殺者が窓から入ろうとしていたからです。また今夜も……。
本当に懲りませんね……。私も憤りを感じてきました。
私もエリックの課せられた“無言の命題”とやらに共にチャレンジしてみたいと思うほどに――。