癒やしの力
「いらっしゃいませー!」
笑顔で女性の店員さんに案内され、私たちは席につく。
王都で評判の冷たい菓子、アイスクリーム。初めての食べ物に私の期待は膨らんでいた。
本来、甘いものは嫌いだったがリンシャさんが美味しい焼き菓子などを実に見事に見つけて来られるので、甘味への抵抗はなくなってきている。だから、今日は存分に楽しめるはずだ。
「ほう。君が言っていたとおり実に種類が多いな。何にするのか迷うのも頷ける」
「一番人気はバニラみたいです。二番目がチョコレート。桃や梨、ぶどうなど季節の果物。すごい、サボテンまでありますね」
沢山の種類があると聞いていたが、思った以上の豊富さに私はびっくりする。
(どれにしようかしら。というより、エリック殿下は何を選ぶのだろう?)
ジィーっとメニューとにらめっこしている殿下を見ていらぬことを考える私。
よく考えてみれば私はエリック殿下のことをあまり知らない。
食事や音楽の好みや趣味。そういう人間的な部分をほとんど聞かずに今日に至っているのだ。
だからどんな味を選ぶのか気になっているのである。
「うーむ、種類が多すぎて決められない。レイア、適当に僕のぶんも選んでくれ」
「そんなのダメですよ!」
「えっ?」
私の言葉が意外だったのか、エリック殿下はメニューからこちらに視線を送ります。
(しまった。思わぬ回答に、変な反応をしたわ)
どうしよう。殿下は訝しそうな顔をしている。
だが、せっかく殿下について知ることができるのだ。アイスクリームをどんな味にするなど、興味深い話ではないか。
「殿下、このくらいの選択で迷っていてどうします? この先、もっと難しい選択を強いられることもあるかもしれないのですよ」
「……それは大げさではないか?」
(やっぱり無理があったわね。なんとか勢いで押せるかもと思ったけど、仕方ないか)
「だが、君の言うとおりだな。……決めたよ、僕はバニラアイスクリームを頼むとしよう」
殿下の趣向を知るのは無理かと諦めたが、彼は私の妙な説得を聞いてくれた。
良かった。これで、殿下のことを一つ知ることができた。
「一番人気だからね。合理的に考えて一番美味しいはずだ」
「…………」
(そういえば、そういう人だったわね)
でも、それが殿下らしいといえば、殿下らしい。
公明正大な彼が選ぶのなら一番支持されているものを選ぶ。
それでいいのかどうか、は置いておいて殿下について一つ知れたということにしておこう。
「私はぶどうにします。果物が好きなので」
「わかった。……君、ちょっと注文していいかな?」
「はい。どうぞ。仰せになってください」
ちょうど男性の店員が近くに来たので、エリック殿下は彼に注文を伝えようとする。
よく教育されているのか、店員たちは笑顔で感じがよい。この店が流行っているのは物珍しさだけではなさそうだ。
「……で、僕のアイスクリームは僕専用の容器によそってもらおう。君、毒味はできるかい?」
「「ど、毒味ですか?」」
私と店員さんは同時に同じセリフを口走る。
これは私のミスだ。なぜ、私が注文をしなかったのか。
(そうだった! 殿下は必ず毒味しなくては口に何も入れない人だった)
毒味なら私がすれば良い。前にレストランに行ったときはヨハンさんがしていた。
そのくらいの気を回さないでなにが護衛だ。この状況をどうやって店員さんに話して誤魔化そう。
彼が王太子殿下だと伝えるしかないだろうか。それとも……。
「かしこまりました。それではお持ちしたときにひと口食べさせていただきますね」
「うむ。よろしく頼む」
「えっ?」
これには今日一番驚いた。
まさか毒味してほしいという無茶な注文を店員さんは飲み込んでくれたのだ。
(ここまで接客がいいとは感動すら覚えるわ)
最近、ギスギスとした緊張の中で戦っていたから、眩しいくらいの笑顔で応対されるとそれだけで癒やされる。
こうして私たちはアイスクリームができるまで、実にいい気持ちで待つことができた。
「お待たせいたしました。こちらがぶどうのアイスクリーム。そしてこちらがバニラのアイスクリームでございます」
冷気が白く舞い上がる。アメジストのように輝く紫と雪のようにしっとりとした白。
皿の上できれいに盛り付けられたその冷たい甘味は見たこともない幻想的な食べものだった。
「それでは、毒味を失礼します」
「ああ、手数をかけてすまないな」
エリック殿下は毒味をしてもらい、少しだけ欠けたアイスクリームを満足げに見つめる。
まぁ、殿下にとっては毒味のほうが見た目よりも大事なのだから無理はない。
とにかく、せっかくのアイスクリームだ。早くいただくとしよう。
「「はむっ」」
「……お、美味しい! なめらかで口の中でスーッと溶けて。この冷たさは氷とも違う初めての感覚です」
「……確かに美味だな。店主は素晴らしい仕事をしている。これは多くの者を幸せにする味だ」
この暑さによって悲鳴を上げていた体がたったのひとくちで全ての苦しみを忘れられる。
そう感じられるほど、この冷たい甘味は魅力的で癒やしの力を秘めていた。
自分の使える治癒魔法などでは決してできない精神的な回復も可能とするアイスクリームに、私は感動すら覚える。
「なぁ、レイア。僕は恥知らずなことを考えてしまっている」
「……殿下、私もです」
それ以上は語らずに目と目で合図を送った私たちは互いのアイスクリームにスプーンを伸ばして口に運ぶ。
ああ、バニラの甘ったるい香りとミルクの重厚な風味。こちらも絶品である。
甘すぎるのはダメかもと警戒していたのですが、杞憂だった。さすがは人気ナンバーワン。
私たちはアイスクリームを最後のひとくちまで楽しんだ……。
「きゃーーー!」
「「――っ!?」」
そう、後ろの席で大きな悲鳴が聞こえるまでは。
つかの間の平和はこの瞬間に終わりを告げたのだった。
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