国王直属の精鋭
ジルベルト公爵は特権廃止を陛下が公言した結果、国が荒れると言われました。
大貴族にとって、特権とは自分たちの権力を誇示するためのメインファクターだったのでしょう。
この一ヶ月の間に国王陛下が暗殺されるかもしれない――それはエリックだけでなく、当然のことながら当事者である陛下も自覚しております。
だからこそ、この機会に焦りながら動き出そうとする不穏分子を見つけ出して処分する――それがエリックに課せられた責務でした。
エリックもそれを理解しているからこそ、自らの命を囮にしている国王陛下の身を案じて、腹心であるヨハンとほか数名の信頼できる人員を陛下の護衛隊に送ったのでしょう。
「ヨハンさん、大丈夫でしょうか? 陛下の護衛隊の方々にもプライドがあるでしょうし」
私はヨハンが国王陛下直属の護衛隊の中で人間関係を構築出来るのか不安でした。
自分が人との関係を上手く築くことが苦手ですから言えた義理ではないのですが、国王陛下直属という肩書は王宮の兵士たちにとってエリート中のエリートです。
もちろん、ヨハンの実績は申し分ありませんが、自分たちでは力不足だとエリックに判断されたと思われては不満が出るのではと気がかりでした。
「ふむ。そう言われてみれば不安ではあるな。僕も礼節が欠けていたかもしれん。護衛隊長のアルフレートに挨拶をしにいこう。決して護衛隊を蔑ろにしていないと伝えておく」
「お供しますわ」
「リンシャも行くヨ!」
エリックが国王陛下の護衛隊長を務めるアルフレートに挨拶に行くと言われたので、私とリンシャはあとに続きました。
「だから、貴公らは不要だと言っているのだ! 我らは栄誉あるジークフリート・エルシャイド国王陛下の護衛隊! 貴公らのようなポッと出の連中に務まるものではない! お引き取り願おう!」
「お引き取り願おう、と言われて素直に引けぬ! 某らも主君であるエリック殿下より急務であると伝えられ馳せ参じたのだ! どうか、殿下のご意向を汲んで下され!」
「知るか! 如何に王太子殿下の頼みであろうと我らには我らのプライドがある! 長年陛下を守り続けてきたというプライドが! 我らの誇りに懸けて、貴公らを受け入れる訳にはいかん!」
思ったとおりと言いますか、思った以上にヨハンたちと陛下の護衛隊は揉めていました。
眼帯を付けている、あの色黒の男性は護衛隊長のアルフレート・レンリーエルス。
怪力無双と呼ばれるほどの力の持ち主で、その逸話は近隣諸国にも伝わっているほどです。
「揉めてるね」
「揉めていますね」
「リンシャ、あいつぶん殴って説得してやるネ」
「レイア、リンシャを抑えててくれ」
「承知しました。エリック様」
「あ、あれ? おかしいアル。急に動けなくなったヨ」
魔物や暗殺者などを拘束する光鎖の呪縛で今にも殴り掛かりそうなリンシャを拘束して抑えます。
リンシャの力が強いので、長い時間の拘束は無理ですが、その前にエリックが何とかしてくれるでしょう。
「やぁ、アルフレート。久しぶりだね。一部始終は聞かせてもらったよ」
「エリック殿下……。聞かれていたのでしたら、お分かりでしょう? ヨハン・オルブラン、他四名は我ら精鋭部隊にとって邪魔でしかありません。臨時の人員補充については陛下からこのアルフレートが一任されています。たとえ、殿下であっても異論は認めません」
アルフレートは自分に人事が一任されているとして、エリックが口利きしてもヨハンたちを受け入れる気はないと断言しました。
ヨハンたちの実力が不足しているからという理由には納得できませんが。
「ヨハンは強いよ。それは僕が保証する」
「殿下が保証したから何なのです? そういえば、殿下はオルブラン流の道場で剣を習っていたのでしたな。エリック殿下のお情けで護衛になったような男に陛下のお命は預けられませぬ」
エリックはアルフレートにヨハンは強いと説明しましたが、彼は頑なに認めません。
それどころか、ヨハンを縁故採用で護衛にしたというような煽り方をします。
「じゃあ、ヨハンの実力を示せば良いのかい?」
「実力を示す? ヨハン殿と私が試合でもすれば良いのですかな?」
「いや、試合するのは僕と君だ。ヨハンは僕の兄弟子だからそれで実力は推し量ることは出来るだろ? 久しぶりにちょっと体を動かしてみたかったんだ」
「「――っ!?」」
えっ? エリックがアルフレートと試合をするですって?
確かに、エリックは強いですけど……。危ないです……。
「……エリック殿下、冗談では済みませんぞ」
「はは、冗談ならもっと面白いことを言うさ。もちろん、無礼講だ。生意気な王太子を黙らせてみなよ」
「――良いでしょう。後悔しても遅いですよ」
よく分からない内に、エリックは陛下の護衛隊長であるアルフレートと試合をするという流れになってしまいました。
アルフレートにもプライドがありますから実力を示すという選択は正解のはずですが――。
私たちは王宮の兵士たちが訓練をしている修練場へと向かいました――。