真犯人
「……ご苦労だったな。報告書までまとめてくれて、助かったよ」
デール殿下との会食を終えた私はその会話を報告書にまとめて、その翌日にエリック殿下に提出した。
アイスクリーム屋の店主ナッシュとデール殿下のかかわりや、一応メルハイド公爵のことまで詳細に記入している。
「メルハイド公爵は随分とエリック殿下をお恨みになっているのですね」
「それは当然かな。彼からすると僕は彼の利権を奪おうとする悪そのものだからね。彼はあれでいい。わかりやすくて助かる」
メルハイド公爵について、エリック殿下は歯牙にもかけないという感じであった。
乱暴な言葉遣いで私は嫌な感じだと思ったが殿下にとってはそのほうが都合がいいみたいだ。
「それより僕はアルグリューン公爵のほうが気になった。デールにナッシュ・ホフマンを紹介したのにはなにか意味があるのでは、とね」
「私もそれは気になりました。結局聞けず終いでしたが……。申し訳ありません」
「いや、これだけわかれば十分だよ。君がリスクを背負って聞き出そうと思ってくれたんだ。十分に助かっているよ」
エリック殿下は報告書を机に置いて立ち上がると、出かける支度をはじめた。
どこに行くつもりなのだろうか。この朝の時間帯に聖女のお務めに付き合っていただく以外に出るのは珍しい。
(エリック殿下の助けになれたのなら嬉しいわ)
デール殿下の心が読めずに終わってしまったから不安であったが、それは杞憂だったみたいだ。
「それで、君は今回の話を聞いて率直にどう思った?」
「私、ですか? やはり真犯人は別にいそうだと思いました。デール殿下にナッシュさんのことを聞くとそれは確信に近付いたというか……」
「そのとおりだ。彼は今回の殺人未遂の犯人ではない。これから真犯人を捕まえに行く」
「はい!」
真犯人をはっきりさせたいとするエリック殿下に私は全面的に賛成だ。
やはりなぜわざわざ自分の店で実行したのかが引っかかっていたのである。デール殿下からお金を寄付してもらって開業した店ならなおさらあり得ない。
(でも、真犯人のところに行くってどういうことかしら? エリック殿下はもう犯人がわかっているとでもいうの?)
「レイアの報告書のおかげで犯人がわかった。リンシャ、君もついてくるんだ。ヨハン、お前にはやってほしいことがある」
「任せるネ!」
「承知いたしました!」
扉の外で待機していたリンシャさんとヨハンさんに声をかけた殿下は王宮の外に向かう。
リンシャさんまで連れて行くということからは、手荒な行動も辞さないという意気込みを感じる。
なんとしてでも犯人を見つけて、取り押さえるつもりだろう。
こうして、馬車に乗った私たちは真犯人のもとに向かった。
◆
「エリック殿下、こちらは? まさか、ここに犯人がいるとでもいうのですか?」
「リンシャ、ここ知ってるヨ! アイスクリーム屋ネ!」
馬車はアイスクリーム屋の目の前で止まった。
しかし、店主であるナッシュはまだ独房の中。この店には誰もいないのではないだろうか。
(いえ、気配がするわ。この中に誰かいる?)
これはどうしたことか。店主が不在なのに人がいるのはおかしい。
そもそもアイスクリームは氷魔法に長けるナッシュさんしか作れないのだ。ここに用事がある理由がわからない。
「ふむ。鍵がかかっているか」
「リンシャ、扉外すの得意ヨ! それにぶっ壊すのはもっと得意ネ」
「落ち着いてください、リンシャさん。ここの鍵をナッシュさん以外で持っている人がいたんですね」
ガチャガチャとして鍵がしまっていることを確認するエリック殿下。
鍵を閉めてナッシュさんはここを出たと思っていたが、他に中に入れる場所があったのだろうか。
窓もしまっているし、そんなところは見当たらない。
「誰か合鍵を持っていて……」
「ああ、そのとおりだ。そしてその合鍵の持ち主は僕が見張りの兵士を引き上げさせたタイミングで、まんまとこの中に入ったのさ。……ここを開けるんだ。いるのはわかっている」
ノックをしながらエリック殿下は声を発した。
すると間もなくして目の前の扉がガチャリとした音ともに開く。この人は確か……。
「これは王太子様。まさかこちらに来られるとは思いませんでした。どうかされましたか?」
扉の向こうから出てきたのはアイスクリーム屋のウェイターだった。
エリック殿下の毒味をせよという無理なお願いを聞いてくれたあの人である。
「君こそ、どうしたんだ? 店主がいないにも関わらず我が物顔で入り込んだりして。なにをしていた?」
来訪理由を尋ねるウェイターに対して、殿下は逆にこの場にいる理由を聞き返す。
従業員とはいえ、お店に勝手にあがりこんでいるのは不審だ。
「私はその、店の風通しをよくしようとしているだけです。ナッシュさんが戻ってきたとき、すぐに開業したいじゃないですか」
「ほう。風通しを、ね。僕はてっきり証拠隠滅をしにきたと思ったよ。念には念を入れて、この店を燃やそうとでもしたんじゃないか?」
「なっ――!?」
証拠隠滅……、その言葉が殿下より放たれたとき、ウェイターの顔色が変わった。
えっ? ということは、この人が犯人? エリック殿下はそう言いたいのだろうか。
「ははは、なにを言っているんですか? あの殺人未遂事件の犯人はナッシュさんでしょう? 私が証拠隠滅などする意味がわかりません」
「君、さっきすぐに開業するためだとか言っていたのに店主が犯人だというのは発言が矛盾していると思わないのかい?」
「うぐっ……!」
早くも墓穴を掘るウェイター。
ああ、これはこの人が真犯人なのは間違いなさそうだ。だが、どうしてこの人が……。
「もう一度聞こうか。なぜここに来た? 君は事件が発生してから毎日のようにこのあたりをうろついていたと監視の者から報告を受けているが」
「わ、忘れ物です! 事件の現場からなにかを持ち出したら怒られると思ったので、嘘をつきました!」
「ふむ。苦し紛れという感じだが、いいだろう。忘れ物とはなんだ?」
「そ、それは、ほ、包丁! そう! 包丁を忘れました!」
声を震わせながらウェイターは包丁を忘れたという。
このまま、言い逃れをするつもりだろうがエリック殿下はそれを許さないだろう。
「犯人はナッシュさんですよ。私ではありません」
「この状況でしらを切るとは大したもんだ。だが、僕の中では彼はすでに犯人じゃなくなっている。彼ならば確実に殺せる方法があったからね」
「…………」
そう。ナッシュさんは致死毒魔法が使える。
わざわざ毒を用意しなくても、アルマー男爵を殺すことができたのだ。
なのにも関わらず、それをせずに未遂で終わった上に容疑者として捕まる。あまりにも間抜けすぎる話だ。
エリック殿下は私から致死毒魔法が使えるという話を聞いて、ナッシュが犯人ではないと確信したのは当然だろう。
「思い返してみれば君は最初から変だったよ。毒味に笑顔で応じて自分の正体について一つも疑問を持たなかった」
そういえば、そうだった。
あれは接客態度が良いとも取れるが、普通ならもっとリアクションがあっても良いかもしれない。
「確かに変わったお客様だと思いましたが、失礼な態度を取らぬようにするのは接客の基本です」
とはいえ、それだからといってこの人が犯人というのは極論だ。
エリック殿下もそれはわかっているに違いない。殿下は今、ウェイターを揺さぶっているのだ。
「目撃情報によると、出されたアイスクリームに触れたのは店主を除けば君だけだったらしいな。つまり、毒物を入れたのは店主か君のどちらかということになる」
「ならばナッシュさんが犯人です! ナッシュさんが致死毒魔法を使わなかったのは、こうやって容疑者を二人にするためですよ!」
ウェイターは声を荒げて自らの容疑を否定する。
殺人未遂の犯人扱いされれば必死になってそれを弁解するのはわかるけど、その理屈は言ってはならなかった。
この時点で私は彼が犯人だと確信する。なぜなら――。
「ナッシュさんが致死毒魔法を使えること、なぜ知っているのですか?」
「えっ……? そ、それは、そのう」
「その情報を知っている人は限られています。あなたは何者ですか?」
ナッシュさんが致死毒魔法を使えることを知っている人は少ないはずだ。
私たちもデール殿下に聞いて初めて知ったのだから。
ウェイターの顔がさらに青くなる。血の気が引いて、プルプルと震えて俯いていた。
(もう観念したらどう? 言い逃れも難しくなってきたわよ)
「わ、私は……! くそっ!」
「「――っ!?」」
突然、ウェイターは走って逃げようとした。
でも、それは無駄な抵抗というものだ。私や殿下が追いかけるまでもない。
「逃さないアルよ!」
「うぐぐっ! 痛い! 痛い! 腕が折れるぅぅぅ!」
リンシャさんが逃げるウェイターの背中に飛びつき、腕を捻りあげる。
ウェイターは倒れて、悲鳴にも似た声を発した。
彼女の容赦ない関節技が決まって激痛に悶えているようだ。
「どうやら目論見どおり網に獲物が引っかかってくれたようですな。殿下……」
「エリック殿下、釈放と聞きましたがどういうことです? なぜ、彼がここに?」
そのとき、ヨハンさんがナッシュさんを連れてこの場に現れた。
どうやら殿下の頼みごとはナッシュさんをここに連れてくることだったらしい。
「ナッシュ・ホフマン。彼が真犯人だ。君の店で毒を盛って君に濡れ衣を着せようとした、ね」
エリック殿下は静かにナッシュさんにこの事件の真犯人は誰なのかと伝えた……。
悲劇のヒロイン〜コミカライズ開始日が決定しました!
5/20〜コミックガルド様にて連載開始です!
漫画家さんは真綿マスケ先生です!
すっごく面白く描いて頂いていますので、是非ともご覧になってください!
詳しくはこちら↓↓
http://blog.over-lap.co.jp/gardo_20220513_11/




