冷却魔法
エリック殿下と並んで数分。長い行列はできていたが、アイスクリームはかなり早いスピードで生産されているのか、もうすでに最初の半分くらいの長さまで進んでいる。
今日は特に暑いが、それでも並んでいる人たちは楽しそうに雑談をしたり、中には本を読んだりしている人もいた。
「レイアよ、店内に入らずして商品を受け取る者たちがいるが」
エリック殿下はふと、アイスクリームが入った容器を渡されて持ち帰る人に注目する。
よく見ると店の入口とは別に小窓があり、その前で札を持った人たちが数人待っていた。
「テイクアウトも受け付けているみたいですよ。リンシャさんが言うには、氷のように冷たい石が入っており、アイスクリームの冷たさが維持できるようになっていたとか」
「ふむ、なるほど。それも冷却魔法の応用というわけか。良い商売をしているな。それなら、店に来られない者でもこの店の味を楽しむことができる」
エリック殿下はアイスクリーム屋のやり方に感心していた。
この御方は公明正大。たとえ、商売に興味がなくても良いと思ったら称賛する。
そのような素直で純粋な心もまた殿下の魅力的なところだと最近気付くようになった。
(思った以上に楽しそうにしているわね)
顎を撫でながら、お店の様子を観察する殿下。
苛烈な暗殺者の応酬も一段落ついたし、こういう日が増えてほしいと私は思う。
特別な日などなくていい。殿下が平穏に暮せればそれで問題ない。
でも、もうじきこの国は荒れる。国王陛下が大貴族の特権を廃止するからだ。
そうなると、殿下もこうして行列に並ぶということは――。
「しかし一つ疑問が残るな」
「えっ? 殿下、疑問ですか?」
なんだろう? 私が特権廃止後の未来に向かって思いを馳せていると、殿下が突然険しい顔をされる。
何かこのお店に違和感でもあるのだろうか。例えば、特権廃止を何かしらで知った大貴族がまた殿下を暗殺しようと動いている気配のようなものが……。
「いや、リンシャだよ。持ち帰りが出来るなら僕らにも買って帰ってくれても良かったじゃないか」
「あー、そういうことでしたか。いえ、リンシャさんもそう思ったみたいなのですが、その冷却する石の持続時間が半日も保たないみたいなんですよ。ですから、翌日に持ってくるのは無理だと断念したのだとか」
「そういうことか。リンシャにはすまないことを言ったな。半日は保たんのか、そうか……」
冷気を石に付属させて、冷却効果を保たせるだけでも大した魔法技術だと思う。
私もあのジェイド・ベルクラインを騙すために冷気を魔法で操って玉の温度を変えるなどは行ったことがあるが、それを数時間持続させることはできない。
だから、アイスクリームを作っている菓子職人は冷気を操る魔法において、かなりの魔法の使い手だと予想することは容易いのだ。
(どんな人なのか気になるわね。男性なのかしら、それとも女性かしら)
聖女選抜試験にはそのような人はいなかった。
聖女になるには魔法に長けている必要があるが、魔法に長けている者が全員聖女になりたいと願うわけではない。つまり、女性である可能性も十分に考えられるというわけだ。
「もうすぐ僕らの番が回ってくるな」
「ええ、どんな味にするか迷ってしまいそうです」
「ほう。味の種類も豊富なのか。だからいくつも購入した者がいるのだな」
こうしてアイスクリームに興味を示しているところを見るとエリック殿下も普通の青年に見える。
ヨハンさんから聞いたところによると幼いときより国を背負うことを自覚されており、その重圧のせいで余裕がなくなっているときもあったそうだ。
それは王太子としては立派なことだと思う。少なくともこの方は自分の私欲のために権力を振りかざすようなことはしない。善政を敷いて、国を変えていこうという覇気に満ちている。
彼が国王になれば国民は必ず幸せになるだろうと、私は疑っていない。
だけど殿下の幸せはそこにあるのだろうか? その責任感によって、エリック殿下が自らの幸せを放棄しているのであれば、と考えると今の殿下を見守るだけでいいのか些か疑問が残るのだ。
「……イア、レイア、おーい。聞こえているか?」
「はっ! 申し訳ありません。私ったらボーッとしていて」
「うむ。君らしくもない。暑さのせいかな?」
「そうかもしれませんね」
本当に私らしくない。思考によって殿下のお言葉を聞き漏らすようなことするなど。
そもそも私が殿下の心の内を心配するなど何とも傲慢な話ではないか。私は彼の護衛の一人にすぎないのだから。
「ならばその暑さもアイスクリームとやらで癒やすと良い。店内に入るぞ」
「はい。すみません。ご心配をおかけしました」
初めて出会った頃は気付かなかった殿下のまっすぐな優しさに私はいつの間にか慣れてしまっている。
つかの間の平穏。いつかそれが当たり前に感じられる日がくることを信じて、少なくともそれまでは彼を守り抜いていこうと思う。
どんな宝石よりも美しい深い海のような藍色を見つめながら、私は彼と共に店内に入った。
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