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これが護衛ですか

「そこに座ってくれ。紅茶に砂糖は入れる?」


「……失礼します。――紅茶に砂糖ですか? いえ、入れませんが」


 王太子殿下の執務室に案内された私はソファに座るように促されます。

 そして紅茶に砂糖を入れるかどうか聞かれたので、質問に答えました。


「僕も入れない。ミルクは入れるときもあるけど。――適量入れると風味が豊かになるとか、護衛隊長のジョージは言うんだが甘ったるいのが苦手でね」


 そう言いながら彼は自分のデスクの前に座ると使用人の方が持って来た紅茶の毒味をさせて、自らも口をつけます。

 常に暗殺を警戒しているということでしょうか。

 エリックが紅茶を飲むように勧めるので、私はそれを飲みました。

 

「……美味しいです」


「それは、何より。茶菓子は適当につまんでくれ。僕はこれから書類を作成してるから。ああ、暇になったら適当に本棚の本を読んでも良いよ。上段からオススメ順に並んでる」


 エリックは紅茶の感想を口にした私に茶菓子と本を勧めると、黙々と書類を作成の仕事を始めました。

 もう、夜なのですが王太子殿下というのも忙しいのですね。

 尚更、私の仕事ぶりをご覧になるのは時間の無駄なのではと思ってしまいます。


「…………」


 私はいつまでお茶とお菓子をご馳走になっていれば良いのでしょう。

 何かしら護衛についての説明があると思っていたのですが、書類整理が終わってから何か仰せになるのでしょうか。


「…………」


 賊が何人も殿下の命を狙っているって本当なのですね。

 窓の外に怪しい気配がします。暗殺者……でしょうか。


聖風(セントウィンド)……!」

「ああーーーーっ!!」


 クッキーを手に取りつつ、窓を突き破って中に入ろうとした侵入者に私は突風を巻き起こして、吹き飛ばしました。


「…………ふむ、今日は一人だったか」  


 暗殺者が窓に近付いて来たにも関わらず、エリックは平然とそんなことを呟いて書類作成に戻ります。

 

 そして、紅茶を出されてから二時間ほどして、エリックは立ち上がり私の顔を覗き込みました。


「初仕事、お疲れ様。その本、面白いだろ?」


「え、ええ。とても面白かったです。……えっ? 初仕事……?」


 エリックお勧めの書籍に目を通していた私に彼は「初仕事、お疲れ様」と信じがたいことを仰せになりました。

 いや、私はクッキーと紅茶を頂いて、本を読んでいただけですよ。確かに賊の気配を感じて魔法で迎撃しましたが……。


「じゃあ、明日から毎日こんな感じで一緒に居てくれ。時間は今日は長い方で一時間~二時間くらいかな」


「ちょ、ちょっと待ってください。護衛って丸一日の仕事かと思っていました」


「いや、それは専門の護衛が居るし……。君、聖女でしょ? いくら僕が空気が読めなくても、そんな重労働は強いたりしないよ」


 ――重労働を強いられると思っていました。

 それでも、ジルやエカチェリーナのいる家よりもマシだと思っていましたが……。

 専門の護衛が何人もいることは存じていますが、それなら――。


「それなら、何故ですか? なぜ、わざわざ私を護衛に? どう考えてもこの仕事は要らないですよね?」


 私はエリックの考えが読めませんでした。

 聖女としての務めを観察することを含めて、どうしてこんなにも私に構うのか……理解出来ませんでした。


「最初はね、憤慨していたんだよ。友人の婚約者が聖女になるほど才能豊かで人格者であると思っていて祝福していたら、それが裏切られてね」


 フィリップとの婚約破棄について彼は怒っていたと心情を吐露します。

 確かに、最初にエリックに話しかけられたときは怒気を感じました。友人を裏切った女だと思い込んでいたのでしたら、当然かもしれませんが。

 

「その後、君の聖女としての責務を果たす姿を見せてもらった。僕が見ていることを意識していないとまでは言わないが、高い能力を特にひけらかす訳でもなく淡々と結界を張っている君とフィリップから聞いていた君の人間像に齟齬が生まれてね――」


「…………」


「端的に言うとアレだ。君のことが気になって頭がいっぱいになった」


「えっ……?」


 真っ直ぐに綺麗な瞳を私に向けるエリックは、そんなことを恥ずかしげもなく声に出しました。

 いえ、待ってください。気に入ったら妻にするって仰っていましたが、本気だったのですか。

 あまりにも真剣な顔をする彼に私の心臓の鼓動は高まり、体温が上昇したような錯覚に陥りました。


「しばらくの間、僕の側で話し相手になってくれ。それでも君の腕なら護衛として誰よりも信頼出来るから」


 そう言い残してエリックは使用人に私を部屋に案内するように声をかけ執務室から出て行かれました。


 王宮にある客人用の部屋に案内された私は人を堕落させるには十分な寝心地のベッドに横になり目を閉じます。

 

 ――君のことが気になって頭がいっぱいになった。


 しかし、まぶたの裏にセリフを放った時のエリックの顔が浮かび、私は中々寝付けません――という感覚は最初の十分程度で疲れには負けてしまい気付けば朝になっていました。


 

「聖女の務めに行くのだろ? 馬車は王室のモノを使うが良い。僕も同乗するから」


 こうして、エリックの話し相手という名の奇妙な護衛として私はしばらく王宮で生活することになりました。

 

 妙なことになりましたが、私は私の責務を頑張ります――。

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