事件と因縁
「ひ、人が倒れている!」
「何がどうなっているというのだ!」
「アイスクリームを食べた瞬間に苦しみだしたみたいだぞ」
騒然となった店内の客たちの視線はあるテーブルで首をかきむしりながら倒れている男性に向いていた。
これはいけません。病気なのかどうなのか分からないが、急いで診ないと取り返しがつかないかもしれない。
「失礼します。……これは、おそらく毒ですね。このままでは呼吸ができずに死んでしまいます」
唇の色など諸々の様子から私は何者かが彼に毒を盛ったと断定した。
とにかくこの毒を除去しなくては……。
(ジルに対抗するために解毒魔法の研究をしていたのがここで役立つとは思わなかったわ)
「光の精霊よ、悪しき影を祓え!」
倒れてもなお痙攣する彼の胸に手を置いて、解毒魔法を発動させた。
銀色の光が彼の身体を包み込み、体内の毒を消し去る。
だんだん顔色が良くなってきたみたい。良かった……。
「ご苦労だった。もう大丈夫そうだな」
「はい。今日一日は安静にする必要がありますが、大事には至らないかと」
エリック殿下も痙攣が収まり、呼吸が整ってきた彼を見て回復したと判断されたのだろう。
私に大丈夫なのかどうか確認を求めてきた。
もう少し遅かったら死んでいた可能性もあるが、毒がそれほど強力でなかったから助かった。
「しかし驚いたな。まさかこの男が毒を盛られるとは」
「……エリック殿下はこちらの男性を知っているのですか?」
どうやら毒殺されそうになった男性はエリック殿下の見知った顔みたいだ。
身なりが良いので貴族なのでは、とは思っていたが一体誰なのだろう。
「彼はアルマー男爵だよ。君の妹の友人キャロル・アルマーの父親だ。面識はないのかい?」
「この方がアルマー男爵でしたか。……すみません。ジルの交友関係とは無縁なことも多いものですから、名前しか存じませんでした」
ジェイド・ベルクラインの供述によると、以前にジルがフィリップ様と会食をしている際にメモを渡したらしい。
ジルの友人であるキャロル・アルマーの家で待っていると。
そのメモを見た彼女はアルマー男爵家へと馬車を走らせ、ベルクラインと接触するに至った。
そのことは我が家の使用人からも裏付けは取れている。
つまりアルマー男爵はベルクラインとジルを引き合わせるのに場所を提供したという形をとっていたのだ。
「ごほっ、ごほっ! ううう……!」
「お父様! ご無事ですの!? ああ、良かった!」
呆然としてアルマー男爵が苦しんでいる様子を見ていた若い女性は男爵の娘らしい。
彼女がキャロルか。ジルの友人という……。
「ああ、なんとか助かったよ。こちらの、ええーっと」
「レイア・ウェストリアです」
「「――っ!?」」
私が名乗った瞬間に二人の顔が曇る。
そういえばアルマー男爵はジェイド・ベルクラインの手下だった。
いえ、手下というよりかは信奉者と言ってよいほど公爵だったベルクラインのことを崇拝していたと聞いている。
ベルクラインの理想実現のために動くことを誇りに思っており、喜んで利用されていたとも。
(名乗ったのはあまりにも不用意だったかしら)
なんせ私とエリック殿下はベルクラインを嵌めて牢獄に送っているのだ。
彼の信奉者であるアルマー家は私たちのことを恨んでいても不思議なことではない。
「レイア・ウェストリア……! ジルを虐めた上にジェイド様まで!」
キャロルは私がジルを虐めていると聞いていたからなのか、すごい目つきで睨みつけながら掴みかかってきた。
やはり恨まれているのか。彼女の場合は友人を虐める悪人にも見えているようだから、さらにたちが悪い。
「そこまでにしておけ。せっかく命が助かったのに、君が牢獄に送られたらアルマー男爵があまりにも不憫ではないか」
「は、離せ!」
「キャロル! 止めるのだ! そ、その方は! その方は! エリック王太子殿下であらせられるぞ!」
「え、エリック殿下!?」
キャロルの腕を掴み、動きを封じるエリック殿下。
アルマー男爵はさすがに殿下の顔にピンときたみたいだ。
王太子殿下が自らの腕を掴んでいるという事実に驚いたのか、キャロルはワナワナと震えていた。
「王太子様がアイスクリーム屋に?」
「全然気がつかなかった」
「エリック様だって? なぜここに?」
(エリック殿下の正体がバレて周囲もざわついてきたわね。もうすぐ憲兵隊がやってくるだろうし、そっちに任せちゃったほうが良いのかもしれない)
アルマー男爵がなぜ毒殺されそうになった分からないが、事情聴取などは私たちがすることではない。
エリック殿下が被害に遭ったわけではないし、もう帰ってしまったほうが――。
「それで、アルマー男爵はなぜこの店に?」
「エリック殿下!? そういうのは憲兵隊に……」
「うむ。君が言いたいこともわかるが、僕は彼を毒殺しようとした犯人に興味がある。知っておいたほうが良い気がするんだ」
興味がある? 彼を殺そうとした犯人がエリック殿下を狙っている黒幕と関係がありそうだとでもいいたいのだろうか。
殿下が真相を究明したいというのなら是非もない。
私は殿下が希望に添えるようにサポートをすればいい。
「で、アルマー男爵。質問には答えられるか?」
「は、はい。今日は王宮に呼び出されて、娘共々取り調べを受けていました。ここにはその帰りに娘とともに寄ったのです。アイスクリームの評判は聞いておりましたので一度食べてみたい、と」
王宮にて取り調べを受けていたと話すアルマー男爵。
なるほど。ベルクラインがジルを使って私を暗殺しようとしていた件についての裏付け調査のために彼を王宮に呼び出したのか。
あの事件によって、ベルクライン家は解体されて様々な事実がわかった。
ベルクライン家は王都から外れた辺境にあるのだが、王都にはベルクラインを慕う貴族たちがおり、彼をサポートしていたこと。
暗殺者たちを雇い、エリック殿下へ刺客として送り込んだのも彼らの手助けによるものだったのではないかと疑い、調査を進めていたのである。
取り調べを受けてそのまま釈放されたということはアルマー男爵たちはその件とは関わりがなかったということなのだろうか……。
とにかくベルクライン家は完全に没落して貴族ですらなくなってしまった。分家筋までには罪が及ばなかったが、領地はすべて没収されてしまいその影響力は皆無となっている。
「ふむ。ベルクライン家を崇拝していた者たちは多いが、一枚岩ではなかったと聞いている。アルマー男爵がなにか不都合なことを喋らぬ前に口封じをしようとした可能性もあるな」
男爵の話を聞いてエリック殿下は腕組みをする。
簡単に言うと仲間割れを疑っているみたいだ。
まぁ、確かにジェイド・ベルクラインが捕まった今、それに加担していた貴族たちは戦々恐々としているだろう。
王太子暗殺に関わっていると知れれば領地没収どころか死刑に値する。アルマー男爵がなにか不利になる情報を持っているのなら、それを消そうと考えるのは自然な流れかもしれない。
(だとしても、なぜわざわざアイスクリーム屋でそんなことをするのかしら? もっと目立たない場所で暗殺なりしたほうが確実な気がするわ)
とはいえ謎が多い今回の毒殺未遂事件。エリック殿下は犯人を見つける気満々みたいだが、どうなることやら……。




